第275話 不安と恐れ

 ☆亜美視点☆


 10月末。

 すっかり涼しくなってきた今日この頃、奈々ちゃんの妊娠騒動も結果的には何事も無かった。

 いつも通りに戻ることが出来た──はずなんだけど。


「亜美姉どしたのー? 夕也兄ぃと喧嘩でもしたのー?」

「なんか最近、距離感が微妙ですやん?」


 後輩達が言うように、あれ以来夕ちゃんの方が私と少し距離を置くようになってしまった。

 別に喧嘩したりしたわけではなく、仲自体は相変わらず良いのだけど、夕ちゃんの方が少し遠慮気味になっている様なのである。

 どうしたのか訊いてみたのだけど、別に何でもないと返されてしまってはどうする事も出来ない。

 そして、その微妙な距離間は私と夕ちゃんだけではなく、奈々ちゃんと宏ちゃんの方でもそうなのである。

 こうなると原因はやはり先の騒動だろうという事は想像がつく。

 もしかしたら、奈々ちゃんと夕ちゃんは、浮気行為をしてしまった事に少なからず罪悪感を感じているのかもしれない。

 宏ちゃんはどうだかわからないけど、私は今回の件に関して特に気にはしていないのだけど……。

 私達の間では、そういう事が起きること自体はあってもおかしくないと思っていた。

 それぐらい私達は仲が良いし、その辺の友人グループとは違った関係性だと思っている。


「なんだか変な感じだねー」

「そやねー」


 現在は部活の時間。

 ロードワークに出ているところである。

 私についてきた麻美ちゃん、渚ちゃんに質問攻めを受けているが、私自身が何もわからないので何も答えられない。


「別れちゃうの?」

「別れないよっ?!」


 麻美ちゃんの直球の質問に即答すると「そっかー。ノーチャンスか―」と残念そうに言った。

 私が夕ちゃんと別れたら、本格的に夕ちゃんを狙うつもりなのかもしれない。


「あんた、前向きやね……」

「私の長所だね!」

「あはは……」


 それはそれとして、やっぱり今のままではちょっと気持ち悪いし、今晩辺り夕ちゃんと話し合ってみようかな。

 早めにいつもの距離感に戻りたいところである。


 ロードワークを終えて、顔を洗いに水場へと向かうと、先に宏ちゃんが来て顔を洗っていた。


「宏ちゃんっ。 やほー」

「おー」


 顔をタオルで拭きながら返事をしてくる宏ちゃん。

 せっかくだし、宏ちゃんと奈々ちゃんはどんな感じか聞いてみよう。


「ねね、宏ちゃん。 奈々ちゃんとはあれからも微妙な感じ?」

「んー、まあそうだなぁ。 あまり家にも来なくなったしなぁ」

「そうなんだ……やっぱり、浮気しちゃったことを気にしてるのかな?」

「いやー、どうだろうな……何かちょっと違うような気もするが」

「そう?」

「まあ、別れようとかそういう事は言ってこないし、今は気にしなくていいんじゃないか?」

「う、うん……」


 とはいえ、気にはなるよ。

 やっぱり夕ちゃんに直接聞いてみよう。



 ◆◇◆◇◆◇



 で、夕食時。

 今晩、夕ちゃんの部屋に泊まりに行って聞いてみたのだけれど。


「ええ……ダメなのぉ?」

「あぁー、悪い……ちょっと疲れてるからゆっくり寝たいんだ」

「あぅ……」


 せっかく明日お休みなのに、泊まりはダメだと言われてしまった。

 一体どうしたんだろう……。


「夕也くん、どうしたの急に?」


 と、希望ちゃんが訊いてくれた。

 ナイス希望ちゃん。


「どうしたって、疲れてるっていってるじゃないか」

「むーん……まぁ? 私は2人の仲が微妙になっても、チャンスが出来るから良いんだけどね」

「いや、別に別れるとかそういうつもりじゃないんだけどな」

「わかってるよー」


 結局、夕ちゃんは私が納得いくような話をしてくれる事はなかった。

 

