第246話 希望

 ☆希望視点☆


 8月28日。

 朝から亜美ちゃんは、奈々美ちゃんとライブハウスへと出かけていった。

 昨日話していた、亜美ちゃんのギターと奈々ちゃんの歌でコラボするっていうやつを、早速練習するようだ。

 という事なので今日は、亜美ちゃんが帰ってくるまで夕也くんと2人なのです。


「夕也くんー。 お部屋掃除するから少し出てくれるー?」

「はいよー」


 夕也くんの部屋を掃除する為に、部屋を出てもらう。

 夕也くんは掃除が出来ないから、こうやって私と亜美ちゃんが掃除してあげているのです。

 夕也くんが部屋から出てきたのを確認してから、部屋へ入る。


「……」


 きょろきょろ……


 私は一応周りに誰もいない事を確認してから、夕也くんの布団にダイブ。


「んー……」


 これは、私が夕也くんの部屋を掃除する時に必ずやってしまう癖の様な物である。

 決して、夕也くんの匂いに包まれたいとか、そんな事ではないのである。

 時間にして1分程、夕也くんのベッドに寝転んだ後に掃除を開始する。


「ふんふーん」


 鼻歌混じりに埃をはたき落とし、掃除機をかけていく。

 布団もベランダに干して……。


「ふぅ……うんっ、綺麗綺麗っ」


 休憩がてらに勉強机に座ると、写真立てに目がいく。

 亜美ちゃんと夕也くんの写真である。

 ウェディング体験……羨ましいと思う。

 私もしてみたいよ。


「はぅ……」


 今日はしばらくの間、夕也くんと2人きり。

 少しだけ、大胆になってみようかな……。


 掃除を終えてリビングへ戻ると、夕也くんがテレビを視ていた。


「お部屋の掃除終わったよぅ」

「お、いつもありがとうな」

「いえいえ」


 私もソファーに座って、テレビを視る事にした。

 さり気なく、夕也くんの隣に腰を下ろす。

 私、凄く大胆だよ。


「ワイドショー?」

「おー。 何か視たい番組でもあるのか?」

「ううん。 特には無いよ」


 どちらかいうと、テレビ画面より夕也くんの横顔を見ていたい気分だ。

 それにしても、夕也くんはもう私の事を完全に幼馴染ポジションに戻したみたいである。

 付き合っていた事なんて、まるで無かったかのようだ。

 ちょっとショックだよ。

 よーし、意地でも意識させてやる。

 まずは、手を握って……握っ……はぅー、緊張して握れないよ。

 

「何してんの希望」

「はぅっ、何でもないよ」


 慌てて手を引っ込める。

 何してるんだろう私……。

 大胆になるって決めたじゃない。

 よーし。


「手……」

「ん? て?」

「手を握っても良いですかっ!? 良いですよ! ありがとう!」

「お、おう?」


 自分で勝手に了解して、無理矢理に夕也くんの手を握る。


「……」

「希望さん?」

「私、忘れて欲しくないの」

「ん?」

 

 私の今の胸の内を夕也くんに話す事にした。


「私と付き合っていた事……愛し合った事を忘れて欲しくないの」

「希望……」

「仕方ない事だっていうのはわかってるの。 夕也くんは亜美ちゃんを選んだんだから、私のことはさっさと忘れた方がいいに決まってるもん」


 夕也くんは、黙って私の話を聞いている。

 

「……私だって、忘れられたらどんなに楽だろうって、そう思ってる。 でも、好きなんだもん。 ずっと忘れられないよ。 忘れて欲しくないよ!」


 夕也くんの手を強く握る。

 

「ずっと2番目でも良い! 亜美ちゃんの次で良いの! 亜美ちゃんと同じだけなんて言わないから、ほんの少しだけ……私にも愛を分けてほしい」


 我儘にも程がある。

 せっかく1人に絞った夕也くんを困らせている。

 でも、どうしようもないのである。

 10年近く育んできた気持ち。

 一度は実った恋。

 幸せだった時間。

 やっぱり、忘れられない。


「希望、ありがとう」

「はぅ……我儘だよね、ごめんなさい」

「1つだけ言うぞ。 俺は、希望と付き合っていた事を忘れないし、忘れたいとも思わないぞ。 俺にとっても大切で幸せな時間だったんだ」

「夕也くん……」

「その、もう恋人とかそういうのはちょっと無理だけど、でも希望には何でもしてやりたいとは思ってる。 償いってのとは違うけど……」

「何でも……?」

「あ、まあ……出来る範囲で」


 夕也くんは、頬を掻きながらそう言った。


「希望の言う2番目ってのはどういうポジションなのかは知らないけど……」

「愛人とか体だけの関係みたいな感じっ」

「爛れてんな……」


 ドラマの視すぎかもしれない。

 夕也くんは、少し考えるような表情をして。


「さすがに愛人はなぁ……じゃあ、月一回のデートでどうだ?」


 夕也くんは、現実的かつ出来る範囲での提案を出してきた。

 かなり魅力的である。


「で、でも亜美ちゃんが怒らない?」

「まあ、うまく話してみる。 ダメって言われたらまた考えるさ」

「う、うん……」

「なあ、1つ訊いていいか?」

「うん」

「1番は諦めたのか?」


 夕也くんは、私の顔を見てそう訊いてきた。

 

