第38話 返事を聞かせて?

 ☆希望視点☆


 部屋に戻って来ると、何故か皆が集合していて何やら盛り上がっていた。

「残念だったね」とか「慰めてあげる」とか言われたけど……。


 どうやら私が夕也くんに告白した事や、今その返事を貰いに行っているという事を、奈々美ちゃんが皆に話してしまったようで、結果次第では「おめでとうパーティー」か「励ましパーティー」を開いてくれるつもりらしい。

 ただ単に騒ぎたいだけなんじゃないだろうか?

 周りを見渡すと、期待の眼差しでこちらを見つめる5人の友人達が、今か今かと私の言葉を待っている。


「じゃあ───」



 ◆◇◆◇◆◇



 ───約30分前───



 私は、夕也くんからの呼び出しを受けてから軽く化粧だけして、待ち合わせ場所のロビーへ、待ち合わせ通りの時間に向かう。


 告白の返事……。

 夕也くんはどんな答えを出したんだろう?

 

「夕也くん、ごめんねっ、お待たせしちゃった?」

「いや、3分ぐらい待っただけだから」

「そ、そっか」


 凄く緊張するよー!

 告白した時よりドキドキする!


「場所変えようか? 先輩達がいて落ち着かない」

「うん、わかった」


 私達はホテルを出て、夜の九州の街を散歩する事にした。


 時々、夕也くんの方をチラッと見てはすぐに目を逸らす。

 そんな風にゆっくり歩きながら、夕也くんの言葉を待った。


 お互い無言のまま歩き続けていると、小さな公園が見えてきた。

 夕也くんは、相変わらず何も言わずにその公園に入っていき、私もその後に続く。


 その夜の静かな公園で、夕也くんは足を止めた。


「……」


 遠くを見つめながら、しばらくの間無言で立っていた夕也くんが、不意に私へ振り向く。


 私には夕也くんの言葉を待つ事しか出来ない。

 どんな答えが返ってきても受け止める覚悟はしてきた。

 フラれたら泣いちゃうかもしれないけど、それは仕方ないよね。


「返事、待たせて悪かったな?」

「ううん、夕也くんが言った通り、大会期間中だよ」

「そうだったな……」


 また少し無言になる。

 傷付けないように、言葉を選んでいるのかな?

 大丈夫だよ、夕也くん。


「か、覚悟はできてるからっ、ズバッと言ってくれて良いよっ?」

「そうか」


 夕也くんは「それじゃあ」と、前置きしてから、話を再開した。


「希望ちゃん、俺はやっぱりまだ亜美の事が……あいつが好きだ」


 ……それは、わかってはいた。

 夕也くんが亜美ちゃんにフラれてから1ヶ月くらいだ。

 まだ、気持ちが残っていても不思議じゃない。


 夕也くんは言葉を続ける。


「亜美が忘れられないんだ」

「う、うん……」


 真剣な表情。

 夕也くんのそのに映っているのは私? それとも……。


「この先も、あいつの事がずっと好きで忘れられないだろうと思う」

「本当に……好きなんだね?」


 素直に悔しいと思う。

 私の10年間の想いじゃ、夕也くんと亜美ちゃんの16年の絆には敵わないんだ。

 それを思い知らされる。


「あぁ」


 これはもう、私の負けだ……。

 亜美ちゃんは夕也くんをフッた。

 それでも私なんかより、夕也くんに愛されてるんだ。

 

「そっ……か」


 終わったんだ、私の10年間の初恋が───。

 涙が頬を伝って流れていく。


 それなら私は……夕也くんの応援をしよう。

 亜美ちゃんだって、夕也くんが好きで好きで仕方ないんだし、きっとすぐに上手くいく。


 私は、泣いているところを見せないように下を向いた。 傷付けてしまったなんて、思わせたくない。

 私は夕也くんに背を向ける。 肩が小刻みに震えのが自分でもわかる。 失恋ってやっぱり凄く辛いんだ……。


「希望ちゃん……」


 夕也くんの声が後ろから聞こえる。

 心配させちゃったかな? 泣いてるの気付かれちゃったかな?


「なぁ、告白の時に言ってたよな? それでも構わないって」


 え……?


