第302話 年越し

 ☆亜美視点☆


 今日は大晦日。 夕ちゃんが散歩帰りに、渚ちゃんを連れてきた。

 一緒に年越しをしようと誘ったらしい。

 夕ちゃんにしては、中々気の利いたことをしたねぇ。

 今、夕飯を食べ終えて少しゆっくりしているところである。

 希望ちゃんはテレビを視ている。

 チャンネルは、どこもカウントダウン一色である。


「そういや亜美」

「うん?」


 ボーッとテレビを見ていた私に、夕ちゃんが声を掛けてきた。

 私は視線を夕ちゃんの方に向けて、次の言葉を待つ。

 何故か渚ちゃんも注目。


「来年は受験生だけどよ、進路とか具体的にどうするか考えてるか?」


 進路の話か。

 夕ちゃんも私も、今のところは大雑把にしか考えていない。


「進学は進学だけど、具体的にはまだ何も」

「そっかぁ。 似たようなもんだな」


 ただ、将来の事は少しずつ形が見えてきた。

 といっても、今は2つの道に迷っているんだけど。


「でも、将来やりたい事は2つあるよ」

「2つ? 何だ欲張りな奴だな」

「将来の夢は多い方がええやないですか?」

「そうだよ」


 渚ちゃんもそう言っている。

 そういえば、渚ちゃんは何か考えてるのかな?


「で、何やりたいんだ?」

「やりたいって言うか、考えてるというか……1つは小説家で、もう1つは奈央ちゃんの専属秘書かな」

「な、奈央ちゃんの専属秘書?」


 夕ちゃんは、変な声を上げて首を傾げる。

 まあ、まさかそんな言葉が飛び出すとは、想像すらしてなかっただろうからねぇ。


「それって、クリスマスパーティーの時に西條先輩が言うてたやつですよね?」

「うんうん」

「何だそれ?」


 私は、クリスマスパーティーの時に奈央ちゃんから言われた事を、夕ちゃんに話した。

 夕ちゃんは「ほぉん……大変そうだな、それ」と、そう言った。

 たしかに、奈央ちゃんの秘書って事は西條グループのトップのお世話をするという事になる。

 さぞ大変だろう。


「小説って言えば、亜美ちゃんは昔一冊書いたんだよね?」

「何?!」

「ほんまですか?」


 テレビに集中しているのかと思えば、急に話に入ってくる希望ちゃん。

 私が小説書いた事は、家族にしか話していない。

 まだあんまり広めてほしくないんだけどなぁ。


「どんな小説書いたの? ね? ね?」


 希望ちゃんは、意地悪な笑顔で私に訊いてくる。

 イジッて楽しんでるね、この子。


「3人とも、まだ誰にも言わないって約束してくれる?」


 そう訊くと3人は、大きく頷いた。

 本当かなぁ?

