第44話 壁
☆夕也視点☆
今朝は1人で集合場所へ向かってしまった亜美だったが、今は何故か普通に俺と希望ちゃんの間に入って来ている。
現在は、電車を降りて迎えの車でホテルへ向かっている。
今日の迎えはホテル専用バスだ。
「夕也くん、海だよ海」
隣の窓際に座る希望ちゃんがはしゃいでいるのがまた可愛い。
付き合い初めてまだ1週間程で、まだ恋人らしいことは何もしてない。
この旅行で少しは何かしてやりたいとこだ。
「おー、奈央! サーフィンとかやってるわよ!」
「明日、やらせて上げるから待ってなさい」
紗希ちゃんが目を輝かせている。
ああいうの好きなのか? 以前もスノボ教えてくれとか言ってたな。
ふと、通路を挟んで反対側の窓際に1人で座っている亜美の方を見た。
手に顎を乗せた姿勢で外を眺めていたが、窓に映る俺の視線に気づいたのか、こちらを振り向いた。
「どしたの?」
「あ、いや。 楽しみだな?」
「うん、そだね」
何というか淡白だな。
一応話はしてくれるが、必要以上には擦り寄ってこない。
やはり壁を作ってやがるな?
「希望ちゃん」
「ん、いいよ? 行って来ても」
それだけで察したらしく、俺が本題に入る前に話は終わってしまった。
話のわかる良い彼女だぜ。
俺は立ち上がり、亜美の隣へ移動した。
「わわ、浮気だ?」
「ちげーし」
とんでもない事言う奴だ。 ただ隣に座っただけだぞ。
大体、希望ちゃんみたいな可愛い彼女がいて、何で浮気なんぞ……。
「まぁ、お前が浮気相手なら、無くは無いか」
「うわわ、希望ちゃん! 夕ちゃんが私と浮気したいんだって!」
「えっ!?」
「したいとか言ってないだろっ?!」
希望ちゃんが誤解するからやめてほしいものだ。
チラッと希望ちゃんを見ると、少し眉が吊り上がっていた。
それでも可愛い。
「ま、亜美ちゃん相手なら、私も許すかも?」
唇に手を当てて、天井を見ながらそう言う希望ちゃん。
それを聞いた亜美は、少し怒り気味に「私は浮気相手とかは、お断りだよ」と言うのだった。
「それって、浮気じゃなくて正妻ポジションならいいってこと?」
後ろから奈々美が覗き込んで来る。
それに対して亜美は振り向いて口を開く。
「それも嫌だよ? 私はもう、夕ちゃんにはそういう感情持ってないから」
真顔で言い放つ青髪の幼馴染。
そういう感情、つまり恋愛感情はもう持ってないのか?
「……亜美、貴女」
「そっか、そうだよな」
俺は、少しショックを受けながら希望ちゃんの隣に戻るのだった。
希望ちゃんは、少し困惑したような表情で、俺と亜美を交互に見つめるのだった。
◆◇◆◇◆◇
ホテルへ到着した俺達は、荷物を部屋に置いて少し休憩をすることにした。
昼飯は今から30分後に1階の小宴会場を貸し切って食べるとの事だった。
部屋はやはりというか、1人1部屋に振り分けられていた。
俺と希望ちゃん、宏太と奈々美は2人1部屋で良いんじゃないかという議論が持ち上がったが、どちらも当の女子2人により却下されてしまった。
部屋で少しくつろいでいるとさっそく来客だ。
ドアをノックする音と聞き知った声が聞こえてくる。
「入っていいぞ」
言葉に反応して、ゆっくりとドアが開き、来客者の正体が露わになる。
そこに立っていたのは……。
「悪いわね、休んでるとこ」
「どうした奈々美? 宏太の部屋なら隣だぞ」
来客者の正体は奈々美だった。
宏太の部屋と間違えたというわけではないのだろう。
奈々美はお構いなしに部屋内に入ってきて、向かいのソファーに座る。
「なんだ、話しでもあるのか?」
「そ、話しがあるのよ」
何の話だろうか? 宏太と何かあった……って感じではなかったようだが。
バスの中でも普通に、いつものどつき漫才をしていたし。
「亜美の事よ」
話しの内容は亜美の事らしい。
確かに、今日はここ数日と様子が違った。 と言ってもこの間、俺の家を飛び出して行ってから、今日駅前で会うまで顔を合わせることは無かったが……。
明らかに避けられていたが、今日は普通に話にも絡んできた。
