第85話 ダンスタイム

 ☆亜美視点☆ 


 現在、ミスター月ノ木の2位と1位の発表待ちである。

 私はミス月ノ木に選ばれているので、優勝した男子と舞台の上で、後夜祭のダンスを踊る事になるんだけど。

 一体誰が1位になるんだろう……お願いっ! 夕ちゃんと踊らせて!


「えー、1位と2位ですが……なんと、同率1位です」


 えぇ……。

 会場がざわつく。

 1位が2人ってこと? その場合、舞台でダンスを踊るのはどっちになるんだろう?


「えー、1位2人! 53点で今井夕也君と北上春人君です!」


 ざわついていた会場も、同率1位という結果に盛り上がりテンションが上がる。

 やっぱりあの2人が女性票を集めたんだね。

 それで、私はどっちと踊ればいいの?


「えー、しかし、優勝をどちらか1人に絞らないといけませんので、特別票としてミス月ノ木の清水亜美さんに選んでもらいます!」


 バッと会場中の視線が私に集中する。


「うわわ」


 でもこれはラッキーだ! 夕ちゃんを選べばと夕ちゃんと踊れるってわけじゃん。


「ほら行ってきなさいよ! 夕也と踊りに」


 隣に立っていた奈々ちゃんに背中を押されて、前につんのめる。


「う、うんっ!」


 私は、目の前の観客達を掻き分けて、前に進み、なんとか舞台の前に立った。


「それでは、階段から舞台の上に上がってください」


 私は言われるままに、舞台へ上がる。 チラッと夕ちゃんと春くんの顔を見る。 春くんは優しい表情で、私の事を見ていた。

 そして、夕ちゃんは……。


「……」


 観客の方を見ている。

 振り返らなくてもその視線の先にいるのが誰なのかわかった。 一瞬階段を上る足が止まる。

 夕ちゃんが踊りたいのは……私じゃないんだ。

 再びゆっくりと階段を上る。 夕ちゃんが……踊りたいのは……。


「余計なこと考えるなよ?」


 不意に階段の上から声が聞こえてきた。 夕ちゃんの素っ気無いけど、とても優しい声。


「え? どういう意味──」

「それでは、男子2人は目を瞑って後ろを向いてください」


 それを聞いた夕ちゃんと春くんは、後ろを向いてしまった。

 余計なこと考えるなって……?


「清水さん。 心が決まりましたら、どちらかの前に立ってください」


 わ、わからない……わからないけど……。

 そうだよ。 私はもう迷わないって決めたじゃない。 私はもう後悔はしたくない。

 私は大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出し、一緒に踊りたいと思う男性の前に移動した。

 

「おお……」


 私が移動を終えると、観客から声が上がる。

 

「さあ、決まりました! 男子2人は前を向いて目を開けてください!」


 夕ちゃんと春くんがこちらを向いて、ゆっくりと目を開ける。

 

 私の前に立つ男の子が私の姿を確認すると、優しげにニコッと微笑み手を伸ばした。



 ◆◇◆◇◆◇



 コンテストが終わり、今は後夜祭のダンスの真っ最中である。 舞台の下では、それぞれがダンスパートナーの手を取って踊っているのが見える。 中にはカップルもいるかもしれない。 もしかしたら、これを機に交際を始めるペアも出てくるかも。

 そう思いながら、私は自分のダンスパートナーの方に目を向ける。 

 私は今、舞台の上で最愛の男性とダンス中だ。


「夕ちゃん、ごめんね?」

「何がだ?」


 不思議そうな顔をして、そう聞き返してくる。

 その間も、私達2人はダンスを止めない。 ゆっくりとステップを踏みながら会話する。

 何人かのお客さんは、舞台の上の私達に見惚れているようで、誰と踊るでもなく私と夕ちゃんのダンスを見ている。


「本当は希望ちゃんと踊りたかったでしょ?」

「そりゃ、どちらかと言えばな」


 やっぱりそうなんだ。 わかってはいたけど私は少し落ち込んだ。

 私が階段の上る時、夕ちゃんが見ていたのは間違いなく希望ちゃんだろう。 私が春くんと踊ることを選んでいれば、夕ちゃんは希望ちゃんと踊れたのに。

 それを察してなのかは知らないが、夕ちゃんは言葉を続けた。


「コンテストに出るって決めた時点で、希望には謝ってあるんだ。 一緒に踊れないかも知れないってな」


 だから、そっちのことは気にするなと、優しく諭してくれる。

 少しだけ気が楽にはなったけど、やっぱり私は2番目なんだなぁと思い知ることになった。


「それとな? お前を他の奴と踊らせる気も無かったんだ」

「……春くんとも?」


 準優勝となった春くんは、舞台の下で奈央ちゃんと踊っている。 確か許婚だったはず。

 何度か踊ったことでもあるのか、結構絵になっている。


「あいつとは尚のことな。 まあ、百歩譲って宏太なら許してたが」

「つまり『お前は俺の女だ。 誰にも渡さん』って言ってるの?」


 冗談混じりでそう訊くと、夕ちゃんは溜め息をついて「そこまでは言ってねぇよ」と、呆れたように返してきた。

 うーん、残念。


「じゃ、希望ちゃんが他の男子と踊るのは?」

「百歩譲って宏太なら許す」


 舞台の下をチラッと見てみると、希望ちゃんは楽しそうに宏ちゃんと踊っていた。

 なるほどなるほど。 優勝しちゃった時は、希望ちゃんの護衛を宏ちゃんにお願いしていたのね?

