第375話 浮気

 ☆亜美視点☆


 体育館の全面使用日をすり合わせ終えた私達は、ひとしきり顧問の愚痴を言った後で、恋愛話を始めた。

 その会話中に、紗希ちゃんから聞かされたパートナー間でのマンネリ化、他の相手との浮気による刺激について宏ちゃんと話していたのだけど……。

 宏ちゃんが急に、浮気を試してみるかと訊ねてきて……。


「えーっと……あー、あれだ! あたふたしてる私を見て『冗談だ』って言うつもりでしょ? いやいや、私は引っかからないよ宏ちゃん」


 そうだ。 ここで取り乱したら宏ちゃんの思う壺というやつだ。

 さあ、宏ちゃん。 負けを認めて……。


「あれ? 宏ちゃん?」


 宏ちゃんは何故か真剣な表情を崩さずに、ずっと私を見据えている。

 ま、まさか本気とかじゃないよね?


「あの……宏ちゃん? まさかとは思うけど……」

「亜美ちゃんはよぉ、浮気についてどう思う?」

「え? 浮気について? それは、あまり褒められるものじゃないとは思うけど……だからってそういう事しちゃう人達の事や、浮気そのものを否定はしないかなぁ……」

「ま、俺も同感だな」


 すっと、いつもの表情に戻る宏ちゃん。

 なんだ、やっぱり冗談だったんじゃない……。


「も、もう! ドキッとしちゃったじゃん! 宏ちゃんの意地悪」


 私は、へらへらと笑いながらパフェを口に運んでいく。


「いや? 本気で言ってたが?」

「けほっ……ほ、本気だったの?!」


 ついつい咽せてしまうぐらいびっくりした。

 ま、まったくこの人はぁ……。


「まあ、亜美ちゃんがあんまり乗り気じゃなさそうだから退いただけだ。 亜美ちゃんがOKしてたらこのままホテルだったぜ」

「うわわ……」


 な、何考えてるのよ宏ちゃんは……。

 そりゃ、こういう話を振ったのは私だけどさぁ。


「俺とそういうことするのは嫌なんだろう?」


 コーヒーを飲み干してそう言う宏ちゃん。

 

「あ、いや……そんなことはないんだけど……夕ちゃん以外でそういうことしても良いって思うのは宏ちゃんだけだし……」

「ふむ……一応それは良いのかぁ」


 な、何だか宏ちゃんに意地悪されているみたいである。

 私は俯きながら、黙ってパフェを食べるようにした。

 は、早くこの微妙な空気を変えるかなんかしないと。


「奈々美と夕也は、浮気したんだよなぁ……」


 私はその言葉を聞いて、パフェを食べる動きをピタリと止める。

 そう。 奈々ちゃんと夕ちゃんの2人は一度だけそういう関係になった事があるらしい。


「……宏ちゃんはさ、浮気したいの?」

「一回ぐらいは誰かとしてみたいって感じだな」

「褒められたものじゃないねぇ」

「ほっとけ!」

「あはは。 でも、誰でも良いんだ?」


 止めていた手を動かして、残りのパフェを食べてしまう。


「誰でもってわけじゃないけどな。 今なら亜美ちゃんか希望ぐらいだぜ?」

「の、希望ちゃんも?!」


 ま、まあ少し意外ではあるけど、たしかにおかしくはないか……。


「むー……」


 宏ちゃんとの浮気かぁ……。

 夕ちゃんも奈々ちゃんとしちゃってるし、私だって1回ぐらいは……いやいや、何を考えてるのよ私は……。


「んじゃ帰るかね?」

「う、うん」


 もう緑風にいる理由はないので、2人して立ち上がり会計を済ませて店を出る。

 外に出ると、辺りは既に真っ暗。

 女1人の夜道は危険だという事で、家の前までは宏ちゃんが送ってくれる事に。


「……」

「なんか深く考えてるみたいだけど、言ってみただけだから気にしないでくれよな?」

「あ、うん……」


 とはいえ、さすがに少し意識してしまう。

 私だって、浮気というものにまったく興味がないわけではないのだ。

 少しずつではあるが相手が宏ちゃんなら、私も1回ぐらいはと思い始めていた。

 そんなこんなを考えている内に、私達は今井家の近くまでやって来ていた。

 

