第341話 助っ人

 ☆亜美視点☆


 2月26日のお昼休みの事である。 私はテニス部の部長さんであるクラスメイトの水瀬さんに、とあるお願いをされている。


「お願い! シングルス1でいいから!」

「シングルス1って最後だよね?」

「そうそう! 上手くいけば清水さんには回らないし、回ってきても負けて構わないから!」


 そう、練習試合の助っ人である。 シングルスの選手がケガをして練習試合に出られないらしい。

 3年生が引退して、部員数もギリギリで出られる選手がいないので、私に助っ人を頼みに来たらしい。


「……んー、明後日の日曜日だよね?」

「うん」


 あまりに急な話ではあるけど、クラスメイトの頼みだし、まぁ、負けても良いなら別に良いか。


「わかったよ。 助っ人引き受けたよ。 出来れば私に回る前に終わらせてね」

「ありがと! 出来るだけ頑張るわ」

「練習とかしなくていいかな?」

「良いよ良いよ! バレー部の部長さんなんだから、そっち優先して!」

「ラケットとか……」

「こっちで用意するから大丈夫!」


 そういうことなら私はいつも通り過ごしてればいいか。

 話を終えて水瀬さんは席へと戻っていった。


「テニス部の助っ人ー? 大変だねー亜美ちゃん」


 前の席で黙って聞いていた紗希ちゃんが、振り向いて話し掛けてきた。


「あ、紗希ちゃん。 そだねー……でも負けても良いって言ってたし」

「テニスの経験は?」

「んー……卓球ならあるけど」

「だいぶ差があるわよー。 よし、参考になる漫画を貸してあげよう! 帰りに家に寄って来なよ」

「ま、漫画で参考になるかなー……」


 まあ、何もしないよりはましかな?


 という事で放課後に紗希ちゃんの家に向かい、テニス漫画の本を借りてきて家で読んでみることに。


「……」


 何これ……。 テニスなのに人が吹き飛んでケガしてるんだけど。


「私の知ってるテニスじゃないよこれ。  参考になるかなこれ……」


 まぁ、いくつかは現実でもできそうなテクニックがあるから、それだけでも覚えておきますか。

 何だかんだで私は、その日の内に借りてきた漫画を読破した。



 ◆◇◆◇◆◇



 日曜日──。

 私はテニス部の練習試合の助っ人の為に学校のテニスコートへやって来ている。

 試合はダブルス2、ダブルス1が終わったところで1勝1敗。 シングルスの3と2でどちらかのチームが連勝すれば私の出番は無い。

 シングルス3は部長の水瀬さん。


「頑張れ水瀨さーん!」

「部長頑張れー!」


 パン……パン……


 試合は水瀬さんが押している。 さすがに部長だけあって、実力はかなりのものである。 他の部員に聞くと、本来ならシングルス1の予定だったらしいんだけども、出来るだけ私の出番が来ない様に配慮して、シングルス3に入ってくれたらしい。


「ゲームポイント4-2! 月ノ木、水瀬リード」

「いいよぉ!」


 その後も終始ペースを握り、6-2でシングルス3を勝利した。

 これでシングルス2が勝てば私は出なくて良い……。


「はずだったんだけどなぁ……」


 シングルス2は熱いタイブレークの末、相手の学校の選手が勝利した。

 その為、シングルス1の私に回ってきてしまう。


「ごめん清水さん! 負けても良いからー」

「う、うん。 でも出来るだけやってみるよ」


 私はラケットを借りてコートに入る。

 相手選手は向こうの部長さんで、個人戦県大会準優勝の実力者らしい。

 勝てるわけないよねー。


「月ノ木、清水サーブ」


 という事で試合開始。

 私のサービスゲームからだね。 うーん、こうやってコートに立ってみると、バレーボールのコートと似たようなものだね。

 私はボールをトスして、漫画で読んだサーブを打ってみる。

 えーっと確か……。


「っ!」


 パンッ!


 ボールはネットを越え相手コートへ飛んでいき、相手の前でバウンドする。


「ええ?!」


 ボールは、相手の体の方向へとバウンドした。 相手選手は咄嗟の事で驚いて避けてしまう。


「な、何今の……」

「逆回転のサーブ?」


 ざわざわ……


 何だか周囲がざわつき始める。

 あれ? 私また何かやっちゃいました?


「フィ……15-0」


 とりあえずサービスエースは取れたし、もういっちょいこうかな。


「っ!」


 パァン!


