第18話 奈々美の悩み
☆夕也視点☆
俺は、足を負傷した奈々美を負ぶって山を下りている。
大見得を切りはしたが、さすがに1人の人間を背負って山を下りるってのは応えるな。
「大丈夫? 下ろして休んだ方がいいんじゃない?」
「もうちょっと行けるぞ」
「無理して、あんたまで怪我したらシャレになんないじゃない。 いいから休みましょ」
「わかった」
俺は広くなった場所で奈々美を下ろして体を休めることにした。
「ふぅ……」
大きく息を吐いて呼吸を整え、水筒のお茶を飲む。
あー、生き返る。
俺は下りてきた道を振り返る。
1人で下りる分には大したことは無さそうではあるが、やはり、人を背負って下りるとこれでもキツイか。
一応整備はされているが、負傷者が下るのは果して可能か?
「こっからは自分で歩くわ」
「行けそうか?」
俺の疲労を見て取ったのか、歩いて下りると言い出した奈々美。
俺としてもその方が助かるが。
「わかんないけど、これぐらいの下りなら多分」
「無理そうなら言えよ」
「わかってるわよ」
少し休憩をした後、俺達は下山を再開した。
奈々美を見ると、怪我した方の足をかばいながら踏ん張っているようだ。
下手したらもう片方の足を痛めてしまうぞ。
ああ、もう!
「悪い、奈々美」
俺は一言謝ってから奈々美をお姫様抱っこしてやる。
「あ、こら!」
「そんな歩き方してたら両足痛めるぞ」
「うっ……せ、せめてこの格好はやめなさいよ! 恥ずかしいから!」
「うおい、分かったから暴れるな!」
一度、奈々美を下ろしてからもう一度背負う。
さて、もうそろそろチェックポイントが見えても良いはずだ。
もうひと頑張りするぞ。
「ほんと、ごめん」
「気にするな、困った時はお互い様だろ? 俺はいつもお前に世話になってっからな。 その恩返しだとでも思っておいてくれ」
「ありがとう」
しばらく無言が続く。
チェックポイントまだかー。
「ねえ、亜美と希望のことちゃんと考えてあげてる?」
いきなりその話題が飛んでくるとは思ってなかったぞ。
実際のとこちゃんと考えているのかと言われるとどうなんだろうか。
「一応、考えてはいるつもりなんだが……」
「そう」
結局どっちつかずになってしまっている感は否めない。
どっちも可愛く思ってるし、どっちも大事にしてる。
どっちも傷つけたくないという気持ちがやはり強い。
本当にこんなことでどっちかを選ぶなんてことが出来るんだろうか?
「迷ったらここに良い女いるわよ?」
「そんなこと前も言ってたよな」
「今日のこのイベントで夕也の好感度ちょっと上がったわよ?」
「へいへいー」
「ほんと、ツレないわねぇ」
奈々美は溜め息をつく。
こいつの心の内は読めない。
宏太を好いてると言う一方で、オレにも気がある素振りを見せる。
微妙な傾きの天秤だと、こいつは言ってたな。
こういう細かい所で好感度が上がると、こっちに傾いてくるのだろうか? 謎だ。
「優しいあんたの事だから、どっちか選ぶとどっちかが傷付く、そう思ってんでしょ?」
奈々美について考えを巡らせていると、不意にそんな事を言い出す。
やっぱりこいつは見透かしてきやがるなぁ。
「皆が皆、思い通りになるわけじゃないのよ。 亜美が宏太をフッたように、誰かを傷つける選択だって時にはしなくちゃいけないわけ」
「そうだよな」
あの夜、俺の部屋に来た時の亜美も悩んでたもんな。
好きな男を、好きなのにフるってのはどんな気持ちだったんだろう?
