386.一任される信頼に応えるのも側近
すっかり素直になったエルフから情報を聞き出し、アスタルテは機嫌が良かった。地下牢はかつてウラノスが過ごしていた部屋があり、意外と住み心地は悪くない。
魔王サタンに従うことを決めた後も、ウラノスはこの部屋を利用していた。アガレスにとっては、管理人を兼ねてくれるなら文句をいう筋合いはない。そのため牢内はウラノスの領地と化していた。
「エルフはどうします?」
「使い道はないな」
もう情報は搾り取った。そう告げるアスタルテに対し、ウラノスは驚いた顔をする。
「操って潜入させないんですか」
言われて、少しばかり考え込む。相手を内側から切り崩す方法として、確かに有効だった。完全に折れた心に、支配のための術をかける。またはエルフを眷属にして操る。どちらも吸血種なら身近な方法だ。
「いや、その方法は二番煎じになる」
すでに敵が使った手法で、気が進まなかった。マルファスを手駒に変えて弄んだ連中に、同じ手法をそのまま返すのは芸がない。それに主君が好む方法でもなかった。
「これは閉じ込めておくことに意味がある」
実行犯のエルフが姿を消す。マルコシアスの森で大々的な捕物をしたのは知られているはず。ならば、エルフを囚えた話を吹聴すればよかった。
事情や手法を知る仲間が囚われたら、まず自分達の拠点を移動する。安全を確保してから、エルフを助ける。または殺そうとする。口封じは重要な任務だから、組織の中でも実力者が派遣されると考えていいだろう。そこまで説明すると、ウラノスがにやりと笑った。
「悪い方法をご存知ですな」
「そうか? どんな手でも覚えておいて損はない。その見本だ」
卑怯でも残酷でも、手段を変更する理由にはならない。恨まれようと生き残ることが最低条だった。使う手を選べる環境は、それだけで恵まれている。己の命を餌にする方法しか残されないこともあるのだから。
「噂の拡散は……クリスティーヌか」
「レーシーも使うと早い」
アスタルテは情報の拡散を指示し、牢のある地下を出た。すでに日は沈み、ドワーフの槌の音も止んでいる。静かな奥庭を横切り、かつて塔があった中庭から王宮内へ足を踏み入れた。
「サタン様」
前から歩いてきた主君に気づき、アスタルテは一歩横へ避けた。寝ぼけ眼を擦りながら歩くリリアーナにマントの端を握らせた魔王は足を止める。
「情報は後でいい」
「はい。潜入ではなく誘い出しにしました」
「アスタルテの判断に任せる」
以前に使った手法なら、詳しい説明はいらない。きょとんとした顔のリリアーナを連れて、再び歩き出す主君の後ろに付き従った。
まだ幼いながらも欲を主張し、それを主君に認めさせたリリアーナ。アスタルテの中で彼女の評価は高い。ゆらゆらと尻尾を振りながら、幼竜は歩く。彼女が名実ともに主君の隣に並び立つ日が来ることを、アスタルテは疑わなかった。
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