第28話 石の検証 その5/5

 カゴの中のラット5匹は、一見すると正常なようだ。今後、どのような変化があるのか別の場所で観察をするらしい。


「どうしてリオちゃんが手を包むと煙が消えたんだろう。何か呪文とか、そういうのを唱えた?」

 ルーカスが首を傾げてリオを見る。


 リオはあの時、リンクの声に驚いて思わず掬い上げ、土系のラットを探して包み込み、背中を撫でた。何か、考えていただろうか…。

「煙が無くなれば良いとは思いましたけど、呪文とかは何も…」

「うーん、それがリオちゃんの持っている魔力ということ?」

 

 マイヤーが、それならば!と明るい声を出す。

「もしかしたら型に秘密があるかも知れないわ!隣の部屋へ行きましょう。シャイン副部長、ちょっとここで石を見ててね」

 奥の机でシャインが手を上げた。


 隣の測定室はさらに小さい部屋だった。4畳ほどの部屋に2畳ほどの室内サウナのような小屋がある。

「この中に入るの」

 リンクが、久しぶりだと言いながら内部を覗く。小さい頃から土系とは知っていたが、どのくらいの容量なのか騎士団に入る前に測定したそうだ。


「では、この中に入ってね」

 内部はラピスラズリのような群青色の世界が広がっている。中央にその群青色の大きい玉があった。

「これに両手と額を当ててね」

 大きい玉は自分の目線より30センチ以上高い位置にあった。台に乗っても見上げるようにして、玉の下側面に手を当て、額を付ける。

「出来たー?」

「はーい!」

 覗き穴もないし、窓もないし、マイヤーは出て行った後、大声で確認するしかないようだった。しかもドアを閉めたあとは、真っ暗闇になる。

「じっとしててねー!」

「はーい!」


 ひんやりとした玉が額に当たって気持ちいい。静かに目を閉じると、紫の煙になって消えたはずの母が、何か言おうとしているイメージが見えた。何を言いたいの?何か伝えてくれるの?



 母はキッチンに立っていた。見覚えのあるキッチン。しかしテーブルの位置がかなり高い。リオは椅子の上に乗る。

 キノコを山で取ってきたようだ。2人で食べられる用と薬用にキノコを寄り分けている。


 この記憶は…。

 リオが前世を思い出す前の、かなり小さい時の記憶だろうか?

「お母さん、これ黒くて、くさってる」

「えっ、また?…普通に見えるけど、調べてみるね…」

 母はヒラタケ、ウスヒラタケと言いながら本をめくる。

「あ、ツキヨ…偉いね、これ毒キノコだったわ」

「どくキノコは黒くてくさってるの?」

「黒くて腐って見えるの?」

 うん。リオが頷く。

「リオは毒が分かるのかも知れないね」

 母が綺麗な笑顔でフワリと微笑み、目の前が真っ白になった。


 マイヤーがドアを開けて、外の光が入ってくる。白さはその眩しさだった。

「リオちゃん、大丈夫だった?返事がなかったから心配したわー!長くかかってごめんなさいね」

 リオとしては数分の感覚だった。

「ど、どのくらいの…」

 自分でも驚くほどの、喉の渇き具合だった。足もふらつく。

「2時間」

「2時間?!」

「今まで最長は1時間だったから、2倍の

時間を要してからの、1位よ」

 いやいや、そんな1位は…。


「それで、私の型は分かりましたか?」

 マイヤーが小さく首を振る。

 リオもマイヤーの意味が分からないというふうに、首を傾げる。

「分からなかった、ごめんなさいね」

 申し訳なさそうに眉を挟めるマイヤー。

「えっ!そんなこと、あるんですか?」

「まぁ、稀でしょうね」

「この装置は一般的に多い型、5つの型と最近判明した光、雷、氷を調べられる装置なの。だからイレギュラーな人がいた場合は当てはまらないわ。リオちゃんは光かと思ったんだけど…」

 マイヤーは中央の丸い玉をタオルで拭きながら言った。


「この懐古装置から何かご神託はあった?」

「カイコ装置?」

 マイヤーはちょっと考えて、こう答えた。

「うーん、過去のリオちゃんに誰かから、なにかしら型を言われていた場合は、そのことを思い出させて、見せてくれる装置のことよ」


 頭がまだボーッとするけど、見た事を思い出すようにあごに手を置き、下を向いた。

「母が出てきました…」

「うんうん」

 リオの頭を撫でるマイヤー。

「まだ小さかった私とキノコを仕分けていました」

「キノコを取ってきたの?」

「はい。そこで、私が黒くて腐ってるキノコを見つけました」

「黒くて、腐ってる?」

「はい。母には黒く見えていなくて、普通に見えていたようです」

「…そう」

「母は本でキノコを調べて、これは毒キノコだと褒めてくれました」

「良いお母様だったのね」

「ありがとうございます。その母が、言ったんです。あなたは毒が見えるのかも知れないって」

「毒が…見える…、それはリオちゃんが初めての型かも知れないわよ…ってことはあの2人も毒が見える…」

 ふむ…と、マイヤーは思案しながらタオルを畳んで、測定室から出て鍵を閉めた。


 廊下に出ると、外は暗くなっていた。


 隣の実験室にはシャインが待っており、戻るとリオの型を聴いて、マイヤーと同じような思案する顔をした。

 リンクとルーカスはそれぞれの持ち場へ帰ってもらったらしい。


「リオちゃん、今、打合せをするから、待っている間にこの本でも見る?」

 マイヤーが渡したのは魔獣図鑑。パラパラとめくると、今までに騎士や街人が遭遇した低級魔族の絵が解説付きで載っていた。

「はい、ありがとうございます」


 マイヤーとシャインで奥の机で少し打ち合わせをしているようだ。こちらまで何を話しているか分からないから、周囲に聞こえない腕輪でもしているのかも知れない。

 

 魔獣図鑑には前に沼で遭遇した犬も書いてあった。何々?

 ウォッチャードッグ。犬形態。集団で生活し、肉食。他の魔族との遭遇時、必ず近くにいることからウォッチャーと名付けられた。遠吠えは、他の魔獣を呼び寄せる。毛色は黒。赤目、一つ目。

 遠目でしか知らなかったけど、一つ目?それは怖い。


 本から目を離すと、マイヤーがこちらに向かってくるのが見えた。

「明日は休日なのよ。リオちゃんはどうするの?」

 どうするもこうするも、特に用事はない。明日が休日なんて、今知ったくらいで、自分があまりに何も知らなくて少し驚いた。


「私も今晩から忙しいし…何か欲しいものとかある?」

 何か欲しいもの?今はこの場所の常識だろうか?

「私はこの国の事をよく知らなくて。もしあれば、国語辞典や歴史書などが見たいのですが」

 それを聞いてシャインが図書館を閲覧できるように提案した。


 騎士団の方か、研究員の方か2つ図書館はあるようで、2人は話し合って、研究員の図書館にしたようだった。

 今からリンカに手続きをしてもらうと明日の朝から入れるようになるとの事で、シャインがお願いに行き、図書館までの地図はマイヤーに書いてもらった。


 すでに暗くなっていたので、食堂へと勧められた。8時で食堂は閉まるらしい。リオは食堂横の購買でサンドイッチを購入し、部屋へ戻ったのだった。




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