第762話 渚の心情
☆夕也視点☆
時刻は16時を回ったところだ。 散策も終えて旅館に戻って来た俺は、部屋で寛いでいた。
男子部屋だというのに希望、麻美ちゃん、紗希ちゃんも一緒になって寛いでいる。 マロンを連れてきて一緒に遊んでいるようだ。
曰く、女子部屋では渚ちゃんが集中して勉強している為、邪魔にならないようにとの事だ。 しかしなぁ。
「せっかく旅行に来たんだし、勉強の事なんか忘れて遊べば良いのに」
と、紗希ちゃんはそんな渚ちゃんの事を気にかけているようだ。 そして俺もその考えには賛成なのだ。 亜美も言っていたが、渚ちゃんの今の成績ならこの夏は多少手を抜いて遊んでも、七星大学なら受かれるだろう。 何よりもあの亜美が家庭教師しているんだから、大丈夫なはずだ。
「ぶーっ、やっぱり勉強ばかりじゃ勿体ないー! イクゾー!」
と、頬を膨らませて勢いよく立ち上がる麻美ちゃん。 多分渚ちゃんのとこへ行くのだろう。 紗希ちゃんもそれを見て立ち上がる。
「はぅ。 渚ちゃん怒りそう」
「大丈夫だろ。 俺も行くからな」
「あはは、しょうがないなぁ」
俺と希望も立ち上がり、皆で渚ちゃんの所へと向かうのだった。
◆◇◆◇◆◇
隣の女子部屋には渚ちゃんの他に亜美と奈々美が居た。 2人は静かに出来る奴らだから部屋にいても邪魔にならないんだろう。 それに亜美は渚ちゃんの家庭教師だからな。
ゾロゾロと部屋に入ってきた俺達を、目を丸くして見つめる亜美と奈々美。 渚ちゃんは集中しているのか、一切こちらには目を向けない。
亜美と奈々美は俺達が何をするかある程度予想出来ているようで、黙って成り行きを見守っている。
「渚ー。 勉強一休みして外の空気吸いに行こー」
渚ちゃんの同級生でありお互いが認める親友の麻美ちゃんが代表して声を掛ける。
それを見ていた亜美と奈々美は、やはり止めるでもなくじっと見つめていた。
そして、ずっと問題集に集中していた渚ちゃんが顔を上げて麻美ちゃんの顔を見た。
「あんたはえぇなぁ……ノーテンキで成績も良うて、何も考えんと遊び呆けてられる。 羨ましいわ」
と、少し怒ったような口調で麻美ちゃんにそう言い放つ渚ちゃん。 それを聞いた麻美ちゃんも少しムッとしたような表情を見せる。 いかん、これは喧嘩になりかねん。 そう思って止めに入る準備をしていると、後ろからじっと見ていた奈々美が先に声を上げた。
「渚。 それはちょっと誤解してるわよ」
「……誤解?」
渚ちゃんの視線が麻美ちゃんから奈々美の方へ移る。
「麻美はたしかにノーテンキな子に見えるけど、本当は頭の中で色々と考えてる思慮深い子なのよ」
「お姉ちゃん……」
麻美ちゃんの姉であり麻美ちゃんを誰よりも理解している奈々美の言葉。 そしてそれは、麻美ちゃんに近しい人間なら誰でも知っている事。 多分、渚ちゃんも。
「……せや言うても、私はあんまり余裕あらへんし」
「渚ちゃん。 前にも言ったけど、渚ちゃんの今の成績なら七星は大丈夫だよ。 それに私が付いてるから」
「そう言われましても……私は要領悪いし自分に自信かてあらへんし。 それに私はこの先も千葉のあの街にいたいんです。 麻美や皆と、もっと一緒にいたいんです。 大学落ちたら京都戻るって親にも言うてあるし、そやから絶対受からなあかんのですよ」
と、焦る渚ちゃんは心情を吐露する。 渚ちゃんは渚ちゃんで必死なのだ。
「渚……」
「私に任せて!」
と、そんな渚ちゃんに対し、胸をポンッと叩いて前に躍り出る亜美。 渚ちゃんはその亜美をポカンと見つめる。 何故か奈々美と希望は苦笑しているが。
「私が必ず渚ちゃんを受からせてあげるよ! 私に任せて!」
