387.すごくすごく遠回しに告白した

 所有権を認められたマルファスをベッドに横たえ、ククルはご機嫌だった。細い尻尾がゆらゆらと立ち上がり、器用にマルファスの頬を撫でる。


 慌てて瞬きするマルファスは、まだ話ができるほど回復していなかった。アナトから譲り受けた試験薬をベッドサイドの卓上に並べ、ククルは小首を傾げて覗く。


 いきなりくれと言われ、当事者の承諾なしに譲られてしまった。困惑するマルファスに、ククルはぽつぽつと話しかける。


「僕は元々神族なの。神って言っても邪神に近くて、アナト達とは別格だから魔族になってよかったんだけど……」


 もちろん話を聞いているマルファスは、返事も相槌も打てない。ただ瞬きして、じっと耳を傾けた。


「魔族ってさ、番のシステムがあってね。僕は元神族だから相手にされなくて、でも……それも今日のためだったのかな? って思うわけ」


 何が言いたいのかわからず、マルファスは視線をさ迷わせる。今の話のどこが自分に関わってくるのだろう。


「僕もいつから気になったと聞かれたら困るんだけど、自覚したのは最近なんだよね。気になる。だけど君は僕に興味ないじゃない? 一応これでも神の姿なら美女なのにさ」


 途中から愚痴のようになった。だがようやくマルファスも事情が掴めてくる。どうやら、すごくすごく遠回しの告白をされているようだ。


 見た目は少女の元神様に? どこに惚れられる要因があったのか不明だが、彼女の言葉を聞く限り、愛の告白だった。


「神力を使い果たしたから、数万年は神に戻れないんだ。でも魔族として生きる間、君が隣にいてくれたら嬉しいんだけど」


 大きく瞬きするマルファスだが、意図が伝わらない。予想外すぎて待って欲しいと願う気持ちをよそに、ククルはにこにこと笑った。


「そう、よかった」


 告白を受け入れたと思われている。跳ね除ける気はないが、そもそも人間だから数十年しか付き合えない。その間ずっと彼女が少女姿だと、いろいろ問題があるんだが。


「僕、君を大切にするね」


 なぜだろう、逃げ損ねた気がする。捕食される草食動物の心境で、マルファスは目を閉じた。人間、諦めが肝心だと聞いたことがある。本で読んだ程度の知識だが、こんな場面で実感すると思わなかった。


「じゃあ、薬飲もうよ」


 機嫌よく尻尾を振る少女は、真っ赤な髪を指にくるくる巻きつけながら、はにかんだ笑みを浮かべる。だが目を閉じたマルファスは気づかなかった。薬をくれるらしいと目を開けた途端、柔らかな感触が唇に触れる。


 驚いたのはぼやける近距離の顔にも、だった。視界を埋め尽くす赤毛の少女は、印象的な赤瞳を閉じている。唇を押し開いて流し込まれた薬を、ごくりと嚥下した。ククルはすぐに顔を上げ、残りの薬を口に含む。瓶から飲めると反論したいが出来ないマルファスは、再び唇を塞がれた。


 通りがかった魔王が足を止め、開いたままの扉の奥で繰り広げられる口移しを凝視する。マントを掴んだリリアーナも硬直して、視線が離せなくなった。


「扉を閉めなさい、ククル」


 淡々とした声で注意するアスタルテが扉を閉める。扉の閉まる音で我に返った2人は見つめあって目を逸らし、足早に歩き出した。

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