「亜美の事が好きだって、亜美の事が忘れられないって、そんな事を言う奴で本当に良いのか?」


 背中を向けた私に、話を続ける夕也くん。

 確認する様に、そう訊いてくる夕也くんのその声は真剣そのものだった。  


「希望ちゃん」


 再度の呼びかけに対して、私は流れる涙を手で拭い、夕也くんの方へ振り向き直した。


「良いのか? そんな俺でも?」


 夕也くんは、私の気持ちを確認する様に訊いてくる。

 その、夕也くんの吸い込まれそうな黒い瞳の中には、間違いなく私の姿が映っていた。


「うん……っ」

「本当に、亜美の事を忘れられないかもしれないぞ?」

「うん……良いよ……」


 一歩ずつ、夕也くんの方へ歩み寄る。


「希望ちゃんの事を、あいつより好きになるのは、時間かかるかも知れないぞ?」

「うん、良いよ!」


 少しずつ、夕也くんとの距離が近くなっていく。


「時間がかかっても……いつか、私が夕也くんの1番になれる日が来るなら……」

「そうか」


 夕也くんの、目の前まで来て立ち止まり、夕也くんの顔を見上げる。


「夕也くん、返事を聞かせてくれる?」

「はぁ、わかってるくせに……」


 夕也くんは、返事の代わりに優しく口付けてくれた。

 夕也くんとの2回目のキス。

 今、頬伝うのは、嬉し涙だ───。




 ◆◇◆◇◆◇




 ☆亜美視点☆


 静まりかえる室内。

 皆が、希望ちゃんの言葉を待っている。

 夕ちゃんの返事はどうだったの?


「じゃあ……『おめでとうパーティー』始めようか!」


 希望ちゃんが口にしたのは「おめでとう」の方……OK貰えたんだ。

 そっか、そう、なんだ……。


「おおっ! やったじゃん希望ちゃん!」

「ありがとう、紗希ちゃん。 でもこれから大変だよ! 恋愛の先輩として色々教えてね?」

「任せてよ! 男の悦ばせ方から何まで教えてあげるわよ!」

「よ、悦ばせ方?!」

「良かったじゃない、希望。 10年間の恋実るかー」

「ありがとう、奈々美ちゃん」


 希望ちゃんを祝福する皆の輪から、1人だけ外れる私。

 何してるのよ、ちゃんと「おめでとう」って言ってあげなきゃダメじゃない……。

 私が望んだ結果でしょ? これで希望ちゃんは幸せになれるんだよ? 私だって、やっと解放されたんだよ?

 これからやっと、自分の幸せを探せるんだから……。 

 あれ? 私の幸せって……どこにあるの?


「……あー、ちょっと飲み物とお菓子少なくない? ちょっとコンビニ行って買い足して来るわ」

「おお、行ってらっしゃい!」


 奈々ちゃんがコンビニへ行こうと立ち上がる。


「荷物多くなるかもしれないから、亜美ついてきて?」

「あ、うん……」


 私は、奈々ちゃんに言われてコンビニへ向かうために、立ち上がり部屋を出た。


 ホテルからそれ程遠くない所に、コンビニはある。

 そこで、ジュースとお菓子を適当に見繕って買い物を済ませる。

 その間、お互いに会話はない。

 最初に口を開いたのは奈々ちゃんだ。


「ちょっとそこで休憩しましょ」


 帰り道の途中、自販機の横にあるベンチに腰を下ろす奈々ちゃん。

 ホテルまではすぐそこだっていうのに。


「……皆待ってるよ?」

「ちょっとぐらい良いでしょ?」


 まあ、正直言って今はまだ戻りたくないというのが本音ではあるけど。


「はぁ……あんたよく我慢したわね」

「え……」


 奈々ちゃん……もしかして、私を連れ出す為に?


