第8話『ウォータースライダー』

 これからプールに入るので、結衣はスマホをロッカーにしまうために一旦、女子更衣室の中に戻っていった。

 およそ1ヶ月ぶりに結衣の水着姿を生で見て、キスして、ツーショット写真を撮ったら、プールで遊ぶのがますます楽しみになってきた。


「お待たせ、悠真君」


 スマホをロッカーに戻すだけだからか、結衣はすぐに戻ってきた。


「じゃあ、プールに行こうか!」

「ああ、行こう」


 俺は結衣の左手を握り、彼女と一緒に屋内プールに入る。


「おおっ、凄いな……」


 道路から見ても大きな施設なのは分かっていたけど、実際に屋内プールの中に入るとかなりの広さだと実感する。

 見渡していくと、普通のプールや流れるプール、学校にもある25mプール、小さな子供が遊んでも大丈夫そうな水深の浅いプールと様々な種類のプールがある。プールサイドにはサマーベッドがたくさん置かれているので、プール内でゆっくりと休むこともできそうだ。

 また、正面には大きな青いウォータースライダーが存在感を放つ。ゴールと思われる場所からは勢いよく水が出続けており……あっ、今、浮き輪に乗った人がゴールしてきた。その人はプールに落ちて、大きな水しぶきを上げている。

 平日の昼過ぎだからなのか、人はそこまで多くない。ただ、夏休みなので、来ている人達は俺達のような学生のカップルやグループ、親子連れと思われる人が多い。


「立派なプールだな。ここなら何時間でも遊べそうだ」

「でしょう? サマーベッドでゆっくりもできるし。とりあえず軽く準備運動しようか。ストレッチとかして」

「そうだな。そういえば、海に入る前にもやっていたよな」

「やったね。準備運動して筋肉や関節をほぐすのは大切だからね」

「確かに」


 体を痛めたり、ケガをしたりしてしまったら、楽しいプールデートが台無しになっちゃうからな。準備運動はしておこう。

 他の人の邪魔にならないように、俺達は端の方に移動して軽く準備運動する。

 準備運動をしている結衣の姿はとても綺麗で艶やかだ。あと、さっき肌が触れたときには柔らかさを感じたけど、体を動かす結衣を見ると全身に程良く筋肉がついていて、無駄な脂肪がついていないと分かる。ストレッチが習慣になっているからその賜物だろう。


「あの青いビキニの子、凄く綺麗だな……」

「そうだな。出るところは出てて、引き締まっているところは引き締まってて。いい体してるな。あの金髪の男が羨ましい……」


「凄く美人だし、スタイルは抜群だし……どこかのモデルかな?」

「どうなんだろう? 見たことないなぁ。彼氏っぽい人が近くにいるし違うんじゃない? ただ、モデルでも女優でも芸能活動したら凄く人気出そう!」


 と、性別問わず結衣についての話し声が聞こえてきて。すぐ近くにいるから、俺に触れてくる人もいる。

 準備運動をしながら周りを見てみると、多くの人がこちらを見ている。改めて、高嶺結衣という俺の恋人が魅力的な見た目の持ち主だと実感する。

 当の本人は……微笑みながらストレッチしている。どうやら、全然気にしていないようだ。水着姿でも注目を浴びるのは慣れっこなのかな。


「よしっ、このくらいでいいかな」

「俺も準備運動終わったよ」

「うんっ。さあ、悠真君。どこから行ってみようか?」

「そうだな……ウォータースライダーかな。あんなにも存在感を放っているし、どんな感じか気になってさ。いきなりだけど、結衣さえ良ければ」

「もちろんいいよ! ウォータースライダー大好きだしっ!」


 はつらつとした声でそう言ってくれる結衣。そんな結衣の目は輝いていて。凄く可愛いな。あと、俺の希望にここまで喜んでくれて嬉しい。結衣がウォータースライダー好きであることを覚えておこう。


「よし、じゃあまずはウォータースライダーに行こうか」

「うんっ!」


 元気良く返事すると、結衣は俺の手をぎゅっと握ってくれる。そのまま結衣に手を引かれる形で、俺達はウォータースライダー乗り場の入口まで向かう。迷いなく歩くことからして、結衣はこれまでにたくさん遊んだことが窺える。


