第607話 さよなら欧州村

 ☆夕也視点☆


 キンデルダイクという風車網を再現したエリアを後にした俺達は、興奮気味の亜美に引っ張られながら次のエリアを目指して歩いている。

 奈央ちゃんが言っていたのはたしか、アイ・アムステルダムサインとか何とかいう場所だったか?

 一体どんな場所なんだ?



 ◆◇◆◇◆◇



 しばらく歩いて行くと、I amsterdamと書かれたオブジェが立つ場所に辿り着いた。


「これがアムステルダムサイン?」


 奈々美が、そう訊くと奈央がちゃんは頷いた。

 なるほど、このオブジェがそうなのか。

 アムステルダム観光でも随一の撮影スポットらしい。


「アムステルダムに関わる全ての人がアムステルダムを表現するという意味が込められたオブジェですのよ」

「ふむ。 既に話を聞いていないのがいるぞ」

「うわわ! うわわ! 写真撮影だよ!」


 もちろん亜美である。 興奮した亜美は既にオブジェの写真を撮りまくり、オブジェの前まで走っていきaの穴をくぐってみたりして遊んでいる。


「あれはもう子供だねー!」

「本当にね。 ああなるともうダメね」


 麻美ちゃんと奈々美が、そんな亜美を見ながら笑っている。

 まあ、可愛いから良しとするか。


「私達も行って写真撮影しましょー♪」


 紗希ちゃんも走って亜美の下へと走って行った。


「しょうがないですわねぇ」

「今日は亜美に振り回されて大変ね」


 仕方なく、皆でぞろぞろとオブジェの前に並んで立ち、集合写真を撮影してもらうのであった。



 ◆◇◆◇◆◇



 アムステルダムサインを後にして、更に次のスポットへとどんどん移動していく。

 アムステルダム王宮、マヘレの跳ね橋といったスポットを見て行き、次はキューケンホッフ公園という場所へ向かっている。

 ちなみに、王宮でも跳ね橋でも亜美は相変わらずだった。

 どうやらこのテンションは最後まで続きそうだ。

 屋敷に戻った後にどっと疲れが出るだろうな。


「んで、キューケンホッフ公園とやらには何があるんだ?」

「夕ちゃん知らないの?!」

「知らんがな」


 亜美に驚かれるが知らないものは知らない。

 亜美は「しょうがないなー」と、相変わらず興奮気味に説明を始める。


「キューケンホッフ公園ってのはね、花の公園なんだよ。 綺麗なお花が一杯咲いてるんだよ? 特にオランダならチューリップが有名だね」

「花か」


 フラワーパークみたいなものかね? 亜美は「咲いたー咲いたー♪」と歌を口ずさみながら先頭をひた歩く。

 ダメだ。 このテンションの亜美について行くのは疲れてくる。


「お疲れだなぁ、夕也」


 隣を歩く宏太が、そんな俺を見て肩を叩き一言そう言って笑う。


「正直ついていけないぜ」

「可愛いもんじゃねぇか。 奈々美なんて興奮したら俺の事サンドバッグみたいに殴るんだぜ? アクション映画とか観に行った日にゃ命がいくつあっても足りんぞ」


 ああ、そういえばそうだった気がするな。 俺も去年1度あいつとアクション映画観た時に殴られた記憶があるわ。

 あいつとは2度とアクション映画は観たくない。


「宏太ー? しっかり聞こえてんだけど?」

「ひぃっ!?」


 前を歩いていた奈々美が、鬼の形相で振り返り宏太を睨みつけていた。

 宏太は瞬時に俺の背後に隠れてガクガクブルブルと震えていた。

 隠れるぐらいならわざわざ聞こえるように言うなよな……。


「先輩。 見えてきたみたいですよ、何たら公園っちゅうの」


 鬼の奈々美の隣を歩く渚ちゃんがこちらを振り返ってそう言った。

 少し背伸びをして前方を見ると、何やらカラフルな絨毯のような景色が広がっていた。

