第336話 渚のバレンタイン
☆渚視点☆
今日、清水先輩と雪村先輩に教わって、チョコトリュフの手作りに初挑戦した。
そもそもにおいて私は、今までバレンタインデーにチョコレートを渡した経験さえあらへん。
友チョコは勿論、義理チョコや本命も。 つまり、今年が初。
「い、今井先輩はこんなんもろても何とも思わんやろうな……」
清水先輩と雪村先輩は、チョコレートクリームのロールケーキ。 それに比べて私は、小さなチョコレートが3つ。 差がありすぎる。
「はぁぁぁ……」
大きな溜息が口を突いて出るのであった。
翌日──
今日は日曜日でバレンタイン当日。
このチョコレートを渡すには、直接今井先輩の家に持って行かなあかん。
行くぐらいやったら、まあ別に大丈夫なんやけど、いざチョコレートを渡すとなると……。
いやいや、これは日頃お世話になってる感謝のチョコレートや。 決して本命チョコやない。
「……本命なんやけどなぁ」
自分の気持ちに嘘はつけんってことやな。
「よっしゃ! サッと行って、サッと渡して、サッと帰って来る!」
覚悟を決めて出掛ける支度を始める。
「……ちょっとぐらい化粧した方がええか? 服ももうちょい可愛いのに着替えた方が……」
何故か気合いを入れてしまうが、我に返る。
「あかんあかん。 友達にチョコレート渡すだけやん。 何で気合い入れておめかししようとしとるんや」
……。
「ま、まあ軽く化粧乗せるぐらいはええか……」
◆◇◆◇◆◇
支度を済ませて、肝心のチョコレートも手に持って、マンションの部屋を出る。
今井先輩の家にまで15分程。 この間にチョコレートを渡す練習を……。
「これは、友チョコです。 深い意味はありませんので、気にしないでください」
……さすがに素気なさすぎか?
「これ、友チョコ言うやつです。 良かったら食べて下さい」
おお、これや。 よしよし、後は本人の前でちゃんとやるだけや。 楽勝や楽勝。
と、軽く調子に乗ってしまう。
ゆっくり歩いていると、前方に見知った人影を発見。 3人いる。
「西條先輩、神崎先輩、蒼井先輩やな……」
向かう方角が同じ……ま、まさか、3人も今井先輩の家に? どないしよ? 声掛けて、一緒に友チョコや言うて渡す方が楽か?
「ん?」
神崎先輩が、急に振り向いてこちらを見た。
「?!」
私は何故か咄嗟に近くの物陰に隠れてしまう。
「何で隠れる必要があるんやぁー」
自分の意味不明な行動に頭を抱える。
「どうしたのよ紗希ー?」
「んにゃー、気のせいだったー」
「それにしてもあんた、柏原君は良いの?」
「大丈夫大丈夫! 後で待ち合わせてデートするからその時に渡すー」
「遥は? 例の彼には?」
「後でジム行くからその時に……」
「おー、告っちゃえ」
「友チョコだから……」
と、3人仲良く並んで歩いていく。 私はその後ろを、何故か隠れながらコソコソとついていく。
途中の十字路に差し掛かった所で、今井先輩の家とは違う方へと曲がっていく。
「……たしかあっちは麻美と佐々木先輩の家がある方やな」
という事は、先に佐々木先輩にチョコレートを渡しに行かはるんやろか?
せやったら今の内に今井先輩の家に直行して、先に渡してサッと帰ろ……。
「よし……」
少しだけ待ってから、十字路を真っ直ぐ突っ切るために小走りに……。
「何だー、佐々木君は今井君の家に行っちゃってるのかー」
「そうなのよ。 なんか良い物を手に入れたとか何とか」
「絶対えっちなやつだよー!」
十字路を突っ切ろうとした時、何故か3人……いや、藍沢先輩と麻美も増えて5人になって戻ってきた。
私は慌てて引き返し、電柱に隠れる。
「だから何で隠れてんねーん……」
自分にツッコミながら、5人が遠ざかるまで隠れ続けていた。
結局、先輩達とは合流ぜすに、コソコソしながら今井先輩の家の近くまできてしまった。
「今やったらまだ間に合うで渚」
何食わね顔で歩いて行き「あ、先輩方に麻美? 皆さんもチョコレート持って来はったんですか?」てな感じで合流すれば、めっちゃ自然やで。
「……よ、よっしゃ」
意を決して出て行こうとすると……。
「はーい、うわわ、皆揃って……」
今井先輩の家から清水先輩が出てきた。
ぐ、ぐぬぬ……タイミングを逸した。
「しゃ、しゃーない……ここは、皆が帰っていいひんようになるまでここで身を隠して待つしか……」
「皆上がってく? 宏ちゃんも来てるよ」
清水先輩ーっ!
