第68話 決意と双子の関係 byユーリ

 イマール家の養女になった女の子。

 普段は、何を考えているのかよく分からない、ほわわ〜んとした大人しい子だ。先程もドライフラワーを作るとかで、1人で花を刈り取っていた。


 まず、淑女たる者、1人きりにならない。必ず侍女か執事が付く。

 イマール家がリオに対して扱いが雑なのだろうか?

 なぜ、誰も付かないんだ。危なっかしくて目が離せない。 

 それとも薬師になりたいから、何でも自分でしますと断ったのだろうか。


 また、令嬢たる者…おそらく母は自分で草を刈り取ってドライフラワーにしない。庭師に指示を出すだけだ。

 花瓶に綺麗な花が飾ってあるのも、母が指示し、庭師が侍女に渡し、侍女が生けたものだ。貴族は全体をバランス良く見て、指示を出し、仕事を作り出す環境を作ることだと母は言っていた。


 貴族の女性…母や父の他の妻しか見ていないからだろうか。リオは令嬢にしては、常識外れで変わった子だと思う。あれが王都での普通なのだろうか?


 でも、女の子が全員あの様な感じなら、話しかけやすくて可愛いのに…。


 可愛い??


 ああ、そうか。妹ってのは可愛いものなのか?弟ばかりなもので…いや弟も可愛いけれども。

 もちろん、双子も可愛い。嫌なことははっきり主張するタイプだが、よく物事を見ているし、常に踏み出す前に2人で相談しているところは可愛い。

 そこにリオも加わっているようで、何か小間使い的な役割をさせられているのかと危惧したが、杞憂だったようだ。

 同じ歳同士なのか、仲良くし過ぎている気がしていた。


 仲良くし過ぎ??

 いや、仲良くしても良いんだけど…。


 最も、現在あの2人は例の父の怒りにより、まずは座学から鍛えられているが…。ぷらぷらしていたから、お灸を据えられたような感じで、ちょうど良い勉強時間だ。


 ユーリは父の執務室のドアを叩いた。

「入れ」

「失礼します」

 父、ダルトンはこの辺境領を取りまとめる辺境騎士団団長だ。隣国のラーンクラン国との国境を守っている。

「決めたのか」

「はい」

「聞こう」

 ダルトンは大判の紙綴りを閉じて、ユーリに顔を向けた。日焼けして刻まれたシワは男の渋みを出している。


「王都騎士団に行こうと思います」

「そうか!ならば伝令にそのように伝えよう。執事を呼んでくれ」

 イマール家が男子ばかり子沢山なので、王都から数名騎士団に入隊させよという伝令が昨日来たのだが、本来は兄、ジョバンニが打診されていた王都行きである。

 ジョバンニは騎士としては優秀であり、快活に物事を進め、剣の腕も立つ。

 しかし、ジョバンニはそれを拒否した。

 理由は、国境界隈で噂の魔族を倒せなくなる事や、魔族討伐のために立ち上げたプロジェクトが棚上げになることで損失が出るからという理由などである。

 プロジェクト発起人が職務を全うせずに半ばにして逃げるとは云々と、御託を…程の良い理由を父に並べ立てていた。


 ユーリにはジョバンニの本心が見えていた。

 王都へ行くことは、家督を継ぐ者にはデメリットが大きい。

 国境騎士団と王都騎士団はそもそもが違い、王都へ行ったからといって箔が付くわけではない。むしろ王都のやり方を嫌う者もいる。

 国境騎士団を纏められなければ、家督を継げなくなることを意味するため、なるべくこの土地から離れない方が良いのだ。

 また、婚約者のメイリンと離れることも王都に行きたくない理由の一つ…、いや、こちらの方が大きい要因のような気がする。2人はラブラブだからね。

 自分もやがてあんなに骨抜きになるのだろうか?今そういうのは、ちょっと考えられないなぁと思う。


 ともかく、自分以外ならば、直近の弟の双子は13歳。訓練を積んでいない者を王都へ行かすわけにはいかず、やはりまずは自分しかいないと、と腹を括る。


「ユーリ様、ご決断されたのですね」

 執事から心配と困惑の声で尋ねられる。

「僕しか居ないでしょう。…父が待ってます。行って下さい」

 困惑しているであろう執事の顔を見ずに言った。

 一国の主は大変だが、育ってきた地だ。仲間もいれば、親もいる。土地勘も地方独特の技術も丁寧に教え込まれた。何不自由なく暮らしているところから離脱するのだ。心配無用な訳がないが、旅立つ日が来たら、そう言わざるを得ない。母が異様に心配するから。


