第391話 夜の浜辺

 ☆亜美視点☆


 室内プールでひとしきり遊んだ私達は、徒歩で別荘へと帰る途中である。

 プールにいる間、渚ちゃんが何か悩んでいるように見えたけど、奈々ちゃんと2人で話しているのを見た後は、吹っ切れたように見えた。

 何かあったのかな?


「夕ちゃん、渚ちゃんが困るような事言ったりした?」

「何で俺なんだ……」

「それはー……まあ、色々と理由はあるけど」


 私から渚ちゃんの気持ちをバラすわけにはいかないので、適当にはぐらかす。

 渚ちゃんの悩むような事ってバレーボールか夕ちゃんの事だと思うけど。

 それ以外無いと言い切るのは失礼か。

 でも、夕ちゃんの事なんだとしたら、私が口を挟むとややこしくなりそうだね。

 奈々ちゃんに何かしら話したみたいだし、私の出る幕はなさそうだよ。


 歩いて別荘へ戻ってきた私達は、休憩を挟んで夕食の準備を進めています。

 10人分の量を作るとなると、中々に大変だけど、女子総出で手分けして作業に当たる。

 私はもっぱら材料を切る係である。

 何故かというと、ただ正確で早いからだということらしい。

 

 トトトトト……


「本当に機械みたいな包丁捌きね……」

「人間だよー」


 集中しているので返しも適当になる。

 私は一定のリズムで次々と野菜を切っていく。

 10人分の料理の材料をあっという間に切り終えて休憩。


「はぅ、もう終わったの?」

「うん」


 そうして手持ち無沙汰になった私は、ちょっとだけキッチンを抜け出して夕ちゃんの部屋に遊びに行く事にした。


 夕ちゃんの部屋はたしか2階の真ん中。 部屋の前に立ち、ドアをノックする。

 少しすると、ドアが開き夕ちゃんが顔を出す。


「ん? もう飯出来たのか?」

「ううん、まだだよ? 私の仕事終わったから遊びに来ちゃった」

「サボりかー?」

「サボりじゃないもん、終わったんだもん」


 そりゃ、他の人を手伝うとかやる事がないわけじゃないけど。


「ね、部屋入って良い?」

「別に良いぞ」


 そう言って夕ちゃんは、ドアを全開にして私を招き入れる。

 部屋の内部は私の部屋と同じようである。

 多分、他の部屋もだろうね。

 私は何気無しに窓の方へ歩いていき、外を眺める。


「んー。 昼間はあんなに綺麗に見えたのに、暗くなってくると真っ暗だね」

「そうだな」


 夜に見る海は、太陽の光も空の青もなく、ただただ暗闇がどこまでも続いている。

 ボーっとみていると吸い込まれそうである。

 隣に夕ちゃんもやってきて、一緒に外を眺めていた。


「ねぇ、ご飯食べたらちょっと浜辺を散歩しようよ?」

「暗くて危なくないか?」

「ライト借りれば大丈夫でしょ」


 夕ちゃんは少し苦笑いして「しょうがないな」とOKしてくれた。

 やっぱり夕ちゃんは優しいねぇ。

 


 ◆◇◆◇◆◇



「いただきます」


 夕食が出来たので、私達は集まってそれをいただく。

 今日の献立はゴーヤーチャンプルーだよ。

 沖縄だし、やっぱりこれでしょ。


「独特の苦味があるな。 だが美味し!」

「箸が進むねぇ!」


 私達の中でも特に大食いな宏ちゃんと遥ちゃんは、早速これでもかという勢いでがっついている。


「んむんむ……美味しいねぇ」

「初めて作った割には上出来よね」


 そう、私達の中の誰一人として、ゴーヤーチャンプルーを作った人はいなかった。

 なので、インターネットでレシピを調べながら作ったのだ。

 世の中便利だ。


「そういえば亜美ちゃん、途中からいなくなってたね?」

「夕ちゃんの部屋に居たよ?」


 と、正直に話すと……。


「はぅ、亜美ちゃんずるいよぅ」


 希望ちゃんは口を尖らせてそう言った。

 ずるいと言われても困るんだけど……。

 これは食後の散歩の話は伏せておいた方が良いかもしれない。


「亜美、最近はガードが硬くなったわよね?」

「たしかにー」


 と、周りからはそんな風に言われた。

 自覚はある。 希望ちゃんが最後の勝負を挑んで来た時、少し怖い気がしたのだ。

 だから、希望ちゃんには出来るだけチャンスを上げないように心掛けようとしている。


「おかげで大変だよぅ」

「希望ちゃん負けるなー!」


 少し弱気な希望ちゃんと、力一杯応援する紗希ちゃん。 紗希ちゃんはとんでもない作戦を立てたりするし、油断禁物である。


 皆で賑やかにワイワイと盛り上がりながら、夕食の刻は過ぎていった。

 

