第356話 父母東京へ
☆亜美視点☆
「お父さん、お母さん。 忘れ物無い?」
「子供じゃないんだから大丈夫よ?」
「お前達こそ大丈夫か? 部屋に忘れ物とか無いか?」
「今更何も無いよぅ」
夕ちゃんと体育館へ行き、帰りに女子4人で緑風へ寄って帰ってきた私と希望ちゃんは、今井家で夕食を食べた後で清水家へ顔を出していた。
明日の朝には、両親が東京へ向けて発つ為、一緒に過ごせる最後の時間だからである。
この家とも、今日でお別れだ。
「……」
「亜美ちゃん?」
「……私が約18年住んできたこの家には、もう帰ってこれないんだなって思うと寂しくて」
「そっか……そだよね。 私でもそう感じるんだもん、産まれてからずっとここで育ってきた亜美ちゃんはもっとだよね」
「手放すと決めた時はお父さん達もそう感じたものだ」
と、お父さんが言うとお母さんも小さく頷いた。
「そういえば、今度この家を別宅用に買った人ってどんな人なの?」
凄いお金持ちの人が、わざわざこの家を別宅にするために買い取ったという。
物好きだね。
「お父さん達は顔を合わせたんだよね?」
希望ちゃんがそう訊くと、2人は頷いた。
だけど、どんな人かは教えてくれなかった。 ただ、明日の午後には荷物を運び込んで挨拶しに来るらしいという事なので、それまで待つとしよう。
「それにしても、この家って家具がなくなると結構広かったんだね」
「そうだなぁ」
今この家には寝る為だけの最低限の物しか残されていない。
ほとんどの家具は東京に運ばれているか、廃棄してしまった。 私と希望ちゃんのお部屋の家具は、全て夕ちゃんの家に移動させてある。
「夏休みには2人で東京の方に顔出すからね」
「貴女達は受験生でしょ? 大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。 勉強なんてどこでも出来るし」
「それ以前に亜美ちゃんは受験勉強必要ないぐらい成績良いし……」
と、希望ちゃんが言うけど……。
「私、勉強はちゃんとしてるよぉ? 勉強せずに点取れる人はいないんだから」
「亜美は昔から人一倍要領が良いのと、頭の回転が速かったからなぁ」
「本当にね。 知識欲っていうのかしら? 知りたい事はすぐになんでも吸収したりね。 希望を養子にしたいって時も凄かったわよ」
あの時は大変だったねぇ。 何とかして希望ちゃんの「ここに残りたい」っていうお願いを叶えてあげたかったし、私だって仲良しだった希望ちゃんと一緒にいたかったから必死だったのを覚えてるよ。
「私もお父さんもそこまで人間離れしてないのに、亜美はどうしてこんなに人間離れしたスペックなのかしらね」
「お、お母さんまで私を人外扱いするぅ!」
親にまで言われるとは思ってなかったよ。
私は普通に努力してるつもりなんだけどねぇ。
「どっちも私達の自慢の娘よ。 ね、お父さん」
「あぁ。 本当に自慢の娘達だなー」
なんかちょっと気恥しいねぇ……。 希望ちゃんも、少し擽ったそうな顔している。
「さて、お父さん達は明日早いからもう寝るぞ」
「あ、うん。 じゃあ、私達も夕ちゃんの家に戻るね」
「明日は駅まで見送りに行くからね」
「ふふふ、ありがとう。 それじゃおやすみなさいね」
「おやすみ」
そろそろ眠るという両親とは別れて、夕ちゃんの家に戻った。
◆◇◆◇◆◇
翌日──
「じゃあね、お父さんお母さん」
「体に気を付けてね」
「まだまだ心配されるような年じゃないぞ」
「そうよー。 まだまだ若いんだから」
「あはは、そうだよねぇ」
「2人とも元気だもんね」
「それじゃあ、行くわね。 亜美、希望、私はまだお婆ちゃんにはなりたくないからその辺は気を付けてね」
「わ、わかってるよ」
