彼と彼女の異世界転生談義

snowdrop

プロローグ

本当の中に嘘を探すな。

 現実は残酷だ。

 人間は、経済を発展させて豊かで快適な生活を求めた。結果、自然バランスが崩れ、様々な問題が起きている。なのに「環境のためにできることは?」と問われて「人間がいなくなればいい」という解答は黙殺されてしまう。人間に都合のいい環境保存のためにはどうすべきか、を出題者は問うているのだから。

 世の中は理不尽だ。

 貿易戦争による世界経済の減速やエネルギー供給源をめぐる国際情勢が混迷深まる中、先行きの不透明さから株価が乱高下するに伴い、楽観と悲観が日替わりで世界を揺さぶっている。

 国内に目を向ければ、金融緩和によるデフレ脱却を図ろうと機動的な財政支出を含む経済対策で企業の競争力を後押しし、賃上げを通じて消費を活性化させる経済の好循環を目指した政策は、思うような効果が出ていない。

 賃上げは勢いを欠き、企業の競争力を促す成長戦略の実行や女性活躍の施策も限定的な成果しかでなかった。そんな中、断行された増税と相次いだ自然災害により景気が低下、外需の伸び悩みから製造業生産は低迷し、輸出は力強さを欠いた。

 この先に待つのは、さらなる増税だ。

 とはいえ、労働市場は改善され、失業率は低下し、有効求人倍率は高水準に達した。

 問題は、少子高齢化と人口減少傾向にある。

 労働力人口の低下は国力の衰えに繋がる。下がり続ければ隣国の圧力に逆らうこともできなくなる現実を前に、必要な人材不足が懸念材料となり出していた。

 先行きの見えない不安から、企業は人手不足を背景とした合理化と省力化に加え、老朽化に伴う設備維持や更新投資を続けている。だがそれよりも力を入れているのが、利益剰余金である内部留保の増加だ。

 業績や成績が悪ければリストラされ、倒産すれば全員路頭に迷う。グローバル経済の中、倒産が増加傾向にあるから、民間企業の従業員は死に物狂いで働いている。

 少子高齢化の萌芽は、五十年以上も前から懸念されていた。だが、この国にいる誰もが本気で解決しなかった。人手不足で停滞し、高齢化で活力を無くし、少子化で革新も失っていく。そんな中、クビにならず、安定と楽な公務員になりたがる若者は後を絶たない。

 人口減少から市場が縮小していく時代に優先される価値が「安定」では、内需は低迷し、企業に追い詰められ、生活は不安定になっていく。

 アルコールやギャンブル、薬物の依存。親の自殺。死亡。不倫。離婚。再婚。ネグレクト。児童への精神的肉体的性的虐待。兄弟姉妹間の処遇格差。不和と家庭内暴力。毒親。共依存。過干渉。非行。借金。生活困窮。生活苦を伴う難病や介護。障害や難病を持つ生活。望まれない出生。不遇な里子体験。

 もはや救いようがない。

 だからこそ、なのかもしれない。

 日常に辟易して落命した主人公が、神の手違いで剣と魔法の架空中世に転生され、詫びにもらった特殊能力を使いながら戦い、出会った美少女とともに美味しいものを食べ歩く冒険物語が量産され、もてはやされている。

 この世にない世界で、存在しない人物が、現実ではありえない都合のいい展開が繰り広げられていく。作家の嘘に癒やされ、勇気と元気をもらうために読者はページを捲る。

 現実は残酷だ。

 だからこそ「嘘の世界」が必要なのだ。

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