400.私のサタン様に何すんの!

 視線の先には鏃に似た三角の金属――結界が弾く。そう思い、手を出さなかった。戦場で常時展開する結界は、物理と魔法の両方に作用する。しかし予想外の動きをした者がいた。


「私の、サタン様に、何、すんのっ!」


 叫んだリリアーナの声が、衝撃波となって金属を砕いた。その時点で矢ではなく、槍だったと判明する。だが、武器の種類はもう関係なかった。リリアーナが見開いた金瞳が睨む先で、己の愚行を恥じるように槍の柄が砕け散る。


 粉砕された金属と木片が地上に降り注いだ。リリアーナは興奮した様子で、槍が飛んできた方角を指さす。


「待ってなさい! 殺してやるんだから」


 言い置いて飛び立とうとした彼女の翼を、オレは掴んでいた。振り返るリリアーナの瞳は、普段より輝きを増している。間違いない、無意識に使ったのだろう。


「リリアーナ、落ち着け。いま発動した魅了を覚えろ」


 言われた内容が分からない様子で、金髪の少女は首を傾げた。飛ぼうと羽ばたきかけた翼を畳み、ゆっくり振り返る。もう一度首を傾げてから尋ねた。


「いま発動、してたの?」


「その感覚はお前の武器になる」


 魅了眼を持つ魔族は少ない。持っていても、リリアーナほど強い力はなかった。ほとんどは自分に好意を向けさせる程度で、操るほどの強さがない。しかしリリアーナは違う。自分より魔力量の低い者なら複数でも操ってみせた。


 竜の子育ては親が付き添う。親がいなければ、群れが代わりに育てるほど過保護だった。だがリリアーナの話を聞く限り、彼女は孤独な環境で育っている。群れに迎え入れられたなら、この魅了眼は発動しなかっただろう。強者に分類される種族でありながら、単独で厳しい狩りを続けた結果が……今の彼女だ。


 魅了眼を最大限に利用し、複数の獲物にかけた。短期間に何度も能力を繰り返し使うことで、強化されたらしい。通常は意思を持つ存在にしか通用しない魅了が、無機物に対し発動した。それも有効な形で結果が出ている。


「すごい! リリー」


「もう1回やって」


 興奮した双子が文字通り舞い上がる。周囲をくるくる飛び回って、褒め称えた。驚いたリリアーナがきょとんとしている。


「先程の魅了はリリアーナか。見事だった」


 感心した口調で、アスタルテが褒める。彼女が相手をしていたワイバーンは、すべて地上に叩き落とされていた。今頃、マルコシアス率いる魔獣に襲われているだろう。飛べない飛竜など、足の遅い肉の塊だ。狼や狒々の餌にすぎなかった。


「なんか、すごいこと?」


 まだ状況が飲み込めない様子のリリアーナに、頷いて肯定してやる。すると徐々に頬を赤く染めて、嬉しそうにお礼を言った。褒められたのが嬉しいと、尻尾が大きく揺れる。


「あ、獲物!」


 槍を投げた犯人を捕まえる。そう意気込んだリリアーナだが、すでにアルシエルが向かっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る