第700話 勝負の行方

 ☆奈々美視点☆


 現在試合は白山大学と青葉丘教育大学の試合は2セット目。

 開幕のラリーでようやく亜美が希望からスパイクを1本決めたところ。

 

「どうやったんだあれ?」


 隣に座る遥が首を傾げる。


「多分だけど、希望の反応を遅らせたんじゃないかしら?」

「だからどうやって?」

「亜美はあくまで、センターに立つ希望を狙ってスパイクをしようとしていたわ。 希望は亜美の微細な動きの違いでコースを読んで、一歩早く動き出していた。

 でも、亜美の動きを見て自分を狙っているとわかったら、右にも左にも動き辛いでしょ? 後は亜美が、スパイクのインパクトの瞬間に手首の動きだけでコースを変えて、しかもコーナーギリギリを突く事で、希望の守備範囲で届かないスパイクを打つ事に成功したって感じかしら」


 まあこれはあくまで私の推測。 大体似たような事だと思う。


「ほう。 なるほど。 つまりサッカーでいうところのペナルティキックと似たような状況を作り出したって事かー」

「知らないわよ……」


 何よペナルティキックって。


「でもまあ、あんな芸当が出来るのは亜美だけよ」

「はは、違いない」


 そもそもにおいて、ブロックを無視した高さからスパイクを打てるっていう前提条件からしておかしいわ。

 青葉丘教育大学のブロック、泣いても良いと思う。

 更に、インパクトの瞬間に手首を返して咄嗟にコースを変えている。 これ自体は慣れれば出来るだろう。

 問題は、そんな咄嗟のコース変更にも関わらず、キッチリコーナーギリギリを突いていること。

 私が同じ事してもアウトにする自信があるわ。

 これは全て、亜美だから出来る事というわけね。


 試合の方は遂に亜美と希望の一騎打ちの様相を呈してきた。

 希望の方も黙ってやられてはいない。 立ち位置を少しずらしてみたり、体の動きでフェイントを入れて、亜美のスパイクのコースを誘導したりと、2人の頭脳戦が展開されていく。