「亜美は自分が後悔しない選択をしただけよ。 あんたもそうしなさい」
「お、おう」
「ただあの子にはもうちょっと言いたいことがあるんだけどね……それは希望に任せるわ」
希望ちゃんが言ってた、そのうち話し合いをしたいってたやつか。
それがいつになってどんな話になるのかは想像もつかないが。
「あんたが選んだ相手なら、選ばれなかった方も納得して祝福してくれるわよ」
「だといいな」
その後は無言で下山を続ける。
しばらくすると、ようやくチェックポイントが見えてきた。
そこでは、先に行った亜美達が俺達の到着を待っていた。
どうやら、亜美が事情を先に話してくれていたようだ。
先生がキャンプ場の方へ連絡を入れてくれており、今、車を出してくれているようだ。
少し行ったところに車道に出られる場所がるようなので、俺達は奈々美を連れて移動し、奈々美をキャンプ場のスタッフに任せて下山ルートへ戻った。
「夕ちゃん、お疲れ様」
「おう……」
亜美から労いの言葉をもらう。
「すまねぇ、俺も行けばよかったな。 まさかそんなことになってるとは……」
「気にすんな」
「今井君、めっちゃ男前だったわよー? 胸キュンしちゃったわ」
奈央ちゃんがお嬢モード解除してそんなことを言っている。
希望ちゃんも「うんうん」と頷いている。
「あれは、さすがの奈々ちゃんでもキュンキュン来てたんじゃないかな?」
「いつもと変わったとこなかったぞ?」
「奈々ちゃん、そういうの隠すの上手いよ? 宏ちゃんの事は皆にバレてるけどね」
さっきも「ここに良い女がいる」とか言ってたし。
これ以上選択肢が増えても困るんだが。
「希望ちゃんも大変だねー、あんな美人が
「亜美ちゃんもねー」
「わ、私は関係ないもん」
思わぬ反撃に遭い、少々たじろぐ亜美。
今日は希望ちゃんも冴えてるな。
◆◇◆◇◆◇
さて、俺達はその後も順調に具材を獲得している。
現在は最終ポイントで宏太が頑張っている。
「宏ちゃん、頑張ってー」
「うー、先生、これ東大の入試問題とかじゃねーの?」
「この間の試験に出したぞ?」
英文を訳せと言われてから数分が経つ。
まあ、ニンジンなくても構わないが。
「わ、わりぃ、皆。 今日のカレーにはニンジン入ってねーわ」
「仕方ないね。 宏ちゃん英語ダメだもんね」
「英語『も』だ」
「佐々木くん、偉そうに言うことじゃないよ?」
宏太は潔くギブアップした。
まあ、これは織り込み済みだ。
今日の夕食は、ニンジン無しビーフカレーになった。
山を降りて来てキャンプ場へ戻って来た俺達は、他のグループが帰ってくるまで、待機時間となった。
「奈々ちゃん、大丈夫かな?」
奈々美は大事を取って、近くの病院で診てもらっているそうだ。
「歩く分には問題無さそうだったけどな。 軽い捻挫ぐらいで済むと思うが」
「そっかそっか」
「この後は何があるんだっけ?」
宏太が、この後のスケジュールを確認しにき来た。
「んとね、テント設営があって、自由時間でしょ。 その後に各班で夕食の準備して、食後は肝試しか、天体観測の選択だね」
亜美はスラスラと今後の予定を教えてくれる。
便利な機能付き幼馴染である。
「き、肝試しとか私行かない……星見る」
ホラーとか大の苦手な希望ちゃんがガクガク震えている。
テント泊とか、ちゃんと出来るんだろうか?
◆◇◆◇◆◇
しばらく待っていると、後続の班が続々と帰ってきた。
教師の指示に従ってテント張りを再開する。
テントはさすがに男女別ではあるが、同じ班のテントは男女隣接して張れとのこと。
俺は宏太と2人か。
夜な夜な亜美達のテントに忍び込んでやろうか?
あー、ダメだ、奈々美にやられる。
何とかテントを張り終えると、奈々美が丁度戻って来たところだった。
「ごめん皆、テント張り手伝えなくて」
「ううん、それより大丈夫奈々ちゃん?」
「えぇ、軽い捻挫よ。 テーピングでガチガチに固めてあるから平気平気」
「良かったぁ、たいしたことなくて」
安堵の表情を浮かべる、藍沢班女子組。
しかし、本当に良かった。
「夕也、今日はありがと」
「気にするなって言ってるだろ?」
「奈々ちゃん、気持ちがちょっと傾いたんじゃない? んー?」
「な、何よその気味悪い微笑みは……」
「恋敵増える……」
何か、女子は女子で盛り上がっているようだ。
さて、カレー作りまでは自由時間な訳だが、こんな山の麓なんかで出来るなんて何かあるんだろうか?
いや、無い。
「時間になったら起こしてくれ」
「え、夕ちゃん寝るの?!」
「違う。 皆の為にこのテントでちゃんと寝られるかどうかを、この俺がまずは確かめてやるんだ」
「要するに寝るんですのね?」
「仕方ないなぁ、夕ちゃんは……」
亜美は呆れた表情でそう言う。
そんな顔されてもなぁ。
「皆、散歩行こ散歩」
「そうですわね、寝るよりは有意義でしょうし」
「下の方に川あったよね?」
「女子は俺に任せて、夕也は安らかに眠っていろよ」
ぐっ、こいつら! 俺を差し置いて散歩だと!?
何で最初にそう言わない!
寝ると言ってしまった手前、やっぱり俺もとは言い出しにくいじゃないか!
