第64話 夏祭り 夕也・希望side

 ☆夕也視点☆


 ──商店街前──


 俺と希望ちゃんは広場で皆と別れた後、商店街側へと移動した。

 というのも、皆が駅前通りの方に向かったからである。


「皆、あっち行ったね?」

「まあ、どちらにしてもどっかで鉢合わせるんだろうがな」

「うんうん」


 この祭りの出店は、駅の周囲をぐるりと囲むように並んでいる。

 回りが逆になるだけで、皆とはどこかで会うだろう。

 皆と逆を選んだのは、少しでも希望ちゃんと二人の時間を増やそうという考えからだ。


「ねぇねぇ、この浴衣どうかな?」


 タタッと俺の前に躍り出てくるりと一回転しながら、今日着てきた浴衣を披露する希望ちゃん。

 浴衣はとういうと、白地に向日葵の絵柄がに描かれた物だ。


「可愛い」

「本当に語彙力無いね、夕也くんって」


 可愛いものを可愛いと表現して何が悪いのだろうか。


「可憐な希望ちゃんを更に引き立たせる見事な浴衣だと思う」

「無理しなくていいのに」


 くすくすと笑いながら俺の隣に戻ってきて腕を絡めてくる希望ちゃん。

 付き合う前は恥ずかしがってこんなことしてこなかったが、付き合うようになってからは気にせずに甘えてくるようになった。

 これが多分、素の希望ちゃんなのだろう。


「でも、春人くんと奈央ちゃんが知り合いだったのはびっくりしたね?」

「そうだよなー。 やっぱ金持ち同士のネットワーク的なものでもあるのかね?」

「そうかもねー」


 駅前広場に着いた直後に春人を視認した奈央ちゃんが「げっ、北上さんとこの……」と口走ったことで、二人が知り合いだという事がわかった。


「一体どんな関係だろうね?」

「意外と婚約者とかだったりしてな」

「あはは、ありそう」


 と、二人で話を弾ませながら商店街の出店を見ていく。


「あ、夕也くん、綿あめ食べたい!」

「お、じゃあ行くか」

「うんっ」


 希望ちゃんは万面の笑みを浮かべて頷いた。

 希望ちゃんのリクエストに応え綿あめの屋台に並び、綿あめを受け取って希望ちゃんに渡す。


「ありがとう夕也くん」

「どういたしまして」


 早速、幸せそうな顔をして綿あめを頬張り「美味しいー」と満足そうな声を出している。


「そういえばね、さっきから感じるんだよね」

「か、感じる?! 何を?」


 俺なんか変なとこ触ったりしてるか?

 いやいや、手しか握ってないぞ。

 まさか手が性感帯?! んなわけないか。


「波動だよ波動」

「は、波動?」


 なんだ、覚醒めざめたのか?


「ボケねこの波動だよこれは!」

「ボ、ボケねこ?」


 あー、あのバカ面の変なキャラか。

 希望ちゃんと紗希ちゃんはファンなんだったな。


「こっちかな?」


 希望ちゃんのボケねこレーダーに導かれるままに歩いていくと、射的の店に辿り着いた。

 その店に並ぶ景品の中に、それは鎮座していた。


「お、マジでバカねこあるぞ」

「ボケねこ」

「……ボケねこあるぞ」

「うん、私のレーダーに狂いは無かったねっ」


 どういう仕様だよそのレーダー……。

 希望ちゃんの顔を見ると、期待に満ちたキラキラとした視線をこちら向けている。

 仕方ないな、彼氏として期待に応えてやらねばなるまい。


「俺が取ってやろう!」

「やったー!」


 射的屋のおっちゃんにお金を払って、ゲームを開始した。

 ターゲットのサイズは高さ20センチ程のぬいぐるみ。

 あれなら上手くやれば落とせるかも知れない。

 まずは試しに一発。

 ボケねこの丁度中央辺りに命中し、ターゲットが少し動いた。


「惜しい!」

「だなー」


 希望ちゃんは真剣な表情でターゲットを見ている。本当に好きなんだな。 ちょっと嫉妬するぜ、ボケねこよ。

 ボケねこの、姿を良く観察してみると、見た感じ頭が重たそうだな。ちょっと頭を狙って傾けてやれば自重で転けそうだ。

 俺は先程より、幾分か上の方に狙いを定めて二発目を撃った。

 コルクは狙い通り、ボケねこの額に命中。 グラッと後方へ傾き、そのまま自重で倒れた。


「ふっ、どんなもんよ」

「おぉ! 夕也くん凄いっ!」

「おう、あんちゃんやるねぇ!」


 そう言うとおっちゃんは、俺が倒したぬいぐるみを手に持って、俺に手渡してきた。

 それを俺は希望ちゃんに渡す。


「ほいっ」

「わぁ、ありがとう夕也くんっ!」


 満面の笑みを浮かべながら、小さなボケねこのぬいぐるみを抱き締めて喜んでいる。

 ボケねこになりたい。


「彼女、べっぴんさんだねぇ」


 射的屋のおっちゃんが、俺に向かってそう言った。


「自慢の彼女だ!」

「はぅっ?! 恥ずかしいからやめてー」


 顔を真っ赤にして、先程手に入れたボケねこでその顔を隠している。

 可愛い。


「は、早く行こっ」

「はいはい」


 射的屋から早く離れたいのか、俺の手を引っ張って足早に歩き出した。


 ◆◇◆◇◆◇


 射的から少し離れたところで希望ちゃんが口を開く。


「わ、私ってそんな可愛いかなぁ?」


 自分にあまり自信が無いようだ。


「それ、他の女子の前では言わない方が良いぞ」

「ど、どうして?」

「妬まれるぞ」

「えっ!?」

「希望ちゃんは可愛い。 自信持ちな」

「う、うん」


 またまた顔を赤く染めながら下を向いてしまう希望ちゃん。

 いやー、まじかわ。

 とか思いながら歩いていると、前の方から見知った顔が歩いて来るのが見えた。

 もう鉢合わせるのか。


「あ、やほやほ希望ちゃん、今井君」

「紗希ちゃん、と、ごにょごにょ」


 何故か柏原君のとこだけは聞き取れなかった。

 人見知り発動!


