第783話 のんびりしてられない

 ☆希望視点☆


 海水浴から帰ってきた私達。 今日は「皆の家」という名前が付いた、駅前拠点のお掃除に来ています。

 今回の掃除当番は私と奈央ちゃん、紗希ちゃん、奈々美ちゃんの4人です。

 まずは軽く自室を掃除して、本日の清掃エリアとなっているリビング、お風呂、おトイレ掃除に別れる。


 私はお風呂担当だよぅ。


「ゴシゴシー」


 それにしても広い浴室だ。 まだまだ新しいから綺麗だしそれほど掃除が大変じゃないのがありがたい。


「もう少ししたらここで皆と寝泊まりするんだね」


 9月に入ったら、私達大学組はワールドカップ前の自主合宿に入る予定です。 近くの体育館を借りて練習をし、寝泊まりはここ「皆の家」で行う事になっています。


 って言っても、ちょこちょこ夕也くんの様子を見に戻る必要はあるんだけどね。

 何せ1人だと何も出来ないからね。 私や亜美ちゃんがいないとダメダメなのだ。


 お風呂掃除をテキパキとやり、手早く済ませた私はリビングの方へ足を向ける。 リビングは広いから大変そうだしね。


 そうしてリビングの前までやって来たところで、部屋の中から話し声が聞こえて来ました。 紗希ちゃんと奈央ちゃんかな?


「でさ、例のアレは進捗どうなのよ?」

「例のアレ?」

「ほら、今井君から頼まれてるやつ」

「あぁ、指輪の事ね。 一応資料を送って製作依頼は出してあるわよ。 ただ他にも依頼が来てるそうで、後回しになるけどって言ってたわ」

「そっか」


 夕也くんが奈央ちゃん達に指輪の製作依頼? どうしてそんな事を……?


「今井君のプロポーズ上手くいくかしらねー?」

「どうかしら? 亜美ちゃんは何考えてるかわからないもの」


 プ、プロ、プロポーズ?! 夕也くんが亜美ちゃんに?! 指輪はプロポーズの時に渡す為の物ってこと?!

 こ、これはのんびりしてられないよぅ!



 ◆◇◆◇◆◇



 というわけで翌日。 私は夕也くんを上手く呼び出して2人になる事に成功。

 早速プロポーズの話が本当かどうかを確認する事にした。


「夕也くんっ!」

「何でしょう……?」


 私の勢いに気圧されて少したじろぐ夕也くん。 そんなことはお構い無しに話を続ける。


「小耳に挟んだんだけど、亜美ちゃんにプロポーズしようとしてるって本当ですか!?」

「だ、誰から聞いたんだよ?」

「紗希ちゃんと奈央ちゃんが話してるのを盗み聞きしました!」

「お、おう、そうか」

「それで本当?」

「ま、まあ……一応な」

「いつ?」

「いつとかはまだ何とも言えないか……」

「指輪が完成してもすぐにはしないって事?」

「多分……」

「よぅし。 まだ猶予はあると」

「な、何の?」

「亜美ちゃんから夕也くんを奪う猶予だよぅ!」



 ◆◇◆◇◆◇



 事実確認と猶予の有無を確認した私は、亜美ちゃんに再度宣戦布告する事にした。 亜美ちゃんの部屋に突入すると、小説のお仕事中だったらしく目を丸くしてこちらを見つめる。


