第727話 紗希の帰還

 ☆紗希視点☆


 現在私は東京へ向かう新幹線に乗車している。

 何故かというと、奈央から聞いた新拠点とやらを早く見たくなったからだ。

 大学を3日程休んで千葉へ戻ろうというわけだ。

 今日までかなり講義に出て出席日数は稼いでいるし、多少は問題無いでしょ。


「しかし、想定してたよりだいぶ早く戻る事になったわね。 奈央の奴、泣いて喜ぶわね」


 東京へ発つ時に涙を流していた大事な親友を思いながら、新幹線はひた走る。

 


 ◆◇◆◇◆◇



 東京から千葉へとやって来た私は、生まれ育った大好きな街へと戻ってきた。

 やっぱり何だかんだ言ってこの街の雰囲気が一番落ち着く。


「ちょっち疲れたし緑風で休憩しますかねー」


 話によると奈々美、希望ちゃん、今井君がバイトしているらしい。 もしかしたらいるかしら?

 と、期待も込めて緑風へと足を向ける。

 

 何度も通った喫茶店も、久しぶりに見ると感慨深いものがある。

 緑の看板に白字で書かれた緑風の文字。 妙にダサいのよねこれ。

 窓から中を見ると……。


「おりょりょ? いるじゃんいるじゃん」


 緑風のエプロンを着けて、大きな白リボンを揺らす女の子と、長い金髪をポニーテールにした女の子が退屈そうに駄弁っているのが見えた。

 客が居ないのね。 大丈夫かしらこの店。


「じゃあ入りますかね」


 というわけで緑風へと入店!