「あー、ごめん、私は足をあんまり痛めたくないから留守番してるわ」
「そっかぁ……」
奈々美が留守番と聞いて亜美は少し残念そうだ。
「俺も留守番だなー」
「夕ちゃんは知らない。 好きなだけ寝てればいいよ」
最近の亜美さんは、妙に冷たい気がするんだが、俺何かした?
「いってきまーす」と言いながら散歩組は歩いて行った。
「今から追いかければいいじゃない?」
隣に腰を下ろした奈々美が口を開く。
「別に構わねーよ。 お前を1人する訳にもいかないしな」
「私は、そんな寂しがり屋じゃないわよ」
まあ、寂しがるような奴ではないな。
しかし、それでも女子1人置いて行くのは気が引ける。
「んじゃ、おやすみ」
「え、本当に寝る気?」
「そうだが?」
奈々美は「はー、呆れた」と言いながらテントに入る俺を見ていた。
寝袋に入ろうとした時、テントに奈々美が入ってきた。
「はー、2人用てこんな狭いのね」
「何しに来たんだキミは」
「退屈じゃない」
「知らんよ、寝ればいいだろー?」
俺は無視して寝袋に入る。
「ねぇ、さっきの話だけどさ」
さっきっていつの話だ?
「あんた、亜美と希望の事で迷ってるでしょ?」
「その話か……悪いがな、もう1人選択肢増えたりするのはごめんだぞ?」
「あら、私が言う事よく分かったじゃない」
さっきも下山中に言ってたからなぁ。
しかし、こいつは本当にわからない奴だな。
「奈々美は、宏太に惚れてるんだろ?」
「ちょっと、脈が無さそうなのよ」
少し落ち込んだような表情を見せる奈々美は、結構珍しい。
これはガチ凹みしてやがるな?
俺は寝袋から出て話を聞く態勢を見せる。
「ありがと、優しいわねやっぱ」
「善処するって約束だからな」
この前、奈々美に相談した時に、そんな事を言った。
奈々美は、少し俯きながら話し始める。
「あいつ、亜美にフラれたじゃない?」
「あぁ、そうだな」
「少しは私に靡いてくれるかもって期待したんだけど」
結果、そうはならなかった訳だ。
宏太は亜美に本気で惚れている。
フラれたからと言って「はい、わかりました」と言う風に諦める事は出来なかったはずだ。
奈々美ともあろう奴が、そんなことを見誤るとは珍しい。
「残念ながら、靡く気配無しね。 そこに今日の出来事よ。 正直グラついたわ」
「あんなぐらいで、グラつくような気持ちだったのかよ?」
「っ!」
違う、こいつはこいつで本気だったはずだ。
少なからず俺に気があったとしても、それは本気では無かったはずだ。
「仕方ないじゃない……」
「何?」
「だって! 私じゃ、亜美に敵わないじゃない!」
奈々美が涙を流しながら叫んだ。
何でも出来てしまう親友へのコンプレックス。
何をやっても敵わないと言う劣等感。
奈々美は良く言っていた「不公平」だと。
「あいつは、確かに欠点らしい欠点は無いし、あいつに何かで勝てる奴なんてまずいないだろうし」
「本当に不公平……」
「じゃあ、宏太を好きな気持ちはどうだ? それも亜美に負けてるって思うのか?」
「それは……」
言葉に詰まる奈々美。
そこで負けを認めているようなら、本当にどうしようもない。
「自慢じゃないが、俺は亜美の1番だって自信がある」
「自慢じゃない」
この際それはどうでもいい。
「じゃあ、亜美にとって宏太は何番目だろうな? 2番目か、もしかしたら3番目かもしれない」
畳み掛ける。
「お前にとって宏太は何番目だ?」
「1番……」
「宏太への気持ちは亜美に負けてないじゃないか。 諦めるのはまだ早くないか?」
「……」
「もう少しだけ、頑張ってみたらどうだ? 俺から見ても、お前の宏太に対する当たりが少々キツいようには見える」
「そ、それは、つい……」
「今ぐらいしおらしい方が、グッと来るぞ」
奈々美はしばらく俯きながら肩を震わせていた。
「あんた、慰め方下手過ぎよ」
「そりゃ悪かったな」
「でも、ありがとう。 ちょっと楽にはなったわ。 もう少し頑張ってみる」
「おう。 頑張ってみて、それでもやっぱりダメならその時は、まあ、あと1人ぐらいなら席を空けといてやるよ」
「ありがと……」
奈々美は涙を拭いて少し顔を赤くしながら笑った。
何だよ、そんな可愛い顔出来るなら、宏太に見せてやれば良いのに。
その後は他愛もない話をしてしながら、散歩組の帰りを待った。
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