「あ! 希望ちゃん! そのボケねこのぬいぐるみどうしたの!?」

「これ? 射的で夕也くんが取ってくれたの」

「いいなぁ! もう無いのかな?」

「どうだろうなぁ?」

「在庫はあるよ!」

「何でわかるんだよ?」

「あ、本当だ!」


 紗希ちゃんも?!


「感じる! ボケねこの波動だ!」

「何なんだよそれ! ボケねこファンの標準装備なのか?!」

「ははは……」


 柏原君は頬を掻きながら呆れ笑いを浮かべている。

 紗希ちゃんは、そんな彼を引っ張りながら、希望ちゃんが教えた射的屋へ向かって行った。


「なぁ、本当に波動とかわかんの?」

「まさか、そんなわけないよぅ」

「だ、だよなー」

「ちょっとビビッと来るだけだよ」


 俺はそれ以降は何も聞かないようにした。


 ◆◇◆◇◆◇


 さらに俺達は他愛ない話をしながら屋台を回る。

 そして話題は亜美と春人の事に。


「ねぇ、最近の亜美ちゃん、春人くんの部屋に行ったりして仲良いけど、どういうつもりなんだろうね?」

 

 確かに、うちに来てる時、頻繁に春人の部屋に行くな。

 あまり干渉しないようにしてはいるが、何をしてるか気にはなる。


「どうなんだろうな?」


 希望ちゃんには悟られない様に平然を装う。


「最初の頃、『春人くんのこと好きになったの?』って聞いたら、『なってない』って言ってたけど。 2週間で何か変わったのかな?」

「亜美は、そんな簡単に男に惚れたりする様な奴じゃないだろ?」

「まぁ、そうだけど」


 あいつは、俺と宏太以外の男をそういう風には見ていない。 その筈だ。


「やっぱり気になる? 2人の事」

「ならねぇよ」

「あはは、無理してるね?」

「してない。 第一、俺には希望ちゃんがいるだろう?」

「……でも、夕也くんにとって私は、まだ2番目だよね?」


 下に俯いて悲しげな声音で言った。

 2番目……。


「良いんだよ、まだ2番目でも。 いつか1番になるから」

「希望ちゃん」

「だから、亜美ちゃんが1番の間は、無理しなくて良いんじゃないかな?」

「そうか」

「それで? 亜美ちゃんと春人くんの仲、気になる?」

「気にはなる。 ただ、亜美が春人に惚れて、春人と歩いて行く事を選ぶってんなら応援してやりたい」

「そっか、私としても恋敵ライバルがいなくなる方が楽だけど……」


 どこか遠くを見るような目でそう言った。


 その後は、お互いにお腹が空いたという事で、アメリカンドッグを買って、食べながら屋台を冷やかした。

 ぐるりと回り終える頃には、花火の時間になっていた。

 俺達は、駅前広場から少し離れた所にある小さな公園のベンチに座り、花火を眺める事にした。


「うわー、花火綺麗だねっ」

「そうだな」


 夜空に打ち上がる花火達を見て、月並みな言葉を並べる二人。


「こういう時は『君の方が綺麗だよ』って言うんじゃないのかなぁ?」


 こちらを見て意地悪な笑みを浮かべる希望ちゃん。

 変なとこまで亜美に似てきたな。


「言わないってーの」

「はぅっ? 言ってくれないんだ……」


 意地悪な笑みは一瞬にして消え失せ、暗い顔になり落ち込んでしまった。

 小声で「どうせ私は2番目の女だもん」とかブツブツと言っているのが聞こえてくる。


「そんな事言っても、綺麗だなんて言わねーよ?」

「しょぼーん」


 なんか、変なリアクションし始めた。

 けど、綺麗だとは言えない。

 何故なら──。


「希望ちゃんはというか女の子だからな」

「はぅぅっ!」


 いちいちリアクションが面白い子だな。

 可愛いと言われて「えへへー」とニコニコしながら体を寄せてきた。


「夕也くん、大好き」


 恥ずかしげも無く、そう言い放つ彼女。

 自分の気持ちに絶対の自信を持っているのだろう。

 こんな子を、いつまでも「2番目」にしておいて良いのだろうか?


「ね、周り誰もいないよ?」


 綺麗な水色の瞳を潤ませながら、艶っぽい声で何かを催促するように言う。


「希望……」


 俺の方からも、ちゃんと歩み寄ってあげなければいけない。

 いつまでも2番目で良いわけがない。 

 そう思い、初めて彼女を呼び捨てにした。

 

 お互いに顔を近付けて目を閉じる。


「夕也くん……んっ」

 

 カラフルな花火が夜空を彩るのを尻目に、2人は何度もキスを繰り返した。



 ◆◇◆◇◆◇



「ち、ちょっと、のめり込みすぎたかな?!」

「そ、そうだな!」


 我に帰ると、急に恥ずかしくなり、お互いに目を合わせられなくなった。


「そ、そろそろ駅前広場に戻るか? 皆集まってるかもしれないし」

「そ、そだね!」


 花火の最後は皆で一緒に見ようと言う約束をしていたので、集合場所の駅前広場へ向かう為に、ベンチから立ち上がった。


「んじゃ、行くか……希望?」

「うん、夕也くん」


 2人で手を繋いで歩き出した。

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