「いらっしゃー……って、何だ紗希か」

「おー、紗希ちゃんいらっしゃいだよぅ」

「やっほーい」


 ……。


「って紗希?!」

「はぅーっ?!」


 一瞬の沈黙の後、私の顔を二度見しながら大声を上げる奈々美と希望ちゃん。

 そりゃ京都にいるはずの人間がいきなり現れたら、びっくりもするわよねー。


「な、何よ。 帰ってくるなら言いなさいよね」

「きゃはは。 めんごめんご」


 実は、今日戻ってくる事は誰にも伝えていないのだ。

 ちょっとしたサプライズというやつね。

 思惑通り、奈々美と希望ちゃんを脅かす事に成功したわ。

 この調子で皆をびっくりさせてやるわよー。


「どうした2人とも。 騒がしいぞ」


 と、奥の方から出て来たのは愛しのマイダーリン、今井君だ。


「やっほい今井君」

「ぬお?! 紗希ちゃんじゃねぇか」

「きゃはは、新拠点とやらを見に戻ってきました」

「ほう、なるほどな。 大学の方は大丈夫か?」

「大丈夫大丈夫」


 相変わらず気にかけてくれて優しいったらありゃしないわね。 今すぐ抱き付きたい衝動に……。


 カランカラン……


 と、他のお客さん来たみたいだわね。 皆の仕事の邪魔にならない様にしなきゃ。


「あれ? あれれ?」


 と、背後から聞いた事のある声が聞こえてくる。

 この声はこの店の常連の……。


「いらっしゃい亜美。 あんた本当にしょっちゅう来るわね」

「大学帰りには絶対寄るんだよ。 これはもう規則だよ。 っていうかそこにいるの紗希ちゃんじゃない?」

「そよー」

「うわわ!? どしたの?! 何でここにいるの?!」


 皆がいちいち驚いてくれるから楽しいわ。 また今度やりましょ。

 私は亜美ちゃんに帰ってきた理由を説明した。

 すると、亜美ちゃんもついてくると言い出し、更に奈央も呼ぶと言い出した。

 どうやらさっきまで一緒だったみたいだけど、奈央と北上君は緑風には寄らずに直接帰ってしまったらしい。


「あ、もしもーし、亜美でーす」


 物凄い速さで奈央に通話をかける亜美ちゃん。 相変わらず人外ね。

 緑風に私がいるという事を伝えると、奈央はすぐに来ると言ったらしい。 まったく寂しがり屋ねーあの子は。


 待つ事5分……。


「ぜぇぜぇ……あ、あなた……戻ってくるなら……前もって伝えなさいよ」


 ダッシュで来たのだろうか、肩で息をしながら途切れ途切れに言う奈央。 ちょっと怒ってるわねこりゃ。


「本当だよ」


 亜美ちゃんも「いきなり緑風にいるからびっくりしたよ」と言いながら、フルーツパフェを頬張り幸せそうな顔をしている。

 可愛い生き物ね。


「遥と北上君は?」

「遥はまだ大学じゃないかしら? 春人君は家に着くなり出かけちゃったわ」

「そうなの」


 麻美と渚は今頃部活の真っ最中だろうし、今日会えるのは緑風に集まったこのメンバーだけか。

 誰か忘れてる気もしないでもないけど、まあ別に良いか。


「宏太の事は聞かないんだな……」


 と、今井君が小さく呟いていたけど聞かないフリをするのであった。



 ◆◇◆◇◆◇



 さて、まだバイトが終わらない3人を緑風に置いて、私は奈央と亜美ちゃんに連れられて新拠点とやらとご対面ー。

 スマホのカメラ越しに見るのとでは迫力が違い過ぎるってね。


「なんちゅうデカさよ」

「だよねぇ」

「広いに越した事は無いでしょ?」


 さも当たり前のように言うのは勿論我が親友の奈央。

 本当にどっかネジがぶっ飛んでんのよねぇ。


「限度ってもんかあるでしょうが」

「私はまだ物足りないわよ?」

「えぇ……」


 さすがの亜美ちゃんも困ったような表情を見せていた。


 中を一通り見せてもらい、私の為に空けてある個人部屋の中へ入る。


「ふむ。 なるほどなるほど。 凄く良い部屋じゃない」


 必要最低限の物は揃っている感じかしらね。

 今は京都住みだから、他の家具なんてのも今すぐにはいらない。 今度夏に戻って来た時で良いだろう。


「よし! 今日はここに泊まっちゃうわよ」

「おー、じゃ私も」

「仕方ないわね」


 と、何故か亜美ちゃんと奈央も泊まると言い出した。

 まあまあ、1人で泊まっても寂しいから誰か一緒の方がありがたい。 この後、奈々美と麻美も来て一緒に泊まるという話になって、だいぶ賑やかになりそうだ。


「ね、奈央。 私に会えてうれぴー?」

「ビデオ通話でしょっちゅう会ってるでしょ? それと大差ないわよ」


 素直じゃないわね。 ま、奈央らしいっちゃ奈央らしいか。 逆に亜美ちゃんはわかりやすいぐらいに喜んでくれている。 亜美ちゃんらしい。


「そうだ。 紗希ちゃん、デザインの勉強はどんな感じ?」

「凄く楽しいわよ。 やっぱり京都まで行ったのは正解だったわ」


 この数ヶ月でもかなり身になったと思う。 今までは独学だった部分が多かったから、ちゃんとした講師に色々教われるのは本当に助かる。


「そかそか」

「コンペにも参加したりするんでしょ?」

「えぇ。 自分の実力がどんなもんか知る為にね」


 既にいくつかのコンペには応募してある。 結果待ちである。


「紗希ちゃんは迷わずどんどん前に進んでいくねぇ。 凄いよ」

「きゃはは。 ゴールはもう決まってるからさ。 迷ったり寄り道したりせず、そこまで一直線よ」

「昔から紗希はそうよね。 何するにも一直線」


 と、奈央は笑う。 多分これは私の性分というやつなんだろう。 とにかく回り道をしたくないのよね。

 

「紗希ちゃんのそういうとこは素直に尊敬するよ」

「あんがと」


 亜美ちゃんに尊敬されてしまった。 私も中々やるわねー。


「さて、それじゃ夕飯の準備でもしますか! あのキッチン早く使いたかったのよ」

「そうね」

「んじゃ行こう」


 本日の夕飯を作る為に、3人でキッチンへと向かうのだった。

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