「はぅ……」
お母さんてば……私だってまだ母親になる気はないよ……。
そして、2人は笑顔で手を振って駅へ消えていった。
「行っちゃったね」
「うん。 でも、夏には会いに行くし寂しくないよ」
「そうだね」
とは言いつつ、しばらく駅の方を見つめている私達だった。
◆◇◆◇◆◇
お昼頃の事である。 共同生活中の今井家でお昼ご飯を食べていると、早くも隣の元私達の家が騒がしくなった。
どうやら荷物などを運び入れているようだ。
「は、早いね……」
「うん。 今朝空き家になったところなのにねぇ」
「一体どんな人が買ったんだよ……」
ピンポーン……
そんな話をしていると、今井家のインターホンが鳴った。
「挨拶に来たのかな?」
「お? んじゃ、皆で出るか」
「そうだね」
と、お行儀が悪いけどお昼を中断して玄関へ向かう。
代表して家主の夕ちゃんがドアを開けると……。
「こんにちわ」
「お? 奈央ちゃんじゃねぇか。 そうか、今日アメリカから帰ってきたんだっけか?」
「ええ、早朝に」
「おかえり奈央ちゃん」
「春くんどうだった?」
来たのは新たな隣人さんではなく奈央ちゃんだった。 ちらっと外に目を向けてみても、それらしい人は見当たらない。
「元気だったわよ。 夏にはこっちの大学受験する為に来るって。 あ、そうそう、騒がしくてごめんなさいね」
「え? 何が?」
「荷物の運び込み。 騒がしいでしょ?」
……。
…………。
「んん?」
「も、もしかして、家を買い取った物好きのお金持ちって……」
「「奈央ちゃんなの?!」」
「そうよ?」
物好きのお金持ちっていう点はたしかに当てはまっていたけど、まさか奈央ちゃんだったとは……。
「はいこれ、合鍵ね」
「え? え?」
奈央ちゃんは私と希望ちゃんに合鍵を渡してきた。 一体どういうつもりなのだろうか。
「一応、私の別宅ってことになってるけど、自由に使ってくれていいわよ? 普段はハウスキーパーさんに掃除させておくし、掃除もしなくていいわ」
「あ、あの……」
「だって、いつも今井君の家を集会所にしてて、なんか悪いじゃない? 私達仲間内で集まれる拠点として、私が買い取ったのよ」
と、奈央ちゃんがそう説明してくれた。 な、何だかよくわからないけど、私はまだあの家とお別れしなくても良いようだ。
私は奈央ちゃんから受け取った合鍵を握りしめる。
「ありがと奈央ちゃん」
「ま、私も家にいるのが鬱陶しくなったらちょくちょく泊まりに来るから、その時はよろしくね」
「うん」
「買い取ってくれたのが奈央ちゃんで良かったね」
「うん、そうだね」
「何だかよくわからんが、俺の家が集会所から解放されるのはありがてぇ」
「ふふふ」
奈央ちゃんはこれから家具の配置の指示などをしなければならないそうなので、お隣の新拠点へと戻っていった。
「それにしても、お父さんもお母さんも言ってくれればよかったのにね?」
「今にして思えば、お母さんのあの含み笑いはこういう事だったんだねぇ……」
やけに思わせぶりだと思ったよ。
「まあ、いいじゃねぇか。 またあの家が使えるんだからよ。 さ、飯冷めちまうぞ」
「うん」
◆◇◆◇◆◇
夕方に再度挨拶に来た奈央ちゃんは、4月に入ってすぐに旅行を計画しているけど一緒に来るかという話を持ちかけてきた。 紗希ちゃんから大雑把には聞いていたので、私も希望ちゃんも夕ちゃんも行くことにした。
これから他の皆にも聞いて回るという奈央ちゃん。 メールや電話で伝えればいいのに、わざわざ直接出向くあたり、やっぱり物好きなのかもしれない。
それにしてもお花見旅行かぁ。 楽しみである。
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