第533話 温泉バトル②
☆夕也視点☆
亜美がいない間に色々と助けてくれている皆と一緒に、日帰りで温泉旅行へやって来たのだが、現在俺は麻美ちゃん、渚ちゃん、希望の3人のバトルに巻き込まれてしまっている。
誰が俺の背中を流すかで揉めているのだ。
尚、俺が自分でやるという選択肢は早い段階で却下されている。
奈々美に助けを請うも「頑張りなさい」の一言で終わった。
「渚にはまだ早いよー!」
「先輩の背中流すのに早いも遅いもないやろ!」
「10年は一緒に過ごさないとダメだよぅ!」
麻美ちゃんと希望はまず、俺と過ごした時間が短いからというめちゃくちゃな理由で渚ちゃんを蹴落とす作戦のようだ。
「ゆ、雪村先輩までそないな事を言わはるんですか?!」
勿論、そんなめちゃくちゃな理由が通るわけはなく、渚ちゃんは猛反論する。
俺は為されるがままに右へ左へ後ろへと引っ張られる。
あれだ、2人の女が我が子だと言い張り子供の腕を引っ張り合う大岡裁きの話によく似ている。
ならば……。
「存分に引っ張るがよい。 勝った奴に背中を流す権利を与えよう」
俺は偉そうにそう言って3人を煽る。
俺が痛がれば、俺を大切に思っている3人は自ずと手を離すだろう。
「なははー! 私が勝つー!」
ギューッ!
「私やー!」
ギューッ!
「私だよぅ!」
ギューッ!
「ぐおーっ! 痛い痛いっ! いやマジで腕取れるっ!」
誰1人として手を離そうとせずに、激しく引っ張り合う3人。 この3人には大岡裁きは通用しないようである。
「夕也、墓穴掘ってどうすんのよ?」
「これは腕が抜けるのも時間の問題だな」
「見てないで何とかしろお前ら! いでで!? やめっ、死ぬって! わかった! 皆勝ちだ! 皆に背中を流す権利を与えよう! だから離してくれ!」
死にものぐるいで放ったこの言葉に、3人が反応する。
次第に引っ張られる力が弱くなっていき、手が離された。
「じゃあ3人で順番に背中を流そー」
「せやな」
「それなら文句ないよぅ」
どうやら落ち着いたようだ。 いや、本当にどうなるとかと思った。 あのまま引っ張られていたら、本当に腕が抜けててもおかしくなかったぞ。
「んじゃ! 私が1番でー!」
「何言うてんのや! 私が1番や!」
「ここは私だよぅ!」
と思ったのだが、次は順番決めで揉める3人。
「何やってんのよあの子達は……」
「もっと静かに温泉を楽しめんのか」
奈々美と宏太は、もはや我関せずと言った感じで眺めている。
他人事だと思って呑気なもんである。
「だー! 誰でも良いから早くしろー!」
「良くないー!」
「そうです! 大事な事なんです!」
「夕也くんは静かにしてて!」
まったく聞く耳を持たれないのあった。
◆◇◆◇◆◇
結局は平和的解決法としてジャンケン3先勝負で順番を決めた3人。
1番を勝ち取ったのは希望であった。
「ふんす! やっぱり私が1番だよ!」
「ぐぬぬー」
「負けは負けや、しゃーない……」
「良いから早く流してくれんかね」
順番を決めるのにやけに時間が掛かっているので、早くしてほしい。
「では! ごしごし」
「……なあ、もうちょい力入らんか?」
「え? 全力だよぅ」
「力無さすぎか? 亜美と同レベルかよ……」
「はぅ! ごしごし!」
「む。 少しマシになったな。 やりゃできるじゃないか」
「疲れるよぅ」
何とも情けない奴だ。 隣の奈々美なんか見てみろ。
宏太の背中赤くなってるぞ。 あれはやり過ぎだ。
宏太の奴、涙流してんぞ。
「奈々美ー、もうちょい加減してくれないか?」
「え? まだ強い? 加減難しいわね」
奈々美的にはかなり加減しているつもりらしい。
あいつに流してもらわなくて良かったぜ。
「はい! 希望姉交代だよー」
「はぅ。 もうそんなに経った?」
「経ったよー!」
時間経過で交替するルールのようで、希望の次は麻美ちゃんが背中を流してくれるようだ。
「あははー! 麻美流背中流し術を喰らえー!」
ゴシゴシゴシゴシ!
