第89話 奈央の恋人役は誰だ

 ☆奈央視点☆


 ひょんなことから、来月の誕生日に、恋人を両親に紹介しなければならなくなってしまった私。

 恋人なんていない私は、紗希に相談を持ちかけてみたのだけど、紗希の彼氏を1日借りるという作戦はダメとの事。

 残る候補は、今井君か佐々木君なんだけど──。


 今は紗希の招集で、いつものメンバー全員が今井君の家に集合している。 何故皆を呼ぶ必要があるのかは知らないけど。


 決して広いとは言えないリビングの中央にあったテーブルを端に追いやり、その空いたスペースに9人が輪になって座る。


「と、言うわけなの」


 集まってもらった理由を、手短に伝えて反応を窺う。

 今井君も佐々木君も「うーんと」腕を組みながら渋い顔を見せた。

 やはり、そういう場に慣れていないというのが理由なのだろう。 「自分たちには務まりそうにない」と、頭を下げてきた。


「そうよねぇ……」

「今回の件、僕が奈央さんとの婚約を破棄した所為ですよね?」

「えっ?! 春くんと奈央ちゃん婚約解消しちゃったの?」


 目を丸くして大声を上げる亜美ちゃん。 敢えて言わなかったのだけど、春人君が自分からバラしてしまった。


「婚約破棄って……大丈夫なのか? 西條家相手にそんなことをして」


 今井君が心配そうに春人君を見ている。 西條家は日本でも有数の名家。 数多くの企業を束ねてる巨大企業の総帥でもある。

 ひとたび、その西條家の怒りに触れるようなことがあれば、中流階級の家などは社会的に消されかねない。

 しかし、この件に関してはお父様も特に憤った様子は無かった。


「大丈夫よー? お父様は、私が婿を取って跡継ぎを残せば、相手は誰でも良いと思ってるみたい」


 お見合い写真を3枚も持ってきて、選ばせようとしたのが良い証拠だ。 本当に私の結婚相手など誰でもいいのだ。 もちろん多少は家柄などを考慮したりするだろうけれど、大した判断材料にはしないだろう。


「そうなんだ……何かそういうの嫌だよね?」

「結婚相手ぐらいは自分で選びたいわよねそりゃ」


 希望ちゃんも奈々美もちょっと怒り気味にそう言ってくれる。

 でも実際のところ、私はかなり自由にやらせてもらっている方だと思う。

 学校だって好きなところに行かせてもらっているし、学業や部活、友人との時間も自由に取らせてもらえている。

 恋愛だって今までは特に口出しもしてこなかった。 春人君の事があったからだろうと思うけど。


「でも、この分だと彼氏を紹介するのは無理っぽくない?」


 遥の言う通りである。 今井君、佐々木君も無理となるといよいよお手上げだ。


 今井君の家のリビングに重い空気が流れる。 皆、私の為に頭を悩ませてくれている。 しかし、妙案は出ない。

 仕方ない、ここは素直に彼氏等いないとお父様に話してしまった方がいいのかもしれない。

 別にお見合いの1回や2回、適当にやって破談にしてしまえばいいのだから。 ただ、1回や2回で済めばいいのだけれど。

 

「皆ありが──」


 皆に謝罪と、諦める旨を伝えようとした時、私の声を遮るように一人の男の子声が聞こえてきた。


「自身は無いけど俺がやってみるか?」

「いや、あんたには無理でしょ?」


 佐々木君が私の偽恋人役に立候補してくれたが、奈々美からダメ出しされている。 それも仕方がない、頼んでおいてなんだけど、私も佐々木君には無理だと思う。 何せ普段から空気が読めない男の子なのだ。 慣れない社交界の場で何かやらかしてしまっては、私だけではなく佐々木君まで白い目で見られかねない。

 私はどう見られようが別に構わないけど……。

 でも、これしかないのかしら?

 周りの皆の顔を見てみると、難しい顔をしている。

 ダメだ、あまりにも無理がありそうに思えてきた。 せめて今井君ならもう少し信用できるのだけど。

 私は首を横に振って、その作戦は無しだと告げる。


「やはり、この件は僕に責任があります。 僕が何とかするべきでしょう」


 春人君が声を上げる。 皆の視線が春人君に集中する。

 しかし、なんとかすると言っても……。


「許婚でもないのにどうするの?」

「なんとかします。 僕に任せてもらえませんか?」


 どうやら、かなり責任を感じているようだ。

 春人君ならば、場慣れしているしその点はクリアしている。

 だが、婚約を破棄してしまったというのがネックなのである。 そんな男女が本当は交際していると言って誰が納得するだろう?

 しかし、今井君や佐々木君よりは適任であることは確かだ。

 春人君がどういう作戦を考えているかはわからないけど、ここは頼るしかない。

 私は「お願いします」と、春人君に頭を下げた。 春人君はそんな私をを見て、慌てふためいていたが……。


「私達も全力でサポートするよ!」

「そだそだー」

「お友達が困ってるんだもんねっ」


 頼りになる仲間達も力になってくれると言っている。 これほど心強いものは無い。

 私は「ありがとー!」と感謝を述べて皆に頭を下げる。

 よぉし、ここを乗り切って私は私の恋を探すのよ! 許婚やお見合いで結婚なんか絶対にしないんだからね!


 その後、1ヶ月は私と春人君は疑似恋人関係で付き合っていくことになった。

 来月、少しでも自然な恋人同士を装えるようにという作戦である。

 早速ではあるが明後日の日曜日、疑似デートをしてみることになったのだけど、デートなど経験の無い2人は経験済みの皆に色々とアドバイスを貰うのだった。


 しかし春人君は良いのだろうか?

 私と婚約を破棄するほど、亜美ちゃんの事を本気になっている筈なのに、こんな寄り道をしていて。

 私の相手が寄り道っていうところには、少し怒りを覚えるわね。  亜美ちゃんはというと特に何も気にしていない様子で、私にアドバイスを送っている。

 春人君の事など眼中にも無いのだろうか? 気の毒な男の子である。


「というわけで、春人君。 来月の誕生日パーティーまでよろしくね」

「はい、自分の所為ですので、必ず何とかしてみせます」


 今は、彼に頼るしかない。 こうして、私と春人君疑似恋人月間がスタートするのであった。

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