 ここに来て、2人の勝負は五分と五分。


「これ、バレーボールの試合だよな?」

「えぇ……」


 間違いなく今やっているのはバレーボール。 6人対6人でやる球技だ。

 しかし、今コートの中で戦っているのは亜美と希望の2人。

 もちろん、他のプレーヤーもブロック、レシーブ、トス、スパイクとしっかりプレーしているけど、明らかに2人の動きについていけていない。

 正直、こんなとんでもない試合になるとは思っていなかった。

 でもこの試合も少しずつ差が開き始めてきた。

 ここに来てリベロの弱点が足を引っ張り始める。

 リベロは前衛では仕事が出来ないので、前衛の間は他プレーヤーと交替してベンチに下がる。

 希望がコートからいなくなると、亜美や他のプレーヤーのスパイクも一気に通りやすくなるのだ。

 そうして希望が居ない間に点差が開き、気付いた時には取り戻せない点差となっていく。


「決まったわね」

「やっぱり白山か」

「……試合の方は、ね」

「んだな」


 結局、終盤に来て希望が亜美の策に対応し始め、追い上げていたのだけど、亜美は最後の最後で試合に勝つ事を選んだ。 つまり、希望との勝負から最後逃げたのだ。


「亜美にしては意外な選択したわね」

「最後明らかに対応され始めてたからな。 あのまま勝負に拘っていたら、逆転負けまで有り得たもんな」

「そうね」

「よっしゃ! 次は私達だな! 良い試合にしようぜ奈々美」

「えぇ。 負けないから。 またコートでね」


 私は遥と手を振り合い、その場で別れて控室へと向かった。



 ◆◇◆◇◆◇



 ☆希望視点☆


 私達、青葉丘教育大学と亜美ちゃん達の白山大学との試合が終了しました。

 コートの前に並んで立ち、相手チームの人達と握手を交わす。


「はぅ……負けたよぅ」


 勝ち目はそんなに無いと思ってはいたけど、2セット連取されて負けたとあっては、やはり悔しいというものである。

 でも、そんな私を見た亜美ちゃんが笑いながら言った。


「試合には私達が勝った。 けど、私個人は希望ちゃんに完敗したと思ってるよ。 最後、逃げるしか道が見つからなかったぐらいだもん」

「はぅ。 そうなの?」

「うん。 次やったら試合でも勝てないかも」


 そう言って亜美ちゃんはコートを後にした。

 奈央ちゃんがそんな亜美ちゃんを見ながら、私に一言。


「あの亜美ちゃんにバレーボールで勝つなんて。 貴女もとんでもない化け物ですわね」

「はぅ……人間だよぅ」


 こうして、私の初めての東日本インカレは幕を閉じた。

 


 ☆亜美視点☆


「悔しいー。 希望ちゃん強過ぎるよぉ」


 私は控室で着替えながら、悔しさをぶちまけていた。


「ま、まあまあ試合には勝てたし」

「あぅ」


 私は最後の最後で希望ちゃんから逃げて、試合に勝つ事を優先した。 間違った選択をしたとは思っていないけど、やっぱり後から悔しさが込み上げてくる。


「むぅ」

「こらこら。 良い加減切り替えて客席行くわよ。 奈々美と遥の試合観るでしょ?」

「うん」


 そうだった。 この後は奈々ちゃんと遥ちゃんの直接対決だったよ。 悔しい気持ちは一旦置いておいて、明日の対戦相手がどっちになるか、この目で見ておかないとね。


「ごめん奈央ちゃん。 行こ!」

「ええ」


 ササッと着替えて控室を後にし、客席の方へと急いだ。



 ◆◇◆◇◆◇



「はぅ、亜美ちゃんこっちだよ」

「希望ちゃん。 希望ちゃんも観るの?」

「うん。 決勝戦まで見届けるよぅ」

「そか」

「希望ちゃん。 さっきから亜美ちゃんが悔しがってるのよ」

「な、奈央ちゃん」

「あ、あはは……でも勝負は互角だったよ?」

「いやいや。 最後に逃げたから私の負けだよ」

「はぅ。 引き分けでも良いと思うけど」

「武士に情けは無用だよ」

「ぶ、武士って……」


 負けは負け。 それを認められないと強くはなれないのである! 私はこの悔しさをバネに、もっと強くなるよ。


「試合には勝ってるのに……ややこしい頭してますわね」


 奈央ちゃんには呆れられてしまったよ。


「あ、出てきたよぅ!」


 希望ちゃんが声を上げる。 コートに目を向けると、奈々ちゃん達の七星大学が先に姿を現した。


「奈々ちゃんやる気満々だねぇ」

「気合い入ってるね」

「私にはいつもと変わらないように見えるけど? 長年一緒にいる幼馴染にしかわからない感じかしら」

「そだね。 いつもより目がギラついてるよ」

「やっぱりわからないわ」


 さて、遥ちゃん達も出てきたみたいだ。

 遥ちゃんもやる気満々になっているみたいだ。


「どっちが勝つと思う?」


 と、希望ちゃん。


「それは試合に? 勝負に?」

「試合かな」


 私と奈央ちゃんは少し考え込む。

 チーム力なら羽山体育大学の方が上だろうと思う。

 ただ、火力の一点だけ見れば七星に軍配が上がる。


「難しいところだけど、私は奈々ちゃん達七星を推すよ」

「私は遥の羽山を推すわ。 奈々美のパワーのあるスパイクは確かに凄いけど、パワーという点なら遥だって負けてはいないと思う。 遥なら、あのバカげたスパイクもブロック出来ると踏んだわ」


 奈央ちゃんの言うこともわかる。

 正直言って甲乙付けがたい。

 この試合、勝負の行方ははたして……。

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