「別に、私の前では我慢しなくていいわよ? 泣きたいだけ泣きなさい? んで、帰ったらちゃんと『おめでとう』って言ってあげんのよ?」


 その言葉を聞いた瞬間、必死に堪えていた涙が一気に溢れ出してきた。


「奈々ちゃ……奈々ちゃぁぁぁん!」

「もう本当、不器用なんだから」

「っ……私っ……私っ」

「よしよし……」


 奈々ちゃんに抱き締められて、私は目一杯泣いた。

 辛いことはわかってた。 後悔することもわかってた。

 でも、予想を遥かに超えていた。

 こんなの耐えられるわけなかったんだ。


「自業自得とは言え、さすがに可哀想ね……」

「うっぐずっ……ごんなにぐるじいなんで……」

「自分の夕也への気持ちを、甘く見過ぎたわね」


 私はどうしてっ……。


「もう、後悔しても仕方ないのよ?」

「ぐすっ……でもぉ……」

「こればかりはあんたが悪い」

「うう……」

「希望から何度も聞かれたはずよ?」

「うん……」


 何度も「本当に良いの?」「後で欲しいって言っても上げないよ?」って言われていた。

 こんなに辛いってわかってたら……。


「たられば」を言っても仕方ないよね……。

 奈々ちゃんの言う通り、これはバカな私が招いた結果なんだ。

 自業自得、苦しんで当たり前。 しっかり受け止めなさい清水亜美。

 私は涙を拭いて奈々ちゃんから離れる。


「もういいの?」

「うん、ありがとう」

「ま、これを機に新しい恋でも探してみたら?」

「新しい恋……かぁ……」


 それも悪くないかもしれない。

 とは言え、そんなものが近くに転がっているわけもない。

 夕ちゃん以上に愛せる男の子なんて……。


「前にも言ったけど、宏太が良いんだったら私には遠慮しなくていいわよ?」

「奈々ちゃん……」


 宏ちゃんかぁ……GWに一度告白されて断ってるんだよね。

 その上、今は奈々ちゃんの彼氏(仮)。

 今更、その宏ちゃんに「やっぱり私とお付き合いして」とは言い辛い。

 いくら何でも都合が良すぎるよね。

 そんなことをしたら、私は本当に最低の女だ。


「きっと、あんたは宏太のとこに行くわよ? 予想しといてあげるわ」

「そんなことは……」


 今の弱りきった私は、誰かの支えが無いと立っていられないかもしれない。

 そんなことはないとは言い切れなかった。



 ◆◇◆◇◆◇


 

 ホテルの部屋に戻ってくると、皆が静かになっていた。

 どうしたのかな?

 お菓子とジュースが無くなったぐらいでこうはならないよね?


「あんた達どしたの?」


 私の代わりに、奈々ちゃんがその疑問を口にする。


 すると、先程まで盛り上がっていた4人が一斉に頭を下げた。


「ごめんなさいっ!」

「えぇ?」


 謝られた。


「わ、私達、亜美ちゃんの気持ちも考えずに盛り上がっちゃって」


 紗希ちゃんが、顔を上げて謝罪の意味を話してくれる。


「亜美ちゃんが、辛い決断して今井君の告白断ったってこと知ってたのに……」

「あ、あの、それは自業自得だし良いんだよ? 私がバカだっただけだし」


 謝られるような事じゃないよ……。

 

「亜美ちゃん、目赤いじゃない」


 奈央ちゃんが、私が泣いた後だということに気付いた。


「えと、目一杯泣いたらスッキリしたし、本当に気にしなくていいからね?」


 それを聞いた4人はそれぞれ目配せをした後に、もう一度頭を下げて謝るのだった。


 せっかくのおめでとうパーティーだ。

 暗いムードはさっさと吹き飛ばして楽しまなきゃ。


「改めて! 希望ちゃんおめでとうー!」



 皆で、希望ちゃんの恋愛成就をお祝いする。


「あ、ありがとう! すぐダメにならないように頑張るよ」

「大丈夫だよ、夕ちゃんなら大事にしてくれるよ」

「亜美ちゃん……」

「おめでとう、希望ちゃん」

「うん。 ねぇ、後で2人なりたいから、一緒にお風呂行こ?」

「え? いいけど」


 何だろう?