何やら超高速で背中を擦っているようだ。
力加減はちょうど良いのだが、この無駄に速いのは一体何なのか。
「どうだ夕也兄ぃー! 私の背中流しは気持ちいいかー?」
「おー、中々いいぞー」
「なはは! 私の勝ちですなー!」
「まだ私が残っとるわ」
「私だって負けてなかったよぅ!」
人の背中を流すのに勝ち負けなんてあるのかは知らないが、この3人は何かを競っているらしい。
「あんたら何やってんのよ……」
宏太の背中を流し終えた奈々美は、自分の髪を洗いながら呆れたように呟く。
「俺にはわからん……ところで宏太は?」
「背中痛いって言って転げ回ってるわよ?」
「ヒリヒリするぞー!」
何で温泉に浸かりに来ただけのに、こんな騒がしくなるんだよ。
逆に疲れて帰る事になりそうだ。
「麻美、替わりや!」
「おとと……」
今度は渚ちゃんか。 そういえばだか、渚ちゃんと風呂に入るの何て初めてだな。
麻美ちゃんとは昔入ったこともあるが。
「私、昔からお姉ちゃんと背中の流し合いをようやっとったんで得意なんですよ」
と言いながら、ゆっくりと背中を擦り始める。
力加減も完璧で、3人の中では1番まともである。
「優勝!」
「どや! 見たか麻美! 私の優勝や!」
「ぐぬぬー」
「はぅー」
結局優勝して何があるのかはわからないが、無事に背中を流してもらい終えた俺は、再度湯に浸かる。
「お疲れ様ね」
「まったくだ。 リフレッシュしに来たはずなんだがな」
「背中がヒリヒリする……」
宏太の奴はまだ言っている。
で、俺の背中を流してくれていた3人は、今頃になって自分達の髪や体を洗っている。
「あの子達、本当にあんたが好きね」
「好かれるのは嫌な気はしないが、もうちょっと平和的にやってくれると助かるんだが」
「必死なんだろ。 亜美ちゃんから奪うにはそれぐらいやらんとな」
「いや、俺の気持ちは無視なのか?」
「そこまでの余裕もないんでしょ」
必死なのはわかるんだが、俺や亜美に対して何か申し訳ないとか思ったりはしないんだろうか?
亜美は何だかんだ言ってこの状況をあまり何とも思っていないようだが。
「あんたがしっかりしてりゃ良いのよ」
「そうだが……」
どうも押しに弱い俺は、ちょっと雰囲気に飲まれるとフラフラする癖があるらしい。
何とかせねばな。
「なははー。 夕也兄ぃ疲れ取れたー?」
戻って来た麻美ちゃんが前にやってきて、そのまま湯に浸かる。
む、むう。 大人っぽくなってきよったな。
ちょっと前までまだまだ子供だったのに。
「そうだなぁ。 ちょっと疲れた」
「うぇっ?! なんで? 温泉だよ? 疲れ取れるでしょー?」
「そりゃあんだけ引っ張られたりすりゃ疲れるわな」
宏太がゲラゲラ笑いながら言う。 それを聞いた麻美ちゃんは「ありゃ。 そっかー」と納得した様子。
何でもっと早く気付いてくれないのだろうか。
希望と渚ちゃんも洗髪等を終えて戻って来たかと思うと、2人して俺に謝ってくるのだった。
「ま、まあ、これからは気を付けてくれると嬉しい」
「はーい!」
「わかりました」
「気を付けるよぅ」
皆わかってくれたようだ。
と、 思ったのだが、この後すぐに3人はまた揉め始めた。 夕飯の買い出しは誰が行くのかという恒例のあれである。
「はぁ……早く帰って来いよ亜美」
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