第67話 ユーリの確認

 リオのカリキュラムは順調に終わっていた。

 夏は短く、秋はすぐに過ぎてしまう。


 その頃に第三夫人のパールが出産した。男の子だったと聞いている。

 母子ともに健康で、顔は母親似の眉目秀麗な美男子らしい。

 らしいというのは、感染等を防ぐために数人しか会えていないので、全て伝聞だ。

 パールの子供達も、もちろん1週間以上は会えずヤキモキしていた。ほぼ面会謝絶状態となっているが、出産後のケアこそ大事だからだろうと思う。

 この世界は医療が確立していないから、確かに不特定多数が入室すると菌を持ってくる確率は増える。

 また、何かあった時に我が子を疑うのも酷な話だろう、リオはそう思った。


 この世界は、衛生管理不足なのかも知れない。

 いざ戦闘が起きた時の野戦病院並みのテントでは、地面にシートを何枚か敷いた上に患者が寝転がり、処置を受け、そのままその場に寝転がる。

 沢山の人々も、テント内で仕切りもない場所で処置や手術を受ける。血が吹き出したり、膿が飛んだりした場合のために、せめて上からカーテンを吊るし、他の患者と遮断が出来れば良いのになぁと思った。


 この世界の医療を確立させる…か。薬師として、何かの出来ることはあるだろうか…?

 ふと、考える。マイヤーもそのようなことを言ってなかっただろうか。

 毒見をするだけの人生ではなく、それを中和させる薬を作ったり、リオにしか出来ない事があるのではないか…。

 回復魔術で高いお金を払えるのは一部の人だけ。庶民でも無理だ。ならば貧困地域や回復魔術師のいない地方では?

 以前読んだ本では薬師が旅をしながら村々を救う事はあるようだが、根本的解決にはなっていないような気がする。

 

 王都から衛生管理を徹底して、それを地方に発信していくとか?発信は騎士団が遠征に行った時にするのだろうか。田舎では、文字の読めない人も多いから、口伝なら…。その辺りのことも王都の図書館で調べたいと思った。

 

 そんな折、マイヤーから手紙が届いた。手紙には、イマール領手前でトカゲと遭遇し倒したようだが怪我はないか?との心配と、火の魔術の宝石を手に入れたのではないかと推測している事、このことはピーターから聞いたと遠回しに書いてあった。

 そして宝石については、様々な人に事前説明せずに試してもらったが、結局リオ以外には使えなかったらしく、王都に帰ってくるのを楽しみにしている、とのことだった。


 手紙を読んだ後、返事を書いた。

 そして、イマール領の良さを知って欲しいから、封筒の中に押し花を入れたい。

 リオは押し花にするハーブを庭園へ見に行く。

 夏になる前に子供達がエキナセア、カモミール、チェリーセイジを種を植えて水をやり、日々観察してきたものだ。

 カモミールはすでに収穫を終えて、乾燥させ、ハーブティーにして飲んでいる。エキナセアはたまたま種を頂いたもので見た目は派手なのだが、薬効はない。

 チェリーセイジは青色の涼しげな色合いの花を咲かせた。葉を揉むとさくらんぼの臭いがすることから、チェリーセイジと名づけられたようだが。

 チェリーセイジは乾燥させてから、粉にして、保存する。口腔内が腫れたり、風邪のひきはじめや喉が痛いときに、煎じて冷やし、うがいをすると殺菌効果があるといわれている。

