第517話 亜美のいない日
☆希望視点☆
今日、東京のお父さんから連絡があった。
お母さんが倒れたらしい。
亜美ちゃんからそれを聞いた瞬間、私は身体が硬直した。 小学6年生のあの日の事を思い出したからだ。
しかし、亜美ちゃん曰く過労で命に危険のある病気ではないと聞き一安心。
私か亜美ちゃん、どちらか東京に来て欲しいと言う事だったため、亜美ちゃんが東京へ向かい、お父さんの世話をする事になった。
夜、寝る前にスマホが鳴り出す。
亜美ちゃんから連絡だ。
「もしもし、亜美ちゃん?」
「もしもーし。 私だよ」
「お母さんの様子どうだった?」
やはり気になるのはそこだ。
「うん。 普通に起きて話ができるくらいには元気だったけど……」
と、そこで一旦区切る亜美ちゃん。
けど、何なんだろう?
「ちょっと痩せてたかな。 だいぶ負担掛かってるのかもねぇ」
「そ、そうなんだ……お父さん家事は何も出来ないもんね」
お仕事もあるから仕方ないといえば仕方ないんだけど。
「お父さんもさすがにこのままじゃだめだと思ったみたいで、簡単な家事を覚えるって言ってるよ」
「おお、そうなんだ」
お父さんも今回の事でお母さんを労わろうと思ったみたいだね。
良かった良かった。
「私、お母さん退院してからもしばらくはこっちにいることにするよ」
「そうなんだ。 どれくらい?」
「とりあえず1週間」
「そっかぁ。 わかったよ」
うーん。 1週間は亜美ちゃんいないのか。
「んん?」
ということは……。
「夕ちゃんと2人きりだからって調子に乗って変なことしないようにね」
「え? あ、あははは」
あっさり見抜かれていた。 でも、いないんだから何してもバレないし気にせずやるよ。
これから1週間どう過ごしていこう。
「じゃ、おやすみ」
「うん、おやすみ」
亜美ちゃんとの通話を切りベッドに寝転ぶ。
「1週間かぁ。 これを活かさない手はないよね。 なんとか上手く夕也くんとの時間を過ごせないかな」
と、考えてみる。
ちょっとズルいかもしれないけど、これくらいは亜美ちゃんからしても丁度良いハンデだろう。
「考えるより行動だよぅ」
とりあえずは夕也くんの部屋に行ってみよう。
お母さんの事、気にしてるかもしれないしね。
私はベッドから立ち上がり、夕也くんの部屋へ向かった。
コンコン……
「入っていいぞー」
ドアをノックするとすぐに返事があった。
今は私しかいないからね。
私は遠慮なく入室させてもらう。
「亜美ちゃんから連絡あったよ」
「おばさんどうだって?」
「話せるぐらいは元気だって」
「そうか。 そりゃ良かった。 俺にとっても半分お袋みたいなもんだからなぁ」
今井家と清水家は家族ぐるみの付き合いだ。
やっぱり夕也くんにとっても半分くらいは親のような存在なのだろう。
「で、亜美はいつ頃帰って来れそうだって?」
「うんと、1週間は向こうにいるって」
「そうか、結構長いんだな」
「うん」
よし、ここで夕也くんに猛アタックを仕掛けるよ。
まずは一緒に寝たいっておねだりしてみよぅ。
「夕也くん!」
「ん?」
「今日は一緒に寝ていいですか!?」
「ど、どうした急に?」
夕也くんは面食らったように仰け反る。
「いいですか!?」
私は尚も勢い任せに押して行く。 夕也くんは強引な押しに弱い。
「いや、あのな?」
と、ここは珍しく落ち着いた態度で冷静に対処される。
ならば。
「はぅ……ダメなのぅ? ぐす」
作戦変更。 泣き落とし作戦だ。
夕也くんは女の子の涙に弱い。
「うぐっ……な、泣くなよそんな事で」
「だって、一緒に寝たいんだもん」
「はぁ……」
夕也くんは溜息をつき頭をわしゃわしゃと掻き、観念した様に頷いた。
「わかった。 わかったからぐずるなよ」
「いいの?」
「一緒に寝るだけだぞ」
「やった」
夕也くんはチョロいのだ。 誰に対しても甘いのが夕也くんの弱点だと思う。
とりあえず夕也くんと一緒に寝られるので良しとしよう。
「枕持ってくるよぅ」
「はいはい」
私はスキップしながら部屋に戻って枕を手に取る。
「あ、パフェ達も連れて行こう」
私はパフェ達のケージも持って夕也くんの部屋へ向かった。
「夕也くん開けてー!」
両手が塞っているため扉が開けられないので夕也くんにお願いする。
ガチャッ……
「……何で枕を取りに行ったのにハムスター達まで持ってきたんだ」
「一緒に寝るからだよぅ」
この子達は私の大事な子達だからね。
一緒にいられる時は出来る限り一緒にいたい。 寿命の短い生き物だからこそ、一緒にいる時間を大切にするのだ。
「そ、そうか。 テーブルの上にでも置いておけな」
「うん」
言われた通り、ケージを2つテーブルの上に並べて置く。
夜行性な彼らは、何事かと思い巣箱から出てきてキョロキョロしている。
可愛いよぅ。
「おやすみ、パフェ、バニラ、チョコ、クッキー」
「いつ聞いても甘ったるい名前だな」
夕也くんは少し笑いながらそう言って、ケージの中を覗き込む。
「亜美ちゃん命名だからね」
亜美ちゃんのネーミングセンスはお菓子の名前に寄っているようだ。
「さて、寝よう」
ベッドへ向かい、そのまま寝転がる。
すると、夕也くんは何故か床に布団を敷き始める。
「何してるの?」
「いや、俺は床にねようかと」
「え? どうして? 一緒にベッドで寝るんじゃないの?」
付き合っていた頃はたまに同じベッドで並んで寝たりもしたのに。
「さすがに良くないだろ……」
「良いと思うけど。 というか、それじゃ一緒に寝る意味無いよぅ」
私は再度駄々をこねる。 ここまで来て引き下がるわけにはいかないので、何としても添い寝してもらうよ。
「希望は最近我儘になったなぁ」
「はぅ?!」
そ、そうなんだろうか? 私自身は何も変わってないと思うけど、人から見たら我儘になったように見えるのかな?
「わ、我儘じゃないもん……もう良いよぅ、1人で寝るよぅ」
私はちょっと怒りながら言い、そのまま布団を被る。
夕也くん、私の事なんかもうどうでもいいんだ。
ぐすん……。
と、落ち込んだのも束の間、私はすぐに眠りについてしまうのだった。
◆◇◆◇◆◇
「はぅ……」
朝方早くに目を覚ました私は、隣から小さな寝息が聞こえることに気が付いた。
私のすぐ隣には夕也くんが眠っていた。
「結局は添い寝してくれたんだ……。 すぐ寝ちゃったの失敗だったかな」
過ぎてしまった事を悔やんでも仕方ないので、しばらくその寝顔をじっと眺める事にした。
「……こんなに近くにいるのに、心の距離は随分と遠くなっちゃったね」
付き合っていた頃の事を思い出しながら、ふとそんな風に思う。
「夕也くん……私の事、まだ好き?」
眠る夕也くんに訊いてみても、返事は寝息しか返っては来ない。
「夕也くん……」
もしかしたら夕也くんにとって私は、もう邪魔者なのかもしれない。
「そろそろ潮時なのかな……」
夕也くんの事はもう、諦めた方が良いんだろうか。
無邪気なその寝顔を眺めながら、そんな暗い思考が頭を巡るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます