第142話 体験実習
☆希望視点☆
2月18日火曜日。
私達1-B女子は翌日の家庭科の時間に、近くの幼稚園で先生の体験実習することになっている。
男子は技術になるので別行動。
「はぅぅ……」
「希望ちゃん、なんだか憂鬱そうだねぇ?」
部活の休憩の合間に、亜美ちゃんが話しかけてきた。
そう、憂鬱なのだ。
私は自他共に認める人見知りである。 それは、幼稚園の先生の方にはもちろん、幼稚園の子供達にまで発動してしまう。
そんなので体験実習なんて出来るわけがないよぅ。
「希望ちゃんは、私と一緒に行動しよ?」
「ありがとぉぉ」
亜美ちゃんの手を握って涙を流しながら感謝する。
亜美ちゃんは「あ、あはは……」と、微妙な笑いを浮かべていた。
◆◇◆◇◆◇
翌日──
家庭科は1、2限目。
朝からいきなりである。
私達は、朝のHRを終えて、近くの幼稚園へと向かった。
緊張してきたよぉ。
隣で亜美ちゃんと奈々美ちゃんと奈央ちゃんが「大丈夫でしょ」と、言っているけど私もうダメ。
「希望ちゃんってば……昨日言った通り、私と一緒にやろ?」
「うん」
亜美ちゃんが同じクラスで良かったよぉ。
今日は、亜美ちゃんの後ろに隠れてやり過ごすよぉ。
自分で考えていて、なんだか情けない。
15分ほど歩くと、月ノ木幼稚園に到着した。
亜美ちゃんと奈々ちゃんは、ここに通っていたらしい。
ということは、夕也くんと佐々木くんもだね。
「つきのきがくえんのお姉さん! おはようございます!」
「おはようございます!」
幼稚園に入ると可愛らしい園児達が、元気な挨拶をしてくれた。
当然私はたじろいでしまい「お、おふぁょぉございまひゅ」となってしまったが。
「皆ー、今日は、月ノ木学園のお姉さん達が遊んでくれるよー」
「はーい!」
「じゃあ、遊んでもらいましょう」
「わーい!」
園児たちが一斉に走り寄ってきた。
「はうぅぅ」
早速亜美ちゃんの後ろに避難する。
園児が雪崩のように押し寄せてくるよぉ。
「こらこら……」
亜美ちゃんが呆れている。
私達は胸に平仮名で名前の書かれた名札を付けているので……。
「あみお姉ちゃん、あそぼー」
「うんー、あそぼーねー」
こうやって名前を呼んでくれたりする。
亜美ちゃんはデレデレになり、園児と遊び始める。
亜美ちゃんは、園児からも大人気ですぐに囲まれてしまう。
「あぅぅ、皆ーちょっと落ち着いてぇ―」
「凄いわねぇあんたの人気」
奈々美ちゃんが男の子を肩車しながら近付いてくる。
さすが奈々美ちゃんも、園児のハートをがっちり掴んでいるようだ。
「やめてくださいっ。 髪を引っ張らないでぇ」
奈央ちゃんは長くて綺麗な髪を、園児に引っ張られている。
園児は容赦ない。
「のぞみおねえちゃんも、あそぼー!」
「はぅぅ!?」
制服の袖を引っ張りながら、女の子が上目使いで話しかけてきた。
はわわわわ、どどど、どうしよぉ。
「希望お姉ちゃんと、亜美お姉ちゃんは姉妹なんだよぉ。 だから、皆で一緒に遊ぼうねー」
「はーい」
亜美ちゃんが助け舟を出してくれて、なんとかその場は免れた。
そして奈々美ちゃん、奈央ちゃんも加わって、園児達と戯れる。
園児達の、可愛らしくて屈託のない笑顔に触れている内に、私も少しずつ慣れてきて普通に遊んであげられるようになっていた。
「お姉ちゃんたち、テレビでみたことあるー」
「あはは。 そうだねー、たまに出るねー」
「ぴょーんってとんで、ボールをぱーんってするのすごいの!」
亜美ちゃんは笑顔で「うんうん。 ありがとー」と、やはりデレデレになりながら子供達と接している。
奈々美ちゃんはどちらかというと男の子からの人気が高いようだ。
園児まで奈々美ちゃんのフェロモンに惹かれているのだろうか?
