第354話 亜美と夕也の真剣勝負

 ☆夕也視点☆


 春休みに入って3日目。

 奈央ちゃんがアメリカから帰ってくるのは明日らしい。 奈央ちゃんが帰ってくるまでは花見はしないという事らしく、その間もの凄く暇である。

 暇なので……。


「亜美ー、どっか行こうぜー」

「んー? デートー?」

「まあ、デートってよりちょっとブラっと」

「お散歩って感じ?」

「んーそうだな」


 とはいえ、ちょっと体を動かしたいな……。


「学校にでも行くか」

「春休みなのに?」

「おう。 体育館で体でも動かそうぜ」

「た、体育館でのプレイは斬新だね」

「何言ってんのお前?」


 頭の中どうなってんだこいつは。

 亜美は「冗談だよぉ」と、肩をポンポン叩いてくる。


「んじゃ、私も動きやすい服着ていくね」

「おう」


 亜美はそう言うと、一旦部屋に戻っていく。


「じーっ……」


 ……背後から視線を感じるが、亜美以外は希望しかいないわけで。


「希望も行くかー?」

「うんっ」


 振り向きながらそう言ってやると、希望は笑顔で頷いて隣へやって来た。

 まったく可愛い奴め。


「バニラ達のご飯とお水用意しとかなきゃ」

「そんな長時間は出掛けねぇぞ?」

「あの子達、時間覚えちゃってるみたいで」


 ハムスターの癖にそういう事だけはしっかり覚えるんだなあいつら。 希望はハムスターの世話をしに、一旦部屋に戻っていった。

 そして入れ替わりに亜美が出てくる。


「いつでも行けるよ」

「あぁ、希望も行くってよ」

「あはは、そうなんだ。 寂しがりだねぇあの子」


 希望が出てくるまで、亜美と話をしながら時間を潰す。

 亜美は動きやすい服というだけあり、上はTシャツの上にカーディガンを羽織っただけ、学校指定のハーフズボンである。 がっつり体を動かすつもりだなこれ。


「お待たせー」

「おう、んじゃ行くか」

「おー」

「わーい」


 ちょっと学校まで散歩に行くのにテンションを上げる2人。 結構暇してたんだなこいつら。

 通い慣れた道を3人で駄弁りながら歩く。


「春休みでも学校入れるのは良いよねぇ」

「まあ、誰なっと自主練とかするからな」

「そうだね。 バレー部も誰か来てるかな?」

「どうだろ?」

「バスケ部は来てないだろうなー。 学校で練習するよりストバスやってる方が実戦的だから、皆そっち行くんだ」

「そうなんだ?」

「おう」


 そんな会話を交わしながら、校門をくぐり体育館前へやって来た。

 体育館からは数人の声と、ボールの音が聞こえてくる。

 バレー部の部員のようである。

 見た感じ1年生達だな。 2人ほど2年生が混じってるみたいだが、あの2人も暇だったのだろう。


「やっほー」

「キャプテン!」

「おー、亜美ちゃんじゃーん」

「暇だから来たクチかい?」

「紗希ちゃんと遥ちゃんもじゃないの?」

「あー、私はそうだけど紗希はほぼ毎日来てるってよ」

「きゃははー。 毎日暇だからねー」

「彼とデートは?」

「裕樹ねぇ。 今年は受験生じゃん? 勉強勉強で中々デートできないのよー。 今井くーん、私とデートしよー?」

「紗ー希-ちゃーん!」

「きゃはは」


 全くこのやり取りを見るのも慣れてきたものである。 それにしても毎日来てるのか。

 亜美も言ってたけど、紗希ちゃんはバレー部員の中でも誰よりも努力してるらしい。

 暇だなんて言ってるが、実際は亜美達についていくために必死に努力してるって事なんだろう。


「先輩、こんにちはです」

「お、渚ちゃんも来てたか」

「はい。 私も頑張らんと」


 なるほどな。 どうやらバレー部員は意識が高いようだ。

 希望が言うには、1年生は半数ぐらいが出てきているらしい。

 渚ちゃん曰く毎日来ている子もいれば、時間があれば来る子もいるそうだ。 あの麻美ちゃんもたまに顔を出しているらしい。


「これなら引退しても安心だねぇ。 よーし! 皆ー、練習見てあげるよー!」

「はいっ!」


 亜美はそう言うと、バレーコートの方へ歩いて行った。

 希望は動ける服ではないので、コートの外で練習しているのを見ているだけのようである。

 俺も備品倉庫からバスケットボールを持ち出して来て、1人で練習を始める。


「金城ちゃんはジャンプの姿勢をもうちょっと意識してみて」

「はい!」

「真宮ちゃんは腕をもっと伸ばして!」

「はい!」


 ふむ……最初の頃は頼りなさそうなキャプテンだと思ったもんだが、随分とキャプテンらしくなったな。 やっぱ自覚ってのが芽生えてくるものなんだろうか。


「よーし、手本見せてあげるよぉ!」

「亜美ちゃんのは凄すぎて参考になんないよ!」


 遥ちゃんがツッコミを入れていた。

 