 お皿を洗い終わり入浴までの間に、先程夕ちゃんと約束した夜の散歩へと出かける。

 もちろん、希望ちゃんには内緒だ。

 私は先に外へ出て、夕ちゃんがやってくるのを待つ。


「うー、暗いねぇ」


 一応ライトを借りてきておいて正解だった。

 少し待っていると、夕ちゃんが出てきたのでライトを振って合図を送る。

 気付いた夕ちゃんは、小走りに近寄ってきて私の横に並んだ。


「やっぱり暗いな」

「そうだねぇ。 照らしながらゆっくり歩こ?」

「おう」


 ライトで前を照らしながら、もう片方の手を夕ちゃんと繋ぐ。


「恋人っぽい!」

「まあ、実際そうだしな」


 とは言いつつ、最近は2人でのデートをあまりしていない気がする。

 受験生がデートをしている暇があるのかと言われれば困るのだけど。


「ね、夕ちゃんは受験勉強捗ってる?」


 夕ちゃんの成績なら志望先の大学受かれると思うけど。


「まあボチボチだな。 そっちは……聞くまでもねぇか」

「いやいや、私が狙ってるのは難関大学だよ? 一応ちゃんと勉強してるんだから」


 いくら成績が良いからって、油断したりしない。 サルだって木から落ちるし、弘法だって筆を誤るんだから。


「本当、努力を怠らない天才とか誰も敵わないわな」

「そんなこと無いと思うけどね」


 私だって、その道のプロと呼ばれる様な人には絶対に敵わないし、そこまで常軌を逸した化け物じゃないと思う。

 皆が誇張しすぎなんだよ、きっと。


「最近希望とは小競り合いが続いてるな? ケンカとか無いか?」


 今度の話題は私と希望ちゃんの事。


「無い無い。 何だかんだ言って、私達は仲良いからね」

「違いないな。 頼むからケンカだけはしないでくれよ? 俺の所為で2人に仲に亀裂が入ったりしたら、申し訳なくてな……」

「気を付けるよ。 これでも私はお姉ちゃんだし、もしケンカになりそうになったらその時はちゃんと引き下がるよ」


 勿論、夕ちゃんを譲るという意味ではない。 あくまでもケンカにならないように私が一歩引くというだけ。


「……ふふふ」


 色々思い出して、少し笑ってしまった。

 それを見た夕ちゃんが「どうした?」と訊いてきたので話してあげることにする。


「うん。 2年前の私が今の私を見たら驚くだろうなーって思って」

「2年前の?」


 2年前……まだ高校に上がったばかりの頃の私は、希望ちゃんの幸せを願うばかりに、自分の事をそっちのけにして夕ちゃんと希望ちゃんの仲を取り持とうとしていた。

 希望ちゃんから夕ちゃんを奪おうなんて、考えもしなかった。

 それが今や、希望ちゃんから夕ちゃんを取って奪われないように必死になっているのである。

 2年前の私からは想像もできない状況だ。


「まぁ、たしかになぁ。 あれから随分変わったな」

「うん……でも皮肉なことに、今の状況があるのは希望ちゃんのおかげなんだよねぇ……」

「希望はその時の事、別に悔いてはいないみたいだな」

「うん。 むしろ、あのままじゃ勝った気がしないからって言ってたしね」

「そうか」


 今はあの頃とは逆の立場になっている私と希望ちゃん。 奪おうとする側と守ろうとする側。

 油断すると、まだ逆転される可能性は十分にある。 夕ちゃんは信じろって言ってたけど、私は私の出来る事をやる。

 希望ちゃんにも、麻美ちゃんにも夕ちゃんは渡さないんだから。

 2人で夜の浜辺を歩きながら、そう心に誓うのだった。

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