 多少不安ではあるものの、近い内に皆にも話すつもりなので覚悟を決めて話を進める。


「私のペンネームは……音羽奏」


 しーん……

 何故か3人とも黙り込む。 もっと驚いたりするかと思ったんだけど。


「またまたー、そんな盛らなくても」


 希望ちゃんが、笑いながらそう言った。

 あ、これ信じてないやつだ。

 夕ちゃんに至っては「誰?」って顔である。


「音羽奏さんって言うたら、あの一冊だけ出して消えた伝説の?」

「そうだよ。 中学2年の頃の私がまさにその音羽奏だよ」

「……本当に?」

「本当だよ」


 ただ、原稿はもう無いし、証明出来る物は残っていない。


「えーっ!? 今、新しいの書いてるって言ってたよね?!」

「ほ、ほんまですか?!」

「ほぉん」


 体を乗り出して問い詰めてくる、希望ちゃんと渚ちゃん。

 私は気圧されながらも頷いた。


「音羽先生の新作! 恋愛ものですか?」

「う、ううん。 今度のはスポーツ青春白書的な」

「何だかんだ凄そう!」


 希望ちゃんと渚ちゃんは、何故かテンションが上がっている。

 後で聞いたところ、2人ともファンなんだそうだ。

 何だか不思議な気分である。


「いつ完成するの? 出版するの?」

「もう少しだよ。 世に出すかどうかは、まだ考え中」

「出しなよぅ」

「そうですよ!」


 2人の盛り上がりについていけない私なのであった。

 その後も、色々と訊かれたけどやんわりと返して、その場は凌ぐ。


「さてさて、もうこんな時間だよ! お風呂お風呂!」


 で、強引に話を終わらせる。


「渚ちゃん、一番で良いよ」

「あ、はい」


 一番風呂を渚ちゃんに譲って、その後はいつもの順番で、流れる様に入る。

 全員が入浴を済ませる頃には23時を過ぎていた。


「渚ちゃん、そういえば実家は?」

「あ、明日帰る予定です。 初詣行ってから直接」

「じゃ、希望ちゃんと一緒だね」

「新幹線の方角逆だけどね」


 希望ちゃんも、毎年年始は東北の祖父母の家に顔を出している。

 私も来いと言われるんだけど、3年前に行ってからは顔を出していない。

 悪いとは思っている。

 何故か気に入られてるんだよねぇ。


「亜美ちゃんの顔が見たいって、毎年言ってるよ? 実の孫娘より気に入ってるんじゃない?」

「あはは、さすがにないでしょ」


 あの2人は、誰よりも希望ちゃんを大事にしてるんだから。

 

「なあ、そろそろ蕎麦の準備した方が良くないか?」

「そうだね。 んじゃ準備しますかぁ。 渚ちゃんも手伝ってね」

「はい!」


 凄く良い返事である。

 私達は、キッチンへ向かい年越し蕎麦の準備を始める。

 希望ちゃんはエビを揚げる係。

 渚ちゃんには蕎麦を湯がいてもらい、私は出汁を作る。

 分担作業すると、とても楽で早い。


「先輩、蕎麦オッケーです」

「はーい。 じゃお椀に均等に分けて入れてくれる?」

「はい」


 渚ちゃんは言われた通り、均等に分けてお椀に入れる。

 き、几帳面だなぁ。

 そこに、私が作った出汁を入れて……。


「はいはい、サクサク揚げたて海老天だよぅ」


 最後に希望ちゃんが海老天を乗っけて完成。

 見事な連携である。

 2杯ずつお盆に乗せて、リビングへ運ぶ。

 出汁の良い香りがするよ。


「夕ちゃん、お待たせ。 年越し蕎麦だよ」

「おう、食おうぜ!」

「熱いから気を付けて下さいね」


 渚ちゃんが配膳すると、速攻で蕎麦を啜る夕ちゃん。

 さっきハンバーグ食べてたのに……男の子って凄いなぁ。


「いただきます」


 私達も、ゆっくりと蕎麦を頂く事にする。

 一口出汁を飲んだ渚ちゃんが、大袈裟に「うまっ!」と言った。

 大した事はしてないんだけどねぇ。


 蕎麦を食べ終えて、今年も残すところ後5分となった。

 テレビでも、まもなくカウントダウンだと芸人さんが何度も口にしている。


「皆さん、今年1年お世話になりました。 来年も何卒よろしくお願いします」


 渚ちゃんが、急に手をついて頭を下げ、そんな事を言い出した。

 ちゃんとしてるなぁ。


「こちらこそだよ」

「来年もよろしくね」

「よろしくな」


 3人でそう返事する。

 そして、いよいよカウントダウンが始まった。

 テレビでは、芸人さんが手を上げて、指を1本ずつ折りながらカウントダウンしている。


「3! 2! 1!」


 私達は、お互いに顔を合わせ、小さく頭を下げて同時に新年の挨拶を交わした。


「明けましておめでとうございます!」


 こうして、新しい年が始まった。

 今年は私は受験生。

 高校生活最後の1年。

 皆と同じ学校に通える、最後の1年だ。

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