 なるほど、花の公園だ。


「おほー! こりゃ凄いわね!」

「壮観ねぇ、これ全部チューリップなわけ?」

「まあ、チューリップだけではありませんけど。 ある程度忠実に本物を再現してありますわよー」

「これだけの庭園は、そうそうお目にかかれないですね」

「そうだね」


 春人と柏原君も珍しく写真撮影を始めている。

 亜美と麻美ちゃんはとっくに中に入り込んで撮影しているが。


「これ、何本ぐらい咲いてるんだい?」

「本物のキューケンホッフ公園には及ばないけど、それでもチューリップだけで500万本は咲いてるわよ」

「ご、ごひゃっ?!」


 聞いた遥ちゃんは驚きの声を上げる。 まあ誰でもそうなるだろうな。

 500万本のチューリップ畑なんて、産まれてこの方見たことも聞いたことないのだから。


「1本ぐらい持って帰ってもわからないよぅ」

「やめろよ?」


 変な事を言い出す希望を止めると、希望は笑いながら「しないよぅ!」と、目を吊り上げながら起こった。

 尚、どんなに目を釣り上げてもタレ目である。


「そんな事より、亜美と麻美がどんどん先へ行っちゃってるわよ?」

「ちょっとはしゃぎ過ぎよね。 まあ言っても聞かないから好きにさせておきましょう」


 奈央ちゃんも亜美のはしゃぎっぷりにはお手上げといった感じだ。

 まあ、これはこれで良いだろう。

 あんな楽しそうにしてる亜美をわざわざ止めてやる事もない。


 チューリップ畑となっている公園内をゆっくり時間をかけて見て回わり、気づけば日も傾き始めていた。


「あぅ。 もっと時間があればもっと色々見られるのに……」


 と、亜美はもうすぐこの時間が終わってしまうことを惜しんでいた。

 先程までのハイテンションもなりひそめてしまった。


「亜美ちゃん。 また来ましょうね」


 幸いにして同じ県内にあるテーマパークだ。

 来ようと思えばまた来ることが出来る。

 それを聞いた亜美は笑顔になり「うん」と頷く。


「さ、ダム広場へ行きましょう」


 奈央ちゃんの立てた予定ではラストとなるダム広場を再現したエリアへ向かう事になった。

 そこのレストランで晩飯を食べてテーマパークを出るということになる。


「亜美、楽しかったか?」

「うん。 まだ絶対来るよ。 目指せ欧州村制覇だよ」

「それも良いけど、今度は是非本物のヨーロッパ旅行に行きたいですわね」


 奈央ちゃんはそう言い、亜美は「そうだね」と大きく頷く。

 奈央ちゃんの事だから、いつか必ず実現させそうだな。

 その時を楽しみに待つとしよう。



 ◆◇◆◇◆◇



 ダム広場で夕食を食べた後、俺達は欧州村を後にした。

 帰りの私有バスの中で亜美は俺の隣で寝息をたてている。

 やはりあれだけはしゃいだ後だから疲れているのだろう。


「ぐっすり寝てるわね」

「あぁ」

「すー……んにゃ。 次はイギリスだよぉ……」


 どうやら夢の中ではまだ欧州村で遊んでいるらしい。


「ふふ、よほど楽しかったのね。 これは近い内に欧州村ツアー第2弾を企画して差し上げないと」


 そんな亜美を見て優しく微笑みながらそう言う奈央ちゃん。


「早めに頼むぜ」

「はいはい。 お任せください」


 バスは屋敷へ向かい走っていく。

 来週には大学の合格発表もあり、また少し忙しなくなるだろう。

 卒業式が終われば卒業旅行も企画されている。

 まだまだ楽しい事がこの先一杯あるぞ。

 俺は隣で眠る亜美にそう囁いた。


「すー……すー……奈央ちゃんありがとー……」


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