第29話 カピバラの癒し方

 受付嬢に挨拶してから、部屋の中に入る。


 ザ・真っ暗。


 廊下は何処からか、春の日差しのように明るいのに、なぜ部屋は暗いのか。

 一旦廊下へ出て、手持ち台の蝋燭に火をつけようとして、その芯になる部分がなくなることに気付いた。


 一階へ降り、受付で蝋燭が無くなったことを伝えると「それは非常灯用です」と言われた。

 じゃあ、どうやって明るくしているのか?


「ここに手を当てるんです」

入ってすぐの壁面に、研究棟で見た様な白いパネルがあり、リオが手を置くと明るくなった。

「これってどういう仕組みなんですか?」

「これはですね、光魔術の方の波動の石を寮全体に行き渡るように、回路を埋めてあるんです」

 どこかに明かりの発生装置である石があり、それに回路をつけて、スイッチで明るく…って電気のような、そうでないような?

「あの、波動を石にするとはどういうことでしょう」


 うーん、と言って受付嬢は人差し指をあごに置いて上を少し向いた。

 その人差し指をくるくると頭の横で回して丸を作る。

「丸い石があるんです。その丸い石は魔力を貯めやすく、調整しやすいんです」

 リオはあの測定室にあったような丸い石のようなものかな?と想像した。


「その石に光魔術の人が魔力を流して、石を光系に変えるんです。それが波動を石にするということです。そうすれば、光を蓄えるので、供給出来る石になります。便利でしょ?」

「はい、すごく便利です。私の住む村には無かったから…」

「つい最近ですよ、この機能になったのは。とても便利ですよね!」

「最近なんですか、へぇー」


 明かりが壁から出てるのか、どこから出てるのか分からなくて不思議に感じた。

「そうです。光魔術の方々が2年前に見つかったのです。最初はラーンクラン国で見つかりました」

「光の属性の方は、たくさんおられるのですか?」

「いいえ。ラーンクラン国にその方1名、その縁者の方々がこの国の方で、現在、登録者はこの大陸では5名のみです」

「5名だけ…それで王都全体はこのような感じになっているのですか?」

「いいえ、実験的に波動を寄与されましたし、光魔術の方自体が大変貴重ですから、王都のごく一部です。王都の中でも下街では全て蝋燭ですよ」

「蝋燭?じゃあ、ここはすごいところなんですね!…その丸い石は、永久的に光を供給出来るのですか?」

「いいえ、大体10年から15年で再度魔力を流してもらわなければなりません。石は割れなければ、永久的に使えますよ」

「そうなのですね、詳しくご説明頂き、ありがとうございました」

「はい、どういたしまして。ベッドの近くにもこの手を置くところがあるので、暗くする時には調整して下さいね」


 部屋って、こんなに明るかったのか。そのくらい、光の波動の力はすごいようだ。

 紅茶を飲もうとキッチンに立つ。

キッチンにも小さいパネルがあり、押さえると火がついた。

 おお、火の波動。

 紅茶を入れ、ほっこりし、辺りを見渡す。色んなところにパネルがあり、細かく何か作動するシステムに驚く。


 でも、よく考えたら、昨日と今日、シャワーやトイレを使用した時、パネルを押していた。あれ、水の波動か。前世のシャワーやトイレをイメージしていたから、なんの抵抗もなく押していたようだ。


 そこでふと気付く。

 水といえば、母の魔法。

 羊皮紙に乾燥を促進させる魔法を練り込んだものは、母の水の波動ということになる。魔術を物に練り込むということは、自分はすでに知っていたのだ。


 紅茶を継ぎ足し、買ってきたサンドイッチを食べる。中はハムとたまご、きゅうり、レタス。材料を知っているし、とても美味しい。

 でも、何となくこの世界の常識を知らないこと。それが、悔しいのか、情けないのか、悲しいのか。なんだか分からないけど、食堂で食べる食事よりも味気なく感じた。


 自分はこれからどうなりたいのか、あの村の近くで薬師を続けたいのか。


 一度、このような便利な生活を体験してしまうと、沼の不自由な寂しい生活には戻れないのではないか。では、ここで学んだ事を活かして違う土地で生きていくのか。

 違う土地で生きていくには、もっとこの世界の事を学んでいくことが必要なのではないか。


 部屋の中にいると何故かそんなことをグルグル考えてしまう。


 気分転換しないと…リオは窓の外を見た。


 門限は22時。その時間までまだ時間があるので、研究者女子寮と騎士団女子寮の間の中庭に降りて出てみた。


 空を見上げると、やたら小鳥や虫が飛び回り、地面近くは小動物が走り回っている。


 これ、もしかして伝令の子達?

 ベンチに座ってみていると、結構な数の生き物がウロウロしているので面白い。

 前世のメールが目に見えるようなものだったら、きっとこんな感じでないだろうか。


 そこにぬらりと現れたカピバラ。

「あっ!」

 通り過ぎようとしていたがリオの声にびっくりして、横目でチラッと見る。

「もしかして、あなたも伝令?」

 リオの方に寄ってきて、前のように足元でごろんと寝転ぶ。

「よしよし、いい子だね」


 ポテポテのお腹を撫でる。カピバラはすこし目を瞑って、されるがままになっていた。

「私、この世界の知識が足りないみたい。それに、変わった魔法らしくて、測定室では分からなかったんだー。これからどうなるのか、ものすごく不安だよ」

 話しかけながら、毛並みを整えていく。ゆるりとした腹回りが暖かい。


 知識がなければ、今から知れば良い。知ることの手段は沢山ある。本を読むのも一つ、人に聞くのも一つ。怖がらないで模索しよう。間違ってたら、違うよってそこで訂正できて、後にならずに良かったってなるからね。先に知識を得る事。それからまずは取り掛かろう。


「そうだね…。明日、図書館へ行って色々学んでみるね」


 カピバラを撫でていると、何となく、そんな言葉が頭を浮かんできた。

 歳をとっても人生勉強だって、前世の旦那も言っていたし、若いなら尚更、間違えても問題ないし、頭にも入りやすいはずだ。

 

 お腹をポンポンと軽く叩く。プリプリしてて、何か沢山食べている感じ。

「ところで、あなたは、誰の伝令さん?」

 カピバラって何系なんだ。トコトコ歩いたり、土を掘っているのを見かけたから土系なのか?しかも、この子はどうやって言葉を伝えるんだろう。


 喋る?…カピバラが喋る?思ったより高い声とか?びっくりするほどイケメンボイスとか?

 もしくは文字を書く?何となく、紋付き袴姿で大きい半紙にまたがり、大きい筆を不器用な手で持つカピバラが可愛くて想像して笑った。


 『何だよ』と、そんなことを言いそうな顔をして、カピバラがリオを見た。

「君、寄り道してて良いの?」

 ゴロゴロしていたのに、急にスクッと立ち上がり、トコトコ王宮の方へ歩いて行った。

「連絡先はそっちで合ってるの?」

 一瞬振り向きかける。

 不器用なのかな、カピバラちゃん。でも、なんだかとても癒された。

「ありがとう、主によろしくね!」


 ツーン。それが返事だった。

 

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