「亜美ちゃん、最初はあんまり自信なさそうで、自分にキャプテンが務まるかなーって言ってたけど、もう立派なキャプテンだね。 副キャプテンの奈々美ちゃんも色々力になってくれてるみたいだし」

「宏太とはキャプテン同士でたまに愚痴を言い合ってるらしいな」


 宏太から以前聞いた事がある。 主に何もしない顧問に対しての愚痴らしい。

 亜美が愚痴るなんて相当だな。


「ふぅ……」

「お、指導は終わりか?」

「ううん。 ずっとやってるって言うから休憩取らせてるよ。 適度な休憩する方が練習効率は上がるからね」

「なるほどな」

「さすが亜美ちゃんだよぅ」

「まあ、そうだな」


 さっきまで練習していたバレー部員は、その辺に座って駄弁りながら休憩していた。

 紗希ちゃんと遥ちゃんはこちらへ寄ってくる。


「亜ー美ーちゃんっ」


 目にもとまらぬ速さで亜美の背後に移動する紗希ちゃん。

 あまりにも無駄のない動き過ぎてついていけない。


「もみもみ」

「うわわわわぁ……」

「うんうん、この感触たまらん。 ねぇ、今井君」

「おう、そうなんだよなぁ」

「ゆ、夕ちゃん……」


 あの何とも言えない柔らかさがたまらんのだ 亜美は本当に良い物を持っている。

 しかし、紗希ちゃんはおっさんみたいだな……。


「亜美ちゃん困ってるだろ……」

「きゃはは、解放ー」

「むー……もう……」


 亜美は乱れた服を直しながら、俺の下へやって来る。

 な、何だ?


「ね、夕ちゃん。 久しぶりに1on1で勝負しよ?」

「お? ほほう、俺に挑むと」

「うんうん。 今日は勝つよ」

「おおー! 亜美ちゃんと今井君が1on1?! 見たい見たい!」

「ほう。 これは一見の価値ありだな」


 俺と亜美がバスケで勝負すると聞いて、休憩していたバレー部1年生達もぞろぞろとこちらへやってきた。


「雪村先輩。 清水先輩ってバスケもできるんです?」

「上手だよぅ」

「な、なんでも出来はるんですね……」

「亜美コンピューター、戦績はどうなってたっけ?」

「人間だけど……18戦して夕ちゃんが13回勝ってるよ」

「ほむ」


 何だかんだで5回も負けてるのか……男バスのエースとしてはそうそう負けてやるわけにもいかねーな。


「よっしゃかかって来い」

「いつも通り5本ずつの勝負ね」

「おう」


 俺と亜美の勝負はいつもこのルール。 短時間で決着してちょうど良いのだ。


「んじゃー私が審判やるわよー」


 紗希ちゃんが審判をやってくれるとの事。 まずは亜美にボールを渡してやる。


「レディーファーストだ。 オフェンスはそっちからでいいぜ」

「よーし」

「じゃあ始め!」


 亜美が一度俺にボールを渡してきて、それをすぐ亜美に戻すことでゲーム開始。

 亜美は、ボールをドリブルしながら肩を入れて切り込んでくる。


「き、清水先輩、バスケも様になってる……」


 ざわざわ……


 亜美のバスケを見るのが初めての1年生バレー部がざわつく。

 ガキの頃から俺の練習に交じってたからなこいつ。


「いくよ」


 亜美はビハインドバックで前に出てきながら、サイドチェンジを繰り返す。

 これは……まさか?


「っ!」


 大きく体重移動をしながら斜めに切り込む亜美に対して、俺も同じ方向に体重を移動させて防ぎに行く。


「っ!!」


 しかし、亜美はビハインドバックから股下を通して、逆方向へサイドチェンジ。

 そのまま逆方向に加速する。


「マジかよ……」


 そのまま俺を抜き去り、余裕でレイアップシュートを決めて見せた。


「どう?」

「いや……お前それは」

「うん。 夕ちゃんがウインターカップで兵庫のあの人用に身に着けた新ドリブルだよ」

「お前、そんなことまで……」


 こいつは一体どこまで化け物じみてるんだよ……。


「き、清水先輩凄くない?」


 ざわざわ……


 亜美のスーパープレーに、周りがさらにざわつく。

 いや、さすがにこれには驚いた。


「元々このドリブルのアイデア出したのは私だよ?」

「そうだけどよ……」

「ふふふー。 ささ、夕ちゃんのオフェンスだよー」


 亜美は笑いながら俺にボールを渡してきた。

 にゃろー……負けられねぇぞこれは。

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