「あー、私この後で裕樹とデートあるから。 チョコだけ2人に渡してサッと帰るわー」
「私も用事があるの。 お父様と出かける用事が」
「私もジム行くんだよー」
ええでー。
「あぅ……奈々ちゃんと麻美ちゃんは?」
「そうねー。 用事もないし、上がらせてもらおうかしら」
「そだねー」
あかーん……。
「じゃあ、夕ちゃんと宏太ちゃん呼んでくるねー。 奈々ちゃんと麻美ちゃんは上がってどうぞー」
清水先輩が一度家の中に消えていく。 続いて藍沢先輩と麻美が今井先輩の家に入っていく。
少しすると、今井先輩と佐々木先輩が出てきて、3人からチョコレートを受け取っていた。 要件を終えた3人はこちらへ向かってくる。
私は見つからないように隠れてやり過ごした。
「さて……どないしよか……」
そもそも何でこんなコソコソしてるんやろ……。 渡してるとこを他の人に見られるのが恥ずかしい?
「……アホらし。 何が恥ずかしいねん……」
世話になってる先輩にチョコレート渡すだけ。 見られても何も恥ずかしい事あらへんやん。
さっさと渡して、私も部屋に戻ろ。
私は電柱の陰から出て、今井先輩の家の前に立つ。
ドクンッ……
「……な、何でこんな緊張するんやろ」
中々インターホンに手が伸びない。
「ええい、ままよ!」
勢いをつけて一気に手を伸ばし、インターホンを押す。
「はいはーい。 今出ますよぉ」
ガチャ……
「おお、渚ちゃんいらっしゃい。 うふふふふ……持ってきたんだ?」
「は、はい……」
「夕ちゃん呼ぶ? それとも上がってく?」
「え、あ……」
サクッと渡してサッっと帰る……。
「じゃあ、上がらせてもらいます」
なんでやー! 私一体どうなってんのやー!
「どうぞどうぞ。 麻美ちゃんもいるよー」
「あ、はぁ……」
結局私は、今井家にお邪魔することになった。 私ってなんでこんな不器用なんやろ。
「こんにちは」
「あ、渚ー! チョコレート持ってきたのー?」
「ま、まぁ……」
「へぇ」
麻美と藍沢先輩に挨拶して、私も空いている所に座る。 リビングに今井先輩と佐々木先輩の姿は無い。 2階にいはるんやろか。
まあ、ここまで来たら後はチョコレート渡すだけやし……。
ええと、これ友チョコ言うやつです、良かったら食べてください。
よし、OKや。
「渚のは本命でしょ?」
「え? あ……いや……」
藍沢先輩はニヤニヤしながら私に訊いてきた。 な、なんて意地の悪い顔を……。
ちゃうちゃう、これは友チョコ……本命ちゃう本命ちゃう。
「よぉ、渚ちゃん」
「これ本命チョコです! 良かったら食べてください!」
……あっ。
「わお」
「おおー!」
「うわわ」
「はぅ」
女性陣は驚いたような声を上げて、私を見ていた。
あわわ……。 何か間違ってもうた……いや、間違ってはないんやけど……。
「ほ、本命?」
「あ、いや! 違くてですね! 本命ではないチョコという意味で」
「いやいや、さすがに苦しいでしょそれ」
藍沢先輩に冷静にツッコミを入れられてしまう。 ど、どうしよう……。
「サンキューな。 どっちだかわからんが、ありがたくいただくぜ」
今井先輩はひょいっと私からチョコレートを取っていき、早速1つ口に入れた。
「ほむほむ……うん、美味いぞ」
「……ーっ」
私は照れ隠しの為に下を向いて、小さく頷き「あ、ありがとうございます」と小さく礼を言うのだった。
尚、その後女性陣の皆からイジられまくったのは言うまでもない。
やっぱ皆が帰るまで待てば良かったと後悔するのだった。
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