「ど、どしたの希望ちゃん? 珍しくノックも無しに入って来て……」

「私、夕也くんを本気で奪うからねっ!」

「え、今まで通りだよね、それ」

「ふんすふんす」


 亜美ちゃんは頭に「?」を浮かべながら首を傾げる。


「これからは私もガンガンいくよぅ! 覚悟だよ!」

「う、うん? 何があったか知らないけど、負けないよ?」

「やるぞぅ」


 さっぱり話を理解出来ていない亜美ちゃんを尻目に、1人で勝手にやる気になって去っていく私なのでした。



 ◆◇◆◇◆◇



 ☆奈々美視点☆


「え? 希望にバレたの?」

「うむ」


 バイトの休憩中に夕也から話を聞くと、亜美にプロポーズするつもりである事が昨日希望にバレたという話を聞かされたわけだけど。


「亜美に漏れないかが心配ね」

「それなんだよなぁ。 希望抜けてるとこあるしなぁ」


 うっかり亜美に口を滑らせでもしたら面倒ね。 サプライズも何もあったもんじゃないわ。


「まず希望には他の人には漏らさないよう言い聞かせないと」

「だな」


 というわけで現在奥で洗い物中の希望に近付いて話しかける。


「はぅ?」

「希望、夕也が亜美にプロポーズする事知っちゃったみたいね?」

「うん」

「その事は亜美にはまだ話してない?」

「しないよぅ! それは夕也くんから亜美ちゃんに伝える事であって、私から亜美ちゃんに漏らすような事は絶対しないよ!」


 希望はちゃんとその辺の事は理解してくれているようね。

 これなら心配はいらなさそうだわ。  

 夕也に向けて手で小さく○を作り、大丈夫だという事を伝える。


「でも亜美ちゃんに再度宣戦布告はしたよ? 私だってタダで夕也くんを渡すつもりは無いんだから」

「あら、やる気満々ね」

「ぅん! 私だって夕也くんのこと好きだもん。 夕也くんの1番は簡単には諦めないよ」


 強い眼差しでそう言ってのける希望。 健気な子ね……。 相手が亜美じゃなきゃ、私はこの子に全力で協力していたに違いない。 でも、残念だけど私は亜美の力になるって決めている。


「力にはなってあげられないけど、応援ぐらいならさせてもらうわ」

「頑張るよぅ」


 夕也が亜美にプロポーズをするって聞いて、それでもまだ諦めないと言える強さ。 凄いわね。

 夕也、これは中々一筋縄じゃいかなさそうよ?



 ◆◇◆◇◆◇



 ☆夕也視点☆


 奥から奈々美が戻ってきて俺の肩をポンッと叩いて一言。


「あんたも大変ね。 ここからは中々一筋縄じゃいかないわよ」

「な、何の話だ? 希望の口止めは成功したんだろ?」

「そっちはね。 問題は希望のあんたへの気持ちね」

「希望の俺への気持ち……」

「あんたの1番をまだ諦めないってさ。 亜美に宣戦布告したみたいよ」

「希望……」


 今まで文句も言わず俺や亜美と一緒に暮らして来たが、内心やっぱり辛かったのかもしれない。 最近は2人で出かけるのも無くなっていたな。

 希望には幸せになってほしいと思っている。 それには俺が必要なのかもしれないが、今はそれに応える事が出来ない状態だ。 変に期待を持たせるような行動を取ってきた俺の責任なんだろう。 どうにかしてやれないだろうか?


「はぁ……マジで大変だなこりゃ」

「ま、頑張んなさいよ。 あんたが思うようにやりなさい。 ただ、亜美を泣かせたら許さないわよ? その上で希望も笑顔にしてみなさい」

「無茶苦茶な事言ってるぞお前」

「ふふ、かもね。 さ、休憩終わり」

「おう」


 まだまだ考える事は山ほどあるようだ。 



 ◆◇◆◇◆◇



 ☆亜美視点☆


 昨日の希望ちゃんのあれ、一体どうしたんだろう? 何か焦ってるようにも見えたけど。


「今更夕ちゃんを奪うって言っても、今までと一緒だよねぇ?」


 謎だねぇ。 まあ私も簡単に奪われるつもりはないけど、希望ちゃんが夕ちゃんとお出かけしたいとか言ってきたらそれくらいは許可するつもりではある。

 それぐらいの余裕は今の私にはあるのである。 


「私と希望ちゃんが2人とも幸せになれる方法って無いものかねぇ……」


 考えてみても全く答えは出ないのであった。

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