第15話 続きまして怒号地獄
いい大人になると...特に社会的地位を獲得すると注意されることがめっきり減り、他人が怒鳴られているのに実は自分自身に降りかかる修羅場には免疫が切れていて、ドキドキすることはありませんか?
そんな怯えている弱みを見せるようなヘマはしませんよ。
でも心情的に早く過ぎ去れ、ここで怒鳴るなよと思いませんか。
必殺仕事人、侍女たちにピカピカにしてもらい、ジェリスに可愛い可愛いと何回も言われ、有頂天になっていたリオ。
確かに事前注意は受けていた。
「1人だけ面倒臭い人がいるのね、一応、上司でありとても優秀な人なのよ?そして一応、位の高い貴族でありながら人選は公平、一応、みんなのためを思っていて、国のことも思っている方なの、一応、大声や口の悪さは悪気はないのよ」
一応って言葉、これほどどういう意味か分からなくなるほど言われたことはない。
執務室らしき重厚感漂う扉をノックする。
「いる」
低く、威圧するような声。事前情報が尋常じゃないため、先入観からか短い返事がすでに怖い。ヒャーと心が言う。
「失礼します。かの件の参考人、薬師のリオさんをお連れしました。リオさん、こちらはナイジェル・クレムソン第二騎士団隊長です」
ジェリスが困った顔をして見る。はい了解です、空気は読めます。
「ご紹介頂きました、ラーンクラン国ソール村近くの沼地に住む薬師、リオと申します。どうぞよろしくお願いします」
「ふむ」
掴みはOK。
「して、この瓶の中にあるものの中身から紫の煙が出ていると」
ガラス瓶を冷ややかに見下ろしながら、眼鏡の位置を正す。
リオも瓶を見つめる。昨日と同じように煙は石から発せられモワモワしている。蓋に近づこうとするが手を引っ込めるような行為をそれはまだ続けていた。
「今も見えてるのよね?」
「お前には聞いとらん!!」
獣の叫びかと思うほどの大声。
心臓が跳ねたようにびっくりしたが、自分が怒られたわけではないから大丈夫、ギュッと手を握りしめながら見た様子を話す。
「はい、見えています。ガラス瓶の中は紫の煙で充満しています」
「どのような風にだ?」
どのようなって?このモワモワした感じを表現する事はとても難しい。取り敢えず見たままの濃淡を答えられるように石を見つめた。
「はい。石の付近が濃いです。石全体からその煙はガラス内へ広がり、その他の空間は霧のように薄くなっています」
「ガラス瓶を抜け出そうか?」
「いいえ。外へ出ようと蓋へと近づくと煙は少し力を溜めたように濃くなりますが、手を引っ込めるような感じで隙間に近付けません」
「このガラスは特殊なものか?」
「いえ、井戸の水で煮沸消毒したガラス瓶ですので、特殊かどうかは分かりません」
「では、どこで入手した」
「私が生まれた時にはすでにあったので分かりません」
隊長は冷ややかにガラス瓶を見下ろしため息をついた。
隊長の目線がこちらから外れたことで余裕が出来たので、横のジェリスをチラリと見やると、目を少し細めて小さく頷いた。
「おい、副部長!ガラスの構成と他に見えた者がいるのか報告せよ!」
リオ達が立っている後方カーテン近くから人がゆっくり一歩踏み出した。
まさかそこにずっと人が居るとは思わず、驚いたリオは心臓の前で手を組んだ。ジェリスが心配そうにリオを見る。
「ガラス瓶の成分は特殊なものではありませんが、セリウムが多いかと」
「どういう事だ」
「太陽の光などにある紫外線を他のガラスよりは微量に弾いています」
隊長はガラス瓶の側面を軽く撫でた。
「他に見える者はいたのか?」
「昨日の出勤者に該当者は居ませんでした」
昨日だと?隊長は小さく呟く。
「今日は!!」
「まだ揃っておりませんでし...」
「ばかもーーん!!これを持って今すぐ全員集めて見せろ!休暇のやつも呼びつけろ!詳細は説明するな!見えるか否かを聞くだけだろうが、チンタラするんじゃねぇ!」
「は!」
副部長はすぐにガラス瓶を抱え、隊長に一礼して部屋から出て行った。
「こけるなよ!ばかもんが、何もかも遅くせぇ!」
どかっと革張りの椅子に腰を下ろし、窓の外へ身体を向け息をついた。
「騎士団でも見える者の把握を。リオさんに時間を割いてもらう。その対応を」
「承知」
こちらを見ずに、下がって良いと手を払う。2人は一礼して、廊下へ出た。
ジェリスには日常のことなのだろう。執務室の感想を言わず、凛と姿勢を正して無言で廊下を歩く。
研究班の人が走った方向へ向かっているようだった。
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