393.嫁入り前だ、顔にケガをするな
不名誉な噂の出処を探す間に、アルシエルが獲物を捕まえた。捕らえたエルフを助けに飛び込んできた羽虫だといい、ボロボロになった小柄な竜を放り出す。中庭に転がされた竜は、鱗も剥がれ角を折られていた。
「暴れましたので、多少手荒にしましたが頭は潰しておりませんぞ」
得意げに胸を張る父に、リリアーナが尻尾をびたんと床に叩きつけた。
「下手くそ」
ぼそっと呟いた言葉に棘はない。ただの本音だった。自分で毎日狩りをしてきたリリアーナにしたら、この程度の大きさの竜相手に苦戦したと見られる痕は眉を顰めてしまう。
「頭が残っていれば話すに支障はない」
むっとした口調で言い返したアルシエルは、功績にケチをつけられて不機嫌だ。しかしリリアーナも容赦はしない。
「私なら綺麗に捕まえる。これは失敗」
父と娘の奇妙な牽制と貶し合いなど、どちらでもよい。ボロボロの小竜は赤い鱗をしていた。執務の手を止めて駆けつけたアスタルテが、にやりと笑う。
「私が操りましょうか」
「一任する」
機嫌よく近づいたアスタルテは、するりとアルシエルの頬を撫でた。それから傷だらけの竜を指さした。
「小さくして牢へ入れておけ」
「わかった」
不満そうな声だが、アスタルテが責任者となった状況を理解したアルシエルは逆らわない。自らの大きさの数倍ある竜の尻尾を握り、ずりずりと引きずり始めた。見えなくなる頃、悲鳴じみた鳴き声が聞こえる。
「行くぞ」
頷いたものの、鳴き声が気になったのか。リリアーナは足元への注意が疎かだった。躓いた段差で転びそうになり、オレが受け止める。
「気をつける」
「嫁入り前だ。顔にケガをするな」
頷いたリリアーナの頬が赤く染まった。普段粗野な振る舞いをしても、やはり妙齢のメスだ。嫁入りに夢があるのだろう。うっとりした表情で微笑んだ。いずれ婚わせる相手は、よく吟味してやらなくてはならぬか。この子が泣くところは見たくない。
気をつけると約束したリリアーナを従えて歩き出した直後、魔力感知の一番外側で察知した軍勢にオレの口元が歪んだ。笑みを作る口角が持ち上がり、くつりと喉を鳴らした。
もう少しすれば、マルコシアスから連絡が入るだろう。アスタルテが感知するのと同じくらいか。アルシエルやヴィネが気づく頃には、ククルや双子が戦闘態勢を整えているはずだ。
マントの裾を握ったリリアーナに目線を落とした。
「なぁに?」
まだ気づいていない。準備をさせておかないと、置いて行かれて泣くだろう。容易にこの先の展開が読めたため、言葉を選んで促した。
「攻めてくる魔族の一団がいる。空を飛ぶ種族が大半だ。準備しろ」
「狩ってもいいの!?」
大喜びで尻尾を振り回す。興奮しすぎて地面を叩かず左右にゆらりと大きく揺れた。こうしてみると犬のようで愛嬌がある。金髪に手を乗せて撫で、それからぽんと叩いた。
「早く準備しろ、先を越されるぞ」
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