 その近くでは、奈々ちゃんが腕を組んで笑いながら2人を見つめている。


「あの2人って、苗字で呼び合ったりして距離あるように見えるけど、案外仲良いよね?」

「まあ、10年も幼馴染やってりゃな」

「そだね。 そういえばさ、結構昔の話なんだけどね、希望ちゃんがこんな事を言ってたよ」

「ん?」

「『夕也くんがいなかったら、きっと佐々木くんを好きになってた』って」

「ほぉ、それは初耳だ」

「でしょ?」


 夕ちゃんの手に支えられながらクルクルとターンをする。

 

「夕ちゃんって踊れたんだね?」

「お前こそ」


 お互いが見よう見まねで踊っている割には、足を踏んだり躓いたりしない。

 不思議と息が合う。 まるで、2人で何度も踊った事があるようだ。


「……夕ちゃん」

「どうした?」

「ううん、何でもないよ」


 一瞬、「愛してる」と言いかけたが、無理矢理その言葉を飲んだ。

 きっと、今はその言葉は夕ちゃんに届かない。 そう思ったからだ。

 でも……そうでもなかったらしい。


「当ててやろうか? 『愛してる』だろ?」

「えっ?」

「そう言いたそうな顔してたぞ」

「か、顔でわかるかなぁ?」

「何年一緒にいると思ってんだよ?」


 夕ちゃんは呆れたような表情で「大体の事は表情でわかる」と、言い放った。

 私だって、夕ちゃんの表情を見れば大体の事はわかるつもりだけど……本当かなぁ?

 私は試してみたくなった。


「じーっ……」


 キスしたいという顔をしてみる。

 夕ちゃんはそんな私の表情を見て、少し笑いながら。


「キスはしねーぞ?」


 見事に言い当てるのだった。

 凄過ぎるのでは?! ちょっと面白くなってきたよ!

 よぉし、じゃあこれならどうだ!

 

「じーっ」

「喋れよな、面倒くさいから」

「いやいや、面白くて……で、今の私の表情から何を言いたいか読み取り、その返事をしなさい」

「テストかよ?」

「私の表情の理解力テストだよ?」


 夕ちゃんは、「ぷっ」と少し吹き出して笑いを堪えているようだ。

 しばらく、肩を震わせながら下を向いていたが、ようやく収まったのか、再度私の顔を見てテストの答えを口にした。


「好きでもない奴と踊ったりしねーよ」


 まだ少し、笑いを堪えているような震える声でそう言った。

 私は、某大物司会者のように険しい顔をしながら、たっぷりと溜めを作った後に……。


「正解!」

 

 私が表情で訴えた言葉は「私の事はどう思ってるの?」である。

 私は夕ちゃんの答えに満足した。 どうやら、夕ちゃんの心の中にはまだ、私への気持ちが少しは残っているらしい。


「私にもまだ、チャンスが残ってると思っても良いのかな?」

「少しぐらいはあるんじゃないか? 少しぐらいは」


 なるほど、少しか。 可能性が0じゃないなら、頑張る価値はあるよ。 結果どうなっても、もう二度と後悔はしないようにしよう。

 私の全てを夕ちゃんにぶつける。


「私、頑張るよ。 ちゅっ」

「なっ、お前なぁ!」


 不意打ちでほっぺにキスをしてやった。

 舞台の下の人に見られたかもしれないけど、気にしない気にしない。

 


 ☆奈々美視点☆


 私は宏太と少し踊った後で、体育館の端に寄り休憩中である。

 暇しているように見えるのか、何人もの男子が誘ってきたけど、全て断った。

 少しすると、宏太と希望が何か言い合いながらこちらへやってきた。


「佐々木くん、足踏み過ぎだよっ」

「仕方ないだろー、初めてなんだよ」

「私もだよ!」


 どうやら、ダンス中に何度も足を踏まれたらしい希望が、その事について文句を言っているようだ。

 ま、私も踏まれたけどね。


「あんた達、もういいの?」

「うん、一緒に踊りたい人は他にいないしね」

「同じく」


 そう言うと、2人は壁にもたれかかるような体勢で舞台の方に目を向けた。


「あの2人は絵になるわねぇ」

「本当にお似合いだよ……なんだか妬けちゃうなぁ」


 心底羨ましいそうな顔で、希望がそう言う。

 夕也と踊りたいのを、我慢しているがわかる。

 

「私は奈々美ちゃんに票入れたんだけどなぁ」

「でしょうねぇ」


 私と亜美の点差も僅かであった。

 もしかしたら、夕也と舞台の上で踊っていたのは私になっていたかもしれない。


「まだ、恋の神様は亜美ちゃんを見捨ててないって事かな?」


 希望が舞台の上で、幸せそうに踊る亜美を見てそう呟いた。

 私も内心では複雑である。 亜美のサポートをしてこそいるが、決して希望に傷付いて欲しいわけではない。

 皆が皆、幸せになれる道があるならそれが一番なのだけど。


「奈々美、お前が悩んでどうすんだよ?」


 と、隣に立つ宏太に頭を小突かれる。 そんなに難しい顔してたかしら?


