409.子を思う親の気持ちを利用されたか
発達した前足には鋭い爪があり、くびれのない丸みを帯びた胴体に短い後脚がある。目はきつく閉じられ、日差しを拒んでいた。地下を生きる生物に多いが、目は退化して形だけだ。嗅覚と振動を頼りに獲物を探す、巨大な土竜だった。
大喰らいだが、眠っている時間が長い。誰かに無理やり起こされたのだろう。機嫌の悪さを示すように暴れて、金切声で鳴いた。甲高い声を打ち消すようにドワーフの枯れた声が重なり……途中からレーシーの歌が被さる。
不思議なハーモニーは、音域も歌の内容も異なるのに調和して聞こえた。やがて土竜が動きをとめ、地上付近に釣り上げられた状態で沈黙する。
唸るマスコシアスが困惑した顔で振り返った。
「我が君、敵はこれではなさそうですが」
一直線に魔王城を目指した理由は不明だが、何かで誘導された可能性がある。ならば、嗾けた者が敵だ。この土竜ではない。森に道を作った亀のように、利用されたのだろう。
「リリアーナ、おろせ」
ピンと張った綱が緩むまで降下して、リリアーナは掴んだ綱を離した。尻餅をつく形で着地した土竜は、体を半分ほど埋めると顔を出してこちらの様子を伺う。すっかり大人しくなっていた。
「なぜここを狙った?」
尋ねられてもきょとんとした様子の土竜は、まだ知能が低いらしい。魔物としても下級に分類される。動けば被害が甚大だが、数百年単位でしか寝ぐらを出ない魔物だった。今回のタイミングで動いたのは、ミミズ同様操られたと考えるのが正しい。
「私が聞いてみる」
階段を駆け降りたクリスティーヌが近づき、土竜の鼻先を撫でた。怯える様子がない土竜の口に手を突っ込み、血を流し込んでいる。少しすると、赤く濡れた手を拭きながら戻ってきた。
猫やネズミを操るクリスティーヌならば、土竜との意思疎通が可能だ。本能に従う生き物ほど、彼女と相性が良かった。
「土竜の子供、いるよ」
地面を指差したクリスティーヌの言葉に、魔力感知を地中へ向ける。足元を通る地下水脈の中に、小さな反応があった。わざわざ探らなければ気づけないほど弱く、小さな反応だ。
「子供を囮に呼び寄せたか」
非道な作戦を決行した魔族は、仕掛けを終えると離れたのだろう。子供の気配を探りながら、土竜はひたすらに突進しただけ。その上に何が建築されているか、誰が住んでいるかなど関係ない。我が子を取り返そうとする親の気持ちを利用された。
降りてきたリリアーナが簡素なワンピースを被り、ぎゅっと腕にしがみついた。握りしめた拳を両手で包み、心配そうに見上げる。拳を解いて、彼女の頬に手を滑らせた。
愛玩動物を手元に置くようになり、オレの考えも変化した。このような手段を使う輩を野放しにしては、今後も争いが絶えないだろう。
「犯人を探せ」
「「はっ」」
真っ先に動いたのはアスタルテだ。姿を消す彼女に続き、双子、アルシエル、ウラノスが動いた。マルコシアスが仲間に向けて遠吠えを放つ。
歌をやめたドワーフが、ぞろぞろと降りてきた。土竜の前でうろうろした後、そっと毛皮に触れて離れる。申し訳なさそうな土竜が、きゅぅ……と小さな声を上げた。
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