 自分の家に戻り、お風呂から上がった後に夕ちゃんに電話をしようと思ったけど、疲れていると言っていたので諦める事にした。


「……ちょっとゲームしよっかなぁ」


 まだ眠たくないし、麻美ちゃんとやってるゲームを起動する。

 毎日ちょっとずつやっているけど、麻美ちゃんは凄く強くなっている。

 一体どれだけやっているのか。


「あ、麻美ちゃんいるー」


 ゲームを始めると、麻美ちゃんがログインしているのを発見した。

 フレンドチャットで挨拶をすると、もの凄い早さで返事をしてきた。

 タイピング速い……。


「お姉ちゃんからちょっと話聞いたよ」


 続けて、そういうチャットが飛んできた。

 

「話?」

「うん。 色々大変だったみたいだねー?」


 あぁ、妊娠騒動か。

 麻美ちゃんに話したんだ……。

 広まったりしなきゃ良いけど。


「それでさー、お姉ちゃん今回の事で怖くなったんだって」

「怖くなった?」

「うん。 高校生の身で出産する事になるかもしれなかったっていう事とか、そういう事を考えたら凄く怖かったって」

「そう……だよね」


 産婦人科で結果を待つ間の奈々ちゃんも、とても不安そうだったのを覚えている。

 きっと、頭の中では色々な事を考えたに違いない。


「だからね、宏太兄ぃとも学生の間はあんまりそういう事をしないようにするって。 ちゃんとしてても、100%回避できるわけじゃないからって」

「そっか」


 ようやくわかった。

 夕ちゃんも同じなんだ……。

 いきなりパパになるかもしれなかったのだ。

 きっと、話を聞いた時は心臓がドキドキしていたに違いない。

 高校生で親になる……稼ぎもない、まだまだ人の親になる覚悟だって出来ていない。

 そんな状態で親になるかもしれない不安、恐怖。

 それを知ってしまったら、おいそれと女の子と寝たりなんて出来ない。

 奈々ちゃんもそうなんだ。


「麻美ちゃん、ありがとう。 すっきりしたよ」

「そっかそっかー。 夕也兄ぃもおんなじなんだろうねー」

「多分」


 そうとわかった今、私はどう夕ちゃんと接していけば良いのだろう?

 これは、2人でちゃんと話し合ってみる必要がありそうだ。

 早速夕ちゃんに電話をしてみる。

 出ないなら出ないで仕方ないのだけど、夕ちゃんは3コールぐらいで電話に出るのだった。


「どうした?」

「疲れてるのにごめんね。 私なりに色々考えてみたんだけど……これから夕ちゃんとどう接していけばいいかなって」

「どうって……」

「怖くなったんでしょ? 今回の事で」

「……まあな」

「だからね、私も出来るだけ我慢するよ」

「亜美……」

「私だって、高校生で親になるのは怖いもん。 だから、極力減らそう」

「わ、悪いな……我慢させちまって」

「お互い様だよ。 どうしてもってなったらその時だけね」

「わかった。 サンキューな。 お前はいい女だよ」

「あはは……じゃ、おやすみなさい」

「あぁ」


 電話を切り、少しだけ麻美ちゃんとゲームに勤しむ。

 胸のつっかえも取れてすっきりしたし、きっと来週からはいつも通りだ。


「……それにしても夕ちゃん、将来的にはどう考えてるんだろう? 私と結婚とか考えたりしてるのかな?」


 気が早いと言われるかもしれないけど、私は夕ちゃんて結婚して、子供も2人は欲しいなぁとか考えていたりする。

 学生結婚するつもりはないけど、同棲しながら大学通って、アルバイトなんかもしたりして。

 希望ちゃんも一緒に暮らせたら良いなぁとか、色々考えている。

 夕ちゃんは、どこまで考えているのかな?

 むしろ、ちゃんと考えてるかな?

 ちゃんと、私との将来を……。

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