「あはは、奈々美ちゃんが気に病む事はないよ? 私は私で、紗希ちゃんや春くんを味方に付けてるんだし」

「え? 春人もなの?」


 利害関係を考えれば、共闘するのは当然と言えば当然か。 希望もなりふり構わずって感じみたいね?


「あっ! 今、亜美ちゃんが夕也くんにキスしてた!」

「よく見えたわね……」


 実を言うと私にもしっかりと見えていた。 この分だと、他の人にも見えてたわね。

 亜美は亜美で少しずつ心の距離を埋めていっているようだ。

 希望は「むむー」と、タレ目を吊り上げながら唸っている。

 本当可愛い子達だわ。



 

 ☆希望視点☆


 後夜祭は終わり、それぞれのクラスの片付けも終わった後、私達はぞろぞろと並んで家路についているところだ。

 いつものメンバーに今日は月島さんが加わっている。 今晩は家に泊まり、明日の昼に帰るらしい。

 亜美ちゃんはとても嬉しそうだ。

 

 私はというと、この後で夕也くんの家に誘われている。

 亜美ちゃんも行きたいと言ったが、夕也くんは私と2人になりたいからとそれを拒んだ。

 2人で何をするんだろう?


 緊張しながら、夕也くんのお部屋におじゃまする。

 とりあえず、座椅子に座ると夕也くんはパソコンを立ち上げて何かしているようだ。

 何してるんだろうか?


 しばらくするとスピーカーから曲が流れてきた。

 あれ? この曲は……。

 夕也くんは、座っている私の前まで来てスッと手を差し出してきた。

 そう、この曲は今日の後夜祭で流れていた曲だ。


「私と一曲踊ってくれませんか?」


 なんだか夕也くんがそれっぽくダンスに誘ってきた。

 私はそれが可笑しくてくすくすと笑ってしまう。


「なっ! 笑うことは無いだろぉ?」

「ご、ごめんごめん。 だって、似合ってないんだもん」


 私は夕也くんの手を取って立ち上がる。


「今日は悪かったな? 2人で回れなかったし、後夜祭でも踊れなくて」

「2人で回れなかったのは残念だったけど、でも楽しかったよ? 月島さんとも仲良くなれたし」

「なぁ? 亜美が泣いて土下座したってのは?」

「本当だよ……あそこまでされたらさすがにダメとは言えなかったよ」


 大粒の涙を流しながら土下座をして「私も夕ちゃんと2人で回りたいの! ちょっとだけでいいからその時間を作ってほしい」とお願いされたのだ。

 亜美ちゃんがあそこまでしたことは、今までに無かったからびっくりした。

 亜美ちゃんは亜美ちゃんでなりふり構ってられないという事なんだろう。


「ダンスの方は前もって夕也くんから聞いてたし、今こうやって踊ってるし」


 夕也くんの部屋で2人きりで踊っている。 ちゃんと、私の事を考えてくれているんだと思うと嬉しくて仕方ない。

 

「そうか」


 夕也くんがいつものように優しく微笑んでくれる。

 あぁ、幸せだぁ。


 無言でしばらく踊っていると、曲が終わってしまう。


「ありがとう、夕也くん」

「おう」


 手を解いて、私は夕也くんの背中に手を回し抱き付いた。

 恋人になってから、何度目の抱擁だろうか?

 

 唇を重ねる。 一体何度目のキスだろう?

 夕也くんはそのまま私をゆっくりベッドの方へ……。


 え、えぇぇぇぇっ!?

 ちょちょちょ!?

 

 そのまま押した倒されてしまう。


「ゆ、ゆゆゆ夕也くんっ?!」

「希望……いいか?」


 はぅぅぅぅっ!? 心の準備が出来てないよぅ! どどど、どうしよう!!


「具体的には、さっさとえっちしてしまうといいよ」


 紗希ちゃんの言葉が蘇る。 だ、だけどぉ! や、やっぱりまだ無理だよぉ!

 夕也くんの体を押して拒否の意思表示をする。


「そうか……わ、悪い……」

「わ、私の方こそごめん……」


 夕也くんは申し訳なさそうに私の上から退いて、ベッドに腰かける。


「今井君だって男の子だし、えっちさせてくれない女の子より、させてくれる女の子の方が良いと思うだろうし」


 紗希ちゃんの言葉がまた蘇ってくる。

 でもでも……。


「私、まだ心の準備というか……その、もう少しゆっくり進みたいというか……」


 ちょっと言い訳っぽいけど、でもこれは本当の気持ちだ。

 私はゆっくり進んでいきたいの。


「わかったよ」


 夕也くんは、優しく頭を撫でて「ゆっくりな」と優しく囁いた。

 大丈夫だよね……待たせても?


 その後、少し2人で話をしてから、私は家に戻った。

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