奈央ちゃんは、いたずらっ子に好かれているようだ。
同じタイプの人間だと認識されてるのかも?
「あー、スカートはめくっちゃだめですわよー!?」
なんだか大変なことになっているようだ。
「のぞみお姉ちゃん、おんぶしてー」
「う、うん、いいよぉ」
慣れてきたとは言っても、まだまだ緊張している。
落としたりしない様に注意しなきゃ。
「希望ちゃんもだいぶ慣れたみたいだね」
「う、うん、なんとか」
「希望も人気者なんだから頑張んなさいよね」
「あー、スカートの裾引っ張らないでください―」
奈央ちゃんは、めちゃくちゃにされているけど、さすが高校生。
決して本気で怒ったりせず、遊び感覚で付き合っているようだ。
その証拠に、顔はとても楽しそうなのである。
他の皆も、それぞれが園児達と遊んでいる。
「ん?」
辺りを見回していると、ある場所で目が留まった。
そこには、1人の女の子が、誰とも遊ばずに積み木をしていたのだ。
私はその姿に、自分を重ねて見てしまった。
亜美ちゃん達と会う前の、内気で友達も作れず、1人でいた頃の自分に。
私は、自然とその子の方に向かっていた。
「ん? 希望ちゃ──あ……」
亜美ちゃんが、私が離れていくのに気付いて声を掛けてきたが、どうやら察したらしく、途中で止めた。
私はその女の子の横に屈みこんで声を掛ける。
「ねぇ、皆と遊ばないの?」
「……」
声を掛けても、反応してくれない。
うーん……。
「さゆりちゃん、このまえここにひっこしてきたばかりなの」
おんぶしていた女の子が教えてくれた。
そっか、日が浅くてまだ馴染めていないんだね。
それに加えて、私みたいに内気で臆病なのかもしれない。
ここは何とかして、皆の輪に入れるようにして上げなければ!
「さゆりちゃんって言うの?」
「……」
「うーん、皆に声掛けるの怖い?」
さゆりちゃんはコクッと小さく頷く。
やっぱりそうなんだ。 昔の私と同じだ。
「……」
「さゆりちゃん、みんなとあっちであそぼー! お姉ちゃんたちとってもやさしいよー」
背中の子が、さゆりちゃんを誘ってあげている。
さゆりちゃんは、顔を上げてこちらを見た。
もしかしたら、この背中におんぶしている子が、私にとっての亜美ちゃんのような存在になるかもしれない。
「いこ、さゆりちゃん。 友達一杯作らないと、楽しくないよ?」
「……うん」
私が手を差し出してあげると、ゆっくりとその手を取った。
私は立ち上がり、手を引いて亜美ちゃん達の所へ戻る。
「希望ちゃん、おかえりー」
「おかえりー!」
「希望やるじゃん」
「あはは……私は何も」
「さゆりちゃん、あそぼー! このお姉ちゃんおもしろいよー」
「あー、髪の毛が絡まるー」
奈央ちゃんは完全に玩具として認識されてしまったようだ。 やりたい放題にされてる。
さゆりちゃんは、その輪の中に入って一緒にいたずらを始めた。
これから少しずつ友達を増やしていくことだろう。
「昔の希望ちゃんを思い出すね」
「私も、そう思ったから放っておけなくて」
「ふふふ、希望も成長したわね」
「そんなことはないよ。 ただ、友達がいる事の大切さを知ってほしかっただけだよ」
私が今幸せなのは、あの日亜美ちゃん達が声を掛けてくれたからだ。
さゆりちゃんにも知ってほしかっただけなのだ。
大切な友達がいる幸せを。
さゆりちゃんは、今も皆に交じって奈央ちゃんで遊んでいる。
きっともう大丈夫だろう。
あの子はこれから、上手くやっていける。
そして私は、幼稚園の先生という職業に強く興味を抱いたのだった。
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