 これにしよう、リオはチェリーセイジの茎を掴んだ。


 そんなチェリーセイジを収穫し、茎を紐で縛ってドライフラワーのような吊り下げる形にしていると、

「やあ、リオちゃん」

 と、ユーリに声を掛けられた。

「ユーリお兄様、おはようございます」

 日は少し高く、爽やかな風が吹き抜けた。

「…もう、こんにちは、かしら?」

 ユーリは少し晴れ渡った空を見て

「そうだね、こんにちは、かな?」

と、笑った。


「お兄様、お久しぶりですね」

 ユーリは花壇の端に腰掛け、リオの作業を見ている。

「うん、国境騎士団遠征に付いて行ってたからね。それで、その…」

 リオはユーリを見上げた。

 この間から何かを言おうとして言い淀む。それが何なのだろうと、顔色を伺ったのだ。


「リオちゃんは、その、ケニーとサイモンをどう思う?」

 ケニーとサイモン??双子の事?まさか双子の話が出てくるとは思わなかったので、リオは目を丸くした。

「ケニーとサイモン??ですか?特に…2人は仲の良い双子で、見ていて面白いとは思いますが」

「兄弟として?」

「あ、はい。兄弟として…」

「本当は他人なのに?」

「はい…。本当はそうでしょうけど、私がイマール家に養女になった時から、皆さん兄弟です。仲良くしてくださってますし、大変ありがたく思っています」

 双子は横柄な態度をとることがあるから、もしかしていじめられてないかと危惧されていたのかな?


「そうか…」

 てっきり、仲良くしてもらえて良かったね等の返事が来るものだと思っていたのに、ユーリはそれ以上何も言わなかった。


 リオはハーブの茎を紐でクルクルと巻いて縛り、それを10本くらい作ったところで、ユーリがようやく腰をあげた。

「リオちゃん。木の上の小屋は作れなくなった。ごめんね」

 リオにすれば、ユーリも忙しいからそうなのだろうな、という程度なのだが、楽しみにしていると思われていたのか、すまなそうな顔をする。

「楽しみにはしていましたけど、ユーリお兄様、とてもお忙しいですものね」


 手を止めて、ユーリに隣に腰掛ける。

「そうだね、家にいる時間が少なくて、時間が取れない…言い訳に聞こえるかも知れないけど」

「言い訳だなんて。家族全員、ユーリお兄様は優秀だと誇らしく思っています」

 ユーリは騎士団の中で、戦闘やそれにまつわる的確な判断の才覚を現している。次期団長候補になるかも知れない。

 ダルトンがそのようなことを食事中に褒めていたので、ディアナが嬉しそうにしていたのだった。

「ありがとう…。みんながそう思っていてくれて嬉しいよ」

 ミリィを大きくしたようなユーリが、へにゃっと笑った。 


「…リオちゃんは2年後、王都へ行って試験を受けるんでしょ?」

「はい、そうです」

「受かったら王都で研究者になり、その後、また試験を受けて薬師となるんだよね?その後は?」

 進路の話が聞きたかったのだろうか。リオは以前考えていたプランを頭に描いた。

「薬師となった後は、マイヤー・ミルウォーク公爵家ご令嬢と共に薬剤や衛生管理の研究が出来れば良いなと思っています」

 確か、ここの養女として手続きしてもらう代わりに、そういう契約になっていたはずだ。

「王都で?」

「ええ、多分王都です…」

「そうか、王都か…」

 ジッと花壇の一点を見つめている。何か考えている様子で声を掛け辛く、その様子をリオはしばらく見守っていた。


「そうか、リオちゃんはここを去った後は、もう戻ってこないつもりなんだね」

 ユーリがどういう意味で言った言葉かは分からないが、養女となり良くして頂いているので、実家を蔑ろにするようなことはしたくない。

「ずっとは戻ってきませんが、長期休暇を利用してこちらへ来て、王都で取り組んだ進んだ技術などの提供はしたいと思っています」

「うーん、言い方を変えようか。薬師になった後は、ずっとここに住むわけではないんだね?」

「はい…そうですね」


 ふむ…ユーリは呟いた。

「じゃあ、僕も決めた」

 ん?何を?リオは首を傾げてユーリを見上げた。ものすごく晴れやかな顔をしていた。

 何か分からないが、彼の中で何かが突然解決したのだろう。

「先に待ってる」

 と、ユーリは可笑しそうに笑って言った。

「もう昼食の時間だね。その花束を持とうか?部屋に持っていけば良い?」

 ユーリはサクッと花束を持ち上げ、スタスタと屋敷に入って行った。

 リオもスコップと釜をバケツに入れて、ユーリを追いかけた。

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