第442話 手負いの月姫

 少し時間は遡り……。


 ☆亜美視点☆


 第2セットの開幕。 奈々ちゃんと接触して転倒してしまい、私は左足首を、奈々ちゃんは右手首をそれぞれ捻挫してしまい、一時コートを離れて応急処置をしている。

 試合の方は渚ちゃんとマリアちゃんに任せたので大丈夫だろう。


「あんさんらドジやなぁ」

「弥生ちゃん?」


 ロッカールームで処置をしていると、弥生ちゃんが勝手に入ってきてバカにするように言う。


「まあ、ドジっちゃドジよね」

「あはは……」

「で? この後は出れそうなん?」

「出るよ」

「当たり前でしょ」


 このままベンチで座ってるなんて事、キャプテンとして出来るわけがない。

 奈々ちゃんだってエースとしての意地があるだろうし。


「ま、せやろな。 あんさん貸してみ」

「は、はい!」


 弥生ちゃんは1年生の子からテーピングを受け取り私の前に屈む。


「ウチもようやるさかい、テーピング巻くのは慣れとんのや。 出来るだけ動かんように固めたるさかいじっとしてや」

「あ、ありがとう」

「気にせんで。 あんさんがウチ以外に負けるとこ見とうないだけや」

「私以外に負けたくせに」

「やかましわい!」

「あんた元気ねぇ……」

「元気が一番や。 ほれ、踵上げてんか」


 弥生ちゃんは慣れた手付きでテキパキとテーピングを巻いてくれている。

 