「またっ?!」


 また同じサーブを打つと、相手は同じように避ける。 このサーブそんな凄いのかな?

 割と簡単に打てるんだけど……。

 まだ相手も慣れてないみたいだし、もうちょっとこのサーブで押していくよ。


「よっ!」


 パァン!


「何度もぉ!」


 今度は少しボールから離れて、フォワ側で待機してきた。 もう対策してきた。


「くっ! 何て変化なのよあの子の逆回転サーブ!」


 思ったより変化したのか、上手くスイートスポットで打てなかったようだ。

 高いロブとなり返ってくる。


「チャンスボール!」


 私はバレーボールの要領で助走してジャンプした。


「た、高いっ?!」

「てぇーぃ!」


 スパーン!!


 高所から叩きつけるようなスマッシュを相手コートに打ち込んだ。


「どぉん」


 紗希ちゃんがバレーの試合でよくやる「どぉん」は、あの漫画の真似をしてたんだと今わかった。

 たしかにこれはやりたくなるね。


「あんな選手、月ノ木にいたの……? 情報無いんだけど」


 ざわざわ……


 何だかまた皆がざわつく。

 わ、私もしかして凄いのかな?

 よくわからないまま、サービスゲームをキープしてサーブチェンジする。

 今度はお相手さんのサービスゲームだ。


 パン!


 ワイド目一杯に打たれたサーブに反応して、何とかリターンする。


「む……」


 相手はサーブと同時にネットダッシュを決めていた。

 サーブアンドボレーってやつかな?

 私のリターンをボレーで返される。

 さすがに逆サイドは追いつけないねぇ。


「どうしたものか」


 と、考えている間にサービスキープされてしまう。

 この後、お互いのサービスをキープしながら4ー3で迎えた相手のサービスゲーム。


「そろそろ攻略しないと」


 サーブを打って直ぐにネットに出て来るかと思えば、ベースラインに張り付いてる時もある。

 割とどんなプレーでもこなすようだ。


「県準優勝はさすがに凄いね」

「いやいや……それについていけるテニス初心者が何を……」

「あはは……」


 さて、プレーに集中だよ。


 パンッ!


 またワイドにサーブ……しかも外に逃げる回転だ。


「このぉ!」


 何とか追いついて、一瞬相手の選手の動きを確認。

 前に出て来ているようである。

 サーブアンドボレーの弱点……頭の上を抜くロブショットを選択。


 トンッ……


「うわわ、中途半端なロブになっちゃった!」


 高さも落下点も中途半端なロブショットは、相手からすれば絶好のチャンスボール。

 簡単にスマッシュを決められてしまう。


「あぅ……中々難しいなぁ」


 やっぱり経験の差が出ちゃうねぇ。 何とか埋めないと。


「さー、来ーい!」


 私はあえて声を出し、自分を鼓舞する。

 ラケットを構えて、相手のサーブに身構えた。


 パァン!


 今度はセンターに強烈なフラットサーブ。

 何とか反応は出来たけど、これまた浅いロブになってしまう。


「っ!」


 スパァン!


 またまたスマッシュを決められてしまった。

 サービス側が有利なスポーツとはいえ、どこかでブレイク出来なきゃ勝てない。

 まず、サーブで崩されないようにしよう。

 ベースラインから少し下がって、少し余裕を持ってみる。


 パァン!


 今度はコーナーにフラットサーブ。

 打ち分けてくるし、ファーストサーブの成功率も高いねぇ。


「よっ!」


 今回は余裕を持って追いついたので、崩されずにリターンが出来た。

 お相手さん、今度はベースラインに張り付いてるし……プレーが読めない。

 返ってくるボールと相手の動きをよく見る。

 前に来る気配は無い。

 ストローク勝負は分が悪い。 それなら。

 逆に私がネットダッシュを仕掛け……。


 トンッ……


 ドロップボレーをネット際に落とす。


「30ー15」


 上手くいった。 ただ、相手も薄々勘付いてきたかな? 私が素人だって事に。

 プレーが洗練されていないことは、私自身もよくわかっている。

 その後、経験の差が如実表れてきて、私のサービスゲームを落としてしまい、ゲームカウント4-5とされてしまい後がなくなってしまう。


「うー……」

「清水さん、大丈夫大丈夫。 負けても平気だから」

「うん……」


 でも負けるのは悔しいからなぁ。


「でも、試合中にどんどん上手くなってるよ。 やっぱ清水さん凄いわ」

「あはは……」


 もう少しで何か掴めそうなんだよねぇ。 なんとしても追いついてやる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る