ただ、きつい一言は貰ったが。
「あんたと希望が付き合い始めてからの、亜美の様子を知らないんだけど、何かあった?」
そういえば、インターハイが終わった後はから今日まで、特に5人で会ったりすることも無かった。
「そうだな……実はよ」
俺は希望ちゃんと付き合い始めてからの亜美の様子と、先日起きた亜美の爆発事件について説明した。
「あれからそんなことがあったの……」
「あぁ」
奈々美は少し考えるような素振りを見せる。
「ちょっと心配ね」
「心配?」
真剣な顔で「うーん」と考え込む奈々美。
「まぁ、あんたに言っても仕方ないわね」
「なんだよ? 心配って何がだ?」
「あんたは気にしなくていいわよ。 希望を大事にして上げなさい」
そう言って、ソファーから立ち上がり部屋を出ようとする奈々美。
俺はどうしても気になって呼び止める。
「なぁ、何が心配なんだよ? 亜美は一体……」
「言ったでしょ? あんたは希望を大事にして上げなさいって。 今のあなたには、亜美より大切な子がいるでしょ。 亜美の事は私に任せなさい」
そう言って部屋を出て行ってしまった。
「なんだってんだよ……」
◆◇◆◇◆◇
その後、もやもやした頭のまま、昼飯までの時間を過ごした。
昼飯の時間、希望ちゃんに心配そうな顔されてしまった。
「夕也くん、どうかしたの? 何か難しい顔しちゃってるよ?」
「ん、ああ、大丈夫」
亜美より大切な子……希望ちゃんを大事にか……。
そうだよな、俺は希望ちゃんと歩いていくって決めたんだ。
亜美の事は奈々美に任せよう。
「そう?」
「おう!」
「何よー、見せつけてくれちゃって」
「さ、紗希ちゃん……」
別ににイチャついてるつもりではないんだが……。
希望ちゃんからのお願いで、亜美のいる前ではできるだけイチャつくのは控えたいと言われたのでその辺には気を配っている。
「でも、気を付けないとダメよ? 長年一緒に居るとだんだん嫌なとこ見えたりしてくるから……って、2人は10年以上幼馴染やってんだっけ? 心配ないか」
「ど、どうだろうね」
「こら、紗希ちゃん。 希望ちゃんの不安煽るようなこと言わないの!」
亜美が紗希ちゃんに対して説教し始めた。
紗希ちゃんもしゅんっとなって平謝りしている。
「紗希のとこは長続きしてるわよね? なんか秘訣とかあるの?」
「あ、それ私も聞きたいわね」
奈央ちゃんが紗希ちゃんに質問し、それに便乗する奈々美。
奈々美も宏太と付き合い始めてもう1か月半ぐらいか?
お試し期間ってのがまだ続いてるのか知らないが、そういうのは気になるらしい。
「秘訣って別にないわよ? まあ、ある程度はお互い自由にやることかしらねぇ? ガチガチに縛っちゃうのとかもいるけど、そういうの大丈夫なカップル同士なら良いけど、そうじゃないなら長続きしないわよ」
「う、浮気も許しちゃう感じ?」
希望ちゃんまで食い付き始めた。
俺、信用ないのか?
「んー、その相手に本気にならないってんなら、多少は大目に見るかなぁ? もちろん子供なんて作ったら許さないけど、あいつならまぁ大丈夫だと思ってる」
「柏原君、真面目そうだったもんね?」
「そうね、なんで私なんかに惚れたのかしら?」
あぁ、自分でも不思議に思ってるのか。
「ふむふむ……寛大な心が重要と……」
希望ちゃんはスマホにメモなんか取っている。 やっぱり信用されてないんだな!
「希望ちゃんは心配だよねぇ? 夕ちゃんモテるし女たらしだし」
「え? 大丈夫! 信用してるもん!」
本当だろうか……。
「なあ、そんなことより早く食って海行こうぜ? 目の保養がはやくしてーよ俺はよぉ」
「目の保養がどうのはほっといて、確かに早く泳ぎたいし、さっさと食べて行きましょ」
その後も、やいやいと話しながら昼食を済ませ、休憩を取ってから、海水浴場へ向かった。
道中、奈々美と亜美が何やら話していたようだが、俺は聞かない方がいいのだろう。
奈々美、亜美の事は任せたぞ。
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