「あんさんを倒すんはウチや。 負けたら許さんで。 ほい、亜美ちゃんは完了や。 藍沢さんも手出しや」


 私はこれでバレーボールをやめるのに、弥生ちゃんはまだそんな事を言う。


「この大会で引退すんのは知っとるよ。 それでもな、ウチはずっと待っとんで。 あんさんがコートに帰ってくるんを」


 私の顔を見てはいないけど、間違いなく私に向けて放たれた言葉だ。

 コートに帰る……たしかにバレーボールは好きだけど、将来の私にバレーボールまでやる余裕があるかどうか。


「藍沢さんは大学でも続けるんやろ?」

「えぇ、そのつもりで考えてるわ」

「さよか。 さっさとVリーグに来たらええやん」

「一応大学は出ておこうと思ってね」

「さよか。 まあウチも宮下さんも待ってるさかい、はよ来たってや。 ほい、終わりや。 結構ガッチリ固定してるさかい窮屈やろうけど、我慢しいや」

「サンキュー」


 弥生ちゃんのおかげで思ったより早く処置が終わった。 感謝感謝だよ。

 もう一度お礼を言うと「ええって」と照れたように言う。


「あれや、礼やったら1日夕ちゃんとデートさせてーな」

「それはダメだよ。何言ってるのよ」

「あんさんケチやな……ま、冗談やー」


 すっと立ち上がるとそのまま扉の方へ歩いて行き、こちらを振り返らずにこう言い残してロッカールームを出ていった。


「勝ちや。 手負いの月姫はん」



 ◆◇◆◇◆◇



 ベンチへ帰ってくると、試合の方はかなり厳しい状況だった。

 16-10とかなり離された状態でのテクニカルタイムアウト。

 このセットは私達は休むことにして、弥生ちゃんとマリアちゃんに引き続き頑張ってもらうことに。

 しかし健闘も虚しく、第2セットは25-18という大差で落としてしまう。

 渚ちゃんもマリアちゃんも悔しそうな表情でベンチへ引き上げてきた。


「おかえり。 2人ともありがとうね」


 頑張ってくれた2人に労いの言葉を掛けるも、私の期待に応えられなかったことを申し訳なさそうにしながら語る。


「すいません……全然通用せんくて」

「……私もまだまだでした」

「何を落ち込んでんのよ。 まだ試合は終わってないわよ? こっからまだまだあんた達の出番はあるかもしれないんだから反省会は後にしなさい」

「は、はい!」


 奈々ちゃんがしかりつけると、2人は顔を上げて返事をした。

 とにかく……。


「ここからは私と奈々ちゃんが出るけど、正直最後までプレーできるかはわかんないから、もしダメそうな時は頼むよ」

「その時は任せてください」

「今度こそやります」

「その意気よ。 んじゃま、ちゃんと見てなさいよ。 私達の戦いを」

「はい!」


 私はベンチから立ち上がり軽く飛び跳ねてみる。 弥生ちゃんがかなりしっかりテーピングしてくれたおかげで、足首は固定されて痛みは少ない。


「これなら何とか……」

「よし行くわよ」


 セット間のインターバルを終えた私達は、再びコートに立つ。

 ネットの向こうでは、宮下さんが「お、帰ってきたわね」と嬉しそうに言う。


「どうなの? 全力でプレーできそう?」

「さあねぇ。 やるだけやってみるよ」

「そう。 どっちにしても手を抜く気は無いけど」

「手なんか抜いたら友達辞めてやるわよ」

「それは嫌だなー」


 と、笑いながら言う宮下さん。 私達の事をライバルであると同時に友達だと思ってくれているようで、私はとても嬉しいよ。


「んじゃま、第2ラウンドと行きますか」


 ピッ!


 笛が鳴って第3セットが始まる。 サーブは私達月ノ木の小さな司令塔奈央ちゃん。


 パァン!


 落差の大きいドライブサーブで相手後衛の手前にコントロールされたサーブは、新田さんに上手く拾われてしまう。 永瀬さんがボールの落下点へ入る。

 トスはセンターからライトへ送られる。 遥ちゃんと奈々ちゃんがブロックに跳び、宮下さんを止めにいく。


「せーの!」

「はっ!」


 パァン!


 宮下さんのスパイクは、奈々ちゃんの右手に当たるも、高く跳ね上がりコート外へ飛んでいてしまった。 またまたブロックアウトプレーだ。


「好きだねぇ」

「得意技だから」


 結構細かい技術がいるプレーを得意と言えるのは素直に凄い。

 と、感心していると、奈々ちゃんが右手首を抑えて気にしている素振りを見せる。 さっきのブロックで痛みが走ったのかな……?


「大丈夫?」

「えぇ。 大丈夫よ。 弥生の奴、本当に上テーピング手いわね。 ガッチガチよこれ」

「だよねぇ。 私も全然足首動かないし」


 逆に窮屈なぐらいである。


「大丈夫そうね。 んじゃガンガン行くわよ」


 ニヤっと笑ってそういうのは宮下さん。 まさか、それを確かめるために奈々ちゃんの右手に当ててつつブロックアウトを? どこまで上手いんだか。


 ピッ!


 今度は都姫女子からのサーブを希望ちゃんがしっかりと拾う。

 よし、私も足首の調子を確かめておきたい。 ここは全力ジャンプを要求。


「いくわよ」


 私の要求に応じて、高いトスを上げてくれる奈央ちゃん。 奈央ちゃんとしても私の足の調子を早めに見ておきたいのだろう。


「よし!」


 助走をして力一杯踏み込んで全力ジャンプを試みる。


 ピキッ!


「っ?!」


 足首が固定されているとはいえ、踏み切る衝撃時に鈍い痛みが走る。 でもこれぐらいならなんとか。


「っあ!」


 パァン!


 ブロックの上から空いたコースを狙って打ち抜きスパイクを決めて着地する。

 着地の衝撃でも多少痛みはしたが、耐えられるレベル。


「どう?」

「大丈夫だよ。 バンバン上げて」

「OK。 バンバン点取ってちょうだい」


 何とかこの試合だけは保ってほしいところだ。

 宮下さんは苦笑いを見せながら「ケガしてあの高さ出すって、やっぱ化け物ね」と、呟いていた。


「人間だよ!」


 ツッコミのキレも健在である。

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