 ◆◇◆◇◆◇


 パーティーもひと段落したところで、私と希望ちゃんは大浴場へ来ていた。

 先輩達も数人いたけど、私達は隅っこに寄って2人だけになる。


「でも、良かったねぇ。 私の苦労もようやく報われたよ」

「あはは、まだまだ頼りにさせてよー」

「もうやーだー! 私は私の幸せを探すのー!」

「お、良いね。 やっとその気になったか」


 希望ちゃんは、意味あり気に言いながら私の方を見る。

 そのまま、話を続ける。

 内容は、どんな風に返事を貰ったのかだった。

 ホテル内だと落ち着かないから、静かな公園に移動したらしい。

 そこで返事を貰ったそうだ。


「最初はフラれたんだって思ったんだ」

「どして? どんな返事のしかたしたのよ夕ちゃんったら!」

「亜美が好きだ、あいつを忘れられない」


 その言葉を聞いて、私はドキッとした。

 あれから1ヶ月、夕ちゃんはまだ私の事を? それなのに希望ちゃんにOK出したの?


「えーっと、それはフラれたかもって思うよね」

「うん、私、諦めて夕也くんに背中を向けちゃったんだけどね」

「う、うん」

「そしたら夕也くんが『そんな俺でも良いのか?』って訊いてくれて」


 それに希望ちゃんは「良いよ」と返事したらしい。

 なるほど……。

 どうやら、希望ちゃんが告白した時に、すでに打っていた先手が効いたらしいとの事。

 

「でも、はっきり言ってたよ。 亜美ちゃんが好きだって。 私、それだけが悔しい」

「ご、ごめん」


 一応謝っておこう。

 

「私、頑張って夕也くんにもっと好きになってもらう。 亜美ちゃんよりも」

「うん、応援するよ」


 まだまだ、辛い役割は続きそうだ。 姉としてまだまだ頑張らないと……。

 私の幸せはまだ当分来そうにない。


「亜美ちゃん、夕也くんは上げない」

「うん、良いんだよ。 自業自得だもん」

「でも、奪うのは自由だよ?」

「え、奪うって……」


 何を言ってるのこの子は!?

 奪うわけないじゃん!


「そんなこと!」

「だから、自由なの。 どうするかは亜美ちゃん次第」


 私は……。

 ううん、やっぱりそんなことは出来ない。 したくない。 考えないようにしよう。

 せっかく上手く行きそうな2人なんだから、軌道に乗るまではしっかり応援しなくちゃ!


「わ、わかった。 心には留めておくね」


 その場はお茶を濁した。



 ◆◇◆◇◆◇



 翌日。

 インターハイ最終日の午前中。

 私達は準決勝第一試合が行われるメインコートへやって来た。

 さすがにここまで来ると、新聞記者やテレビ局。

 実業団のスカウトなどもちらほらいるみたいだ。

 そういえば、会場に入る前に全日本U-18の監督にも会ったっけ。

 強化合宿の招集がどうとか言ってたけど、興味はないので辞退した。

 バレーボールは好きだけど、日の丸背負って世界と戦うとか、そういうのはあまり興味が湧かないんだよね。

 今の皆とバレーボールがしたい。

 ただそれだけ。


 コートに入ってウォーミングアップを始める。

 ここまで来たらあとは怪物1年達に任せるしかないと、キャプテン直々に言われてしまった。

 すかさず紗希ちゃんが「怪物は亜美ちゃんと奈々美だけでーす!」と言っていたけど。

 私的には希望ちゃんも十分怪物ちゃんだと思うけど。


「やっとやな!」


 ネットの向こうから声を掛けられた。

 そう、やっとだ。 1年長かった。


「弥生ちゃん」

「亜美ちゃん」


 最強のライバルと視線をぶつける。

 個人的な実力なら私より上かもしれない。

 以前そんな話を雑誌記者にしたら、その雑誌の弥生ちゃんのインタビューに「あんなバケモンに人間のウチが勝てるわけあらへんやん」と書いてあった。


 去年まではチーム力でなんとか勝てていたけど、今年からはそのチーム力でも敵わないかもしれない。


 全国制覇に立ちはだかる最大の壁。

 京都立華との試合がはじまる。


「今年こそは、勝たせてもらうで?」

「あと3年間、負け続けてもらうよ?」


 弥生ちゃんは「ははは、そらきっついわー」と、笑いながら手を伸ばしてくる。


「ほな、ウチらの第4ラウンド始めよか」

「うん」


 私も手を伸ばし、ガッチリと握手を交わした。

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