 そう言えば、あの子は、何も知らないこの場所へ来て、どう思ったんだろう。

 ああ、そうか。

 双子と仲が良いことに加えて、メイリンも目を掛けてるし、揺るぎない目標が有るからか何事にも動じてない、そんな感じがする。

 たまに彼女が年下に見えないのは、そういうところがあるからなのかも知れない。


 揺るぎない目標か…。

 ユーリは中央の階段をゆっくり降りて行った。

 リオは王都で薬師になって、そこがゴールではなくて、ミルウォーク公爵家と共に研究をする…すごく大きな目標じゃないか?

 2つも年下で、ほわわ〜んとした感じなのに、なんだろう。負けられない気がする。


「「ユーリ兄さん」」

 ケニーとサントスが階下にいた。

「おう、元気にしていたか?」

「はい。それよりも、浮かない顔してどうしたんですか?」

「浮かない顔だったか?」

「「ええ」」

 2人が心配そうに顔を見合わせる。

「そうか。親父のところから帰ってきたところだ」

「怒られたとか?」

「何したんですか?」

 僕は君たちじゃないっつーの、と言いたかったがグッと堪えた。

「いや、報告だよ」


「報告で?ふーん?」

「で、浮かない顔?」

 2人を見ていると表情がコロコロと変わるから面白い。ただし、貴族社会ではその表情は命取りになる。

「ケニーもサントスも、もう少し貴族の嗜みを身につけた方が良いな」

「兄さん、俺たちは大丈夫ですよ」

「心配することはないですよ、上手くやりますので」

 周囲を良く見る2人のことだ。その時が来たら本当に上手くすり抜けるのだろう。

 父はその辺りの軽い要領の良さが気に入らないようだが…。

「そんな心配しないで下さい」

「俺たちこの田舎に収まる器じゃないんで」

 へらっと2人が笑う。


「着いて行きますよ、兄さん」

 ケニーがユーリの肩に手を乗せる。もうすでに子供の手というより、青年の手になりつつある。

「王都へ行くんでしょ?」

 君たちは諜報部員かと思うほど察しが良い。ユーリは少しだけ目を見開いた。

「あー、やっぱりそうか」

「ふむ、割と早く決められましたね」

 2人に鎌をかけられたか?

 まぁ、良いか。どちらにしろ、今日の夕食で、全員が知ることになる。


「ケニーとサントスはどうして行きたいのか、聞いても良いか?」

 2人は顔を見合わす。

「今後、イマールをどう守って行けば良いのか、分からないんですよ」

「ここから離れて、イマールがどういう立ち位置が見てみたいですね」

 案外しっかりした考えで驚いた。てっきり性格の合わない父親から、なんかやかんやと理由を付けて逃げたいものだと思っていたからだ。


「それにリオも行くしな」

「うん、リオといると面白いことがたくさん起きるしな」

 2人はユーリに向くわけではなく、クスクス笑いながら相槌を打ち合う。


「2人にとって、リオはどういう存在なんだ?」

 ユーリはなんとなく以前から聞いてみたかったことを尋ねた。

「友達?良くぷんぷん怒りますけどね」

「妹よりは、友達が近いですかね」

 そうか、友達だと思っていたのか。

 何となくホッとした。


 ん?ホッとした?


 何なのだろう。

 ユーリは少しだけ胸を押さえた。

「先に王都で道を作っていく。知識と剣術、魔術をしっかり身につけてから来いよ。じゃないと、兄貴だと名乗らないからな」

 2人は悪戯っ子のような笑顔をユーリに向けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る