「んじゃ、俺はこれで。 またな」


 くるりと踵を返し、来た道を戻ろうとする宏ちゃんを、私は静止した。


「待って……」

「ん?」

「浮気、1回だけしてみよ?」

「……んあ?」



 ◆◇◆◇◆◇



 というわけで宏ちゃんを引き止めた私は、合鍵を使い、そーっと奈央ちゃんの別宅となった元清水家へと入ってきた。

 電気を点けると、隣の家の夕ちゃんや希望ちゃんにバレるかもしれないので、スマホの明かりを頼りにゆっくりと歩く。


「なあ、本当にするのか?」

「う、うん。 ちょっと悩んだけど、経験として知りたくなっちゃって……」


 ちょっと夕ちゃんと奈々ちゃんに対して罪悪感はあるけど、あちらも前科ありなので、バレて何か言われても開き直るよ。


「階段は危ないし、リビングで良い?」

「お、おう……」


 何せ暗いので、あまり危険な場所は歩きたくない。 なんとかリビングに到着したので、ソファーに座って一呼吸。


「……まさか、こんな日が来ようとは……憧れだった亜美ちゃんと……」

「あはは……大袈裟だよ。 ちょっと待ってね。 一応夕ちゃん達に電話しとくから」


 スマホから夕ちゃんの番号に電話をかける。

 すぐに繋がって、夕ちゃんの声が聞こえてきた。


「亜美か? 遅いじゃないか、どうしたんだ?」

「あ、うん……宏ちゃんと話が弾んじゃってて、もう少し遅くなりそうなの。 だから、夕飯先に食べてて良いよ。 希望ちゃんにもよろしく」

「ん、わかった。 気を付けて帰ってこいよ?」

「宏ちゃんに送ってもらうから平気平気。 じゃあまた後でね」

「おう」


 と、嘘をついてスマホの通話を切る。

 ごめんなさい夕ちゃん。 今日だけだから。


「よしっ……いつでも良いよ」

「本当に良いんだな?」

「うん。 どうぞ」


 宏ちゃんと、初めて深いキスを交わす。



 ◆◇◆◇◆◇



「……」


 これが浮気による背徳感から来るものなのか、はたまた宏ちゃんが上手なだけなのかはわからないけど、夕ちゃんの時とはまた違う感じだった。


「……2人の秘密だからね? お墓まで持っていくんだからね?」

「わ、わかってるって……」


 さすがにそろそろ帰らないとまずいので、制服を着てゆっくりと家を出る。

 宏ちゃんとは家の前で別れて、私は今井家へと帰宅した。


「おう、おかえり」

「た、ただいま」

「飯、冷えてるから温め直して食えよって希望が言ってたぞ」

「わ、わかった。 先着替えちゃうね」

「おう」


 リビングから出てきた夕ちゃんとお話ししようにも、少し顔を合わせ辛くて逃げるように部屋へ向かう。

 

 バタン……


 部屋に入ってベッドへダイブする。

 最中は何とも思わなかったけど、冷静になってくるとどんどん罪の意識に苛まれていく。


「ダメダメ……いつも通りいつも通り」


 両頬を軽く叩いて、気持ちを切り替える。


「それにしても……よかったなぁ」


 紗希ちゃんの言っていた事も、なんとなーくだけどわかったような気がする。


「さて……ご飯ご飯……」


 いつも通りに戻って、部屋着に着替えてダイニングへ移動。

 冷えてしまった夕食を温め直して、冷蔵庫からお茶を取り出して飲む。


「亜美ちゃんおかえりー。 遅かったね」

「んー」


 お風呂上がりなのか、ホクホクした希望ちゃんがダイニングへやって来た。 私はお茶を飲みながら、頷いて返事する。


「宏太くんと浮気でもしてるんじゃないかって、夕也くんと話してたんだよぅ」

「ぶふっ?!」

 

 不意打ち過ぎてお茶を吹き出してしまった。

 な、なんて鋭い考察。 あまりにもタイムリー過ぎて、声が漏れていたのかと不安になる。


「けほっ……」

「は、はぅ。 ごめん、大丈夫?」

「う、うん平気平気。 はぁ……浮気なんてしないよ」

「だよねー」


 にこにこと笑いながら牛乳をコップに注ぎ、一気に飲み干す希望ちゃん。


「じゃ、受験勉強しよかな。 おやすみ亜美ちゃん」

「おやすみぃ……」


 んー、ボロを出さないように注意しないとねぇ。 宏ちゃんにも釘を刺しておこう。

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