「き、清水先輩?」
「渚ちゃん。 私が時間のある時は出来るだけ家庭教師につくよ。 絶対に何とかなるよ」
「そぅだよ。 亜美ちゃんの『私に任せて!』は魔法の言葉なんだよぅ。 私が全てを失って絶望した時、私は亜美ちゃんのその魔法の言葉に救われたんだよ」
「雪村先輩」
そう言えば聞いたことがあるな。 亜美が希望を清水家の養子に取るために色々調べたりしていた事があったのは知っている。 当時の俺では役に立たなかっただろうから、関わってはいなかったが。 その時、亜美が希望に言ったのが「私に任せて!」だったらしい。
なるほど、魔法の言葉か。
「だって渚? 今は旅行中だし、勉強は忘れて遊びましょうよ。 亜美ちゃんが絶対何とかしてくれるわよ。 だって、あの佐々木君と遥を救った最強の家庭教師よ?」
「遊びにイクゾー渚ー! 美味しい饅頭があったんだよー!」
「……はぁ。 わかったわかった。 どっちにしてもこんなんもう集中でけへん。 今日は勉強は終いや」
パタンと問題集を閉じる渚ちゃん。
「麻美! その美味い饅頭食いに行くで!」
「合点! なはは!」
どうやら一件落着のようだ。 あれ? 俺何もしてなくねぇか? まあいっか。
「夕也兄ぃも行こー!」
ガシッと手を掴まれてそのまま引っ張られてしまう。
俺の意思は無視されるらしい。
「奈々ちゃん、私達も行こ? そのお饅頭はまだ食べてないよ」
「そうね」
「希望ちゃん。 私達も行きましょ」
「ぅん」
と、結局この場にいる全員でまた外出する事になった。 まあ俺達は先程その饅頭を食べたばかりなのだが。
◆◇◆◇◆◇
旅館から出て先程の饅頭屋へと向かう。
「渚は頭が固いんだよー。 ちょっとぐらい息抜かないと疲れるぞー」
「わかっとるがな。 私は不器用なんや。 それとさっきは何や酷い事言うてもうた。 堪忍してや」
「酷い事ー? 何か言われたっけ?」
「ほへー?」とか言いながら考え込み出した。
「ほれ、ノーテンキで何も考えてへんとか言うたやん」
「あー。 別に良いよー。 大体合ってるし」
「え、でも藍沢先輩は思慮深い子やて……」
「ほっときなさい渚。 その子、恥ずかしいからそういうキャラ作ってはぐらかしてんのよ」
「お姉ちゃん、そうやって人の内心を暴くの禁止ー!」
麻美ちゃんも奈々美には敵わないらしい。 しかしそうか、いつものは作ってるんだな。 なるほどなるほど。
麻美ちゃんは「もう知らんー」とずんずん先へ行ってしまう。 照れてんのかあれ。
「面白い子ねー」
「昔からあんな子だよ麻美ちゃんは。 賢い子だから本当の自分を隠すのに色々考えてるんだよ」
本当の麻美ちゃんか。 時折見せる真剣な麻美ちゃんが本当の麻美ちゃんなのだろう。 普段とのギャップが激しいので、たまに真剣になるとドキッとする時がある。
そんな風に駄弁りながら、先程も立ち寄った饅頭屋に到着。
すると……。
「やっぱりうめー!」
「だな!」
……。
「うわわ、宏ちゃんと遥ちゃんだ」
「お? 皆も食いに来たのか」
「まあね」
「てか、2人は昼ぐらいにここの饅頭食べながら走り去ってたでしょ?」
紗希ちゃんの言う通り、俺達が先程来た時もこの饅頭を食っていた。
曰く「美味かったからまた食いに来た」という事らしい。 俺達と同じか。
「あら、皆お揃いじゃないですの」
「本当ですね」
更に後から奈央ちゃんと春人もやって来て全員集合となってしまった。
結局全員で饅頭を買って、頬張りながら旅館へと戻るのであった。
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