「諦めた……ってわけじゃないんだけど、無理だろうとは思ってるの。 きっともう、亜美ちゃんからは奪い返せないだろうって」

「そうか」

「……一応、もうちょっとだけ頑張ってはみるつもりだけどね。 まずは月1のデートを亜美ちゃんに緩いてもらう所からだね」

「ははは……」



 ◆◇◆◇◆◇



「え? 月に1回2人のデートを許してくれって?」


 夕方に返って来た亜美ちゃんに、夕也くんと一緒に話したことをそのまま亜美ちゃんに伝えた。

 さすがの亜美ちゃんも、難色を示す。

 それは当たり前の事で、何もおかしくない。

 恋人が他の女の子とデートするのを許すなんて、普通なら絶対に嫌だもんね。

 今まで何だかんだでデートを譲り合っていたのは、私にも亜美ちゃんにもお互いに罪の意識があったからである。

 でも、亜美ちゃんはこの前の私の誕生日に許してくれたのが最後だと、そう言った。


「……」


 考え込みながら、チラチラと夕也くんの顔を見ている亜美ちゃん。

 何か言いたそうだ。


「夕ちゃんが言い出したんだよね?」

「そうだな」

「ち、違うよ! 私が我儘言って」

「んー……この際どっちでもいいけどね」


 やっぱり亜美ちゃん的にはもう、私にチャンスを与えるのは嫌なんだろう。

 無理かな……。


「……夕ちゃん、本当に私が一番好きなの?」

「もちろんだ」

「じゃあどうして希望ちゃんに月1回デートの提案なんてするの?」

「それは……希望の気持ちも考えるとだな……」

「夕ちゃんのバカ……本当に甘いんだから」

「ぐ……」

「も、もういいよ。 ケンカしないで? 私、別にデートなんかしなくても良いから」

「……はぁ」


 亜美ちゃんは、1つ溜め息をつく。

 そして、私の事をじっと見つめてから。


「私も甘いなぁ……」


 少し微妙な笑顔を見せた亜美ちゃんは、続けてこう言った。


「良いよ。 月1回のデートなら許す!」

「え……良いの?」

「亜美」

「ただし! デートの内容はちゃんと私に報告する事!」

「そ、そんなので良いの?!」

「もちろん、肉体関係とかそういうのはしないことも条件だよ。 まぁ、キス位なら許容します。 あと、夕ちゃんは本気にならない事!」

「お、おう」


 亜美ちゃんは「最大の譲歩だよ」と言った。


「……信じてるからね夕ちゃん」

「それは安心してくれ」

「私は一緒にいる時間がもらえればそれで」

「それで希望ちゃんが幸せだっていうなら」

「あはは……まだなんとも」


 その後も、私達は色々と話し合った。

 亜美ちゃんは、お風呂で私にこう言った。


「夕ちゃんを譲る気は無いけど、希望ちゃんの事を放ったらかしにする気も無い。 前にも言ったよね」

「うん……」

「こんなことを言えた義理じゃないけけど、私は今でも希望ちゃんには幸せになってほしいって思ってる。 もちろん、夕ちゃんは上げないから他の幸せを見つけてね。 夕ちゃん以外とのことなら、私は全力で協力するよ」

「はぅ……」

「あはは」


 亜美ちゃんは、そう言って笑った。

 夕也くん以外の彼氏なんてものは、考える事は出来ない。

 だけど、そのポジションに返り咲くことはもう難しい。

 でも、幸せならもう見つけている。

 それは亜美ちゃん、夕也くんのと一緒にいられる事だ。

 3人でいられれば私は幸せでいられる。

 私は、その事を亜美ちゃんに伝えた。

 すると亜美ちゃんは……。


「そっかそっか。 そんなことで良いならいくらでも一緒にいるよ。 将来一緒に暮らしても良いしね」

「そ、それは……」

「将来の事は将来の私達が考えてくれるよ」

「亜美ちゃん……」


 大好きなお姉ちゃんの亜美ちゃんと、大好きな男の子の夕也くん。

 ずっと一緒にいられたら、私はきっと幸せだ。

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