375.配慮に対する返答がこれか

「見知らぬ魔族、エルフの雌……ですか」


 唸ったマルコシアスが配下の狼達に伝える。やはり困惑した表情を見合わせる魔狼や銀狼の中から、小柄な1頭が進み出た。平らに体を伏せて敵意がないと示しながら、何やら唸る。


「この者が行方を知っているそうです」


 マルコシアスはほっとした顔で、耳を立てて尻尾を振った。この森を領地として魔王サタンから預かったにも関わらず、ここを根城にエルフが悪さをしたのなら……面目丸つぶれである。せめて敵の特定くらい協力しなくては、と焦っていた彼は安堵した。


 小柄な狼を舐めまわし褒める。困惑した様子ながら、白っぽい毛皮の狼はボスの手荒い挨拶を受けて立ち上がった。こちらだと示すように振り返る。


「ひとまず追いかけよう。マルコシアス、そなたも同行してくれ」


 アスタルテの指示で、マルコシアスがゆらりと立ち上がる。小山ほどの大きさだが、俊敏さと器用さは折り紙付きだ。木々をするりと抜けて斜め後ろに控えた。エルフの顔判断が必要なので、イシェトはアルシエルに担がれている。


「その担ぎ方は……リリアーナに見られぬように注意しろ」


 肩車状態のイシェトは、アルシエルの角を手綱がわりに握った。落ちないようにするのにちょうどいい。遠慮のない夢魔は、しっかり両足を固定されていた。不安定さは感じない。


「うん。ちゃんとあの子の気配がしたら降りるよ」


 聞き分けのいいイシェトと、なぜ注意するのか理解できないアルシエルの温度差が激しい。アスタルテは溜め息をついた。これは先が思いやられる。どういうわけか、高位魔族ほど我が子を蔑ろにするようだ。彼らを教訓にしようと心に決めたアスタルテが、白い狼を追って駆け出した。


 吸血種は基本的に夜の活動が多い。魔族の中でも上位の魔力量を誇ることもあり、激しい戦闘は苦手と思われがちだが、実際はかなり好戦的で戦うことを好む。サタン同様、最前線で戦ってきたアスタルテの能力は高く、白い狼と並んで森を駆けた。


 ヴィネは木々の枝を蹴って跳ぶようにしてついてくる。淡々としていたヴィネが眉を寄せ、叫んだ。


「みつけたっ!!」


 同族を感知したヴィネの声に、アスタルテが方角を確かめて右へ舵を切った。追いかけるアルシエルも竜族だけあって身体能力は高い。背を丸めてしがみ付くイシェトを掴み、黒竜王も後を追った。


 我が君より拝領した土地で、このような失態を犯すとは……。溜め息を吐くマルコシアスは、前足で上手に方向を操りながら、彼らの最後尾を走る。


「この辺りだ」


 ヴィネが足を止めて、枝の上から飛び降りた。直後、彼に向けて矢が飛んでくる。避けようとしたヴィネより、アスタルテの鞭の方が早かった。絡め取って地面に叩きつける。


「出て来い。我らが魔王陛下がお呼びだ」


 大人しく従えば、この場で命を奪うことはしない――遠回しに伝えた配慮への返答は、大量に射掛けられた矢だった。

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