「ここのウォータースライダーは専用の浮き輪に乗って滑るタイプなの」

「そうなのか。さっき、浮き輪に乗ってゴールした人がプールに落ちてたのを見たよ」

「勢いよくゴールするからね。あと、浮き輪は1人用と2人用があるから、2人用に乗って一緒に滑ろうよ」

「おっ、それはいいな。一緒に滑ろうか」

「うんっ」


 結衣はニコッと笑ってくれる。1人で滑るのも楽しそうだけど、2人で滑った方がより楽しめるだろう。それに、今はプールデートだからな。

 ウォータースライダーの入口に到着する。そこには若い男性のスタッフさんがおり、1人用か2人用の浮き輪のどちらにするか訊かれた。結衣が元気よく「2人用で!」と答えると、スタッフさんが笑いながら2人用の浮き輪を俺に渡してくれた。

 きっと、ウォータースライダーは大人気なのだろう。スタート地点に向かう階段の途中から並んでいた。俺達はその最後尾に並ぶ。


「悠真君と一緒に滑るのが楽しみだな!」

「俺も楽しみだよ。今の結衣を見ていると、ウォータースライダーが大好きなのが伝わってくるよ」

「大好きだよ! スリルのある絶叫系のアトラクションが好きで。遊園地だとジェットコースターとかフリーフォールとか」

「そうなんだ」


 結衣は絶叫系好きか。そういえば、結衣とまだ遊園地デートをしたことがなかったな。今年中に一度は結衣と遊園地に行ってみたい。


「悠真君ってウォータースライダーはどう? 行こうって言うだけあって、ダメな感じはしないけど」

「怖いとは思うことはあるけど、それなりに楽しめるかな。遊園地の絶叫系も同じ感じ」

「それなら良かった。ここのウォータースライダー、水の流れがあるから結構早く滑るの」

「そうなんだ。そういえば、小学生の頃、夏休みの家族旅行で行ったホテルに立派なプールがついててさ。そこにあったウォータースライダーのコースが長くて、しかも流れも速くて怖かったなぁ。芹花姉さんがウォータースライダー好きで、何度も付き合わされて。まあ、そのおかげで楽しめるほどに慣れたんだけどね」

「ふふっ、そっか。悠真君らしい。私も小学生の頃に家族旅行で行ったホテルが、ウォータースライダーもあるプール付きで。両親や柚月と一緒によく滑ったよ」

「そうなんだ」


 結衣のウォータースライダー好きは小さい頃からだったのか。御両親や柚月ちゃんと一緒によく滑ったってことは、高嶺一家はみんな絶叫系好きなのかも。特に柚月ちゃんは。

 当時のことを思い出しているのか、結衣は楽しげな笑顔を浮かべている。


「悠真君。その浮き輪は前後に座るタイプなの。前と後ろ……どっちがいい?」

「そうだな……初めてだし、こ、怖くない方で」

「ふふっ。じゃあ、私が前で悠真君が後ろにしようか。後ろに座れば私の後ろ姿が見えるから、多少は怖さが紛れるんじゃないかな」

「そっか。じゃあ、その形で乗ろう」

「うんっ」


 結衣は楽しそうに頷いた。

 結衣とウォータースライダー絡みのことを話していたので、気づけば階段を上り終わってスタート地点の場所に到着していた。水の流れるコースが見えるとちょっと緊張してくるな。


「もうすぐだね!」

「あ、ああ」


 俺とは対照的に、結衣は階段にいたときよりもさらにワクワクした雰囲気に。そんな結衣と一緒だから、何だか大丈夫そうな気がしてきた。

 その後も待機列は進んでいき、いよいよ俺達の番に。

 スタート地点に2人用の浮き輪を置いて、事前に話した通り、結衣が前、俺が後ろに腰を下ろす。結衣の後ろ姿が見えるな。


「は~い! カップルさんいってらっしゃ~い!」


 スタート地点の近くにいる女性のスタッフさんはそう言うと、俺達が乗る浮き輪を押した。

 コースを流れる水の上に乗ったことで、結衣との初ウォータースライダーがスタートした。


「悠真君、スタートしたね!」

「スタートしたな!」

「これから段々スピードが上がっていくよっ!」


 滑り始めて興奮しているのだろうか。結衣の声が普段よりも弾んでいる。あと、これからスピードが上がると教えてくれるなんて。怖いと言ったからだろうか。

 ただ、結衣の言う通り、段々とスピードが上がってきたぞ! 体に水しぶきがかかってきたし!


「速くなってきたああっ!」

「そうだねー!」


 きゃーっ! と結衣は楽しげな黄色い声を上げている。俺もそんな結衣と一緒に「おおっ!」と何度も叫ぶ。

 それからもスピードを上げながら滑っていく。

 途中、下り坂の傾斜が急になってスピードが格段に上がったり、エグい角度のコーナーでは浮き輪が左右にかなり揺れたりと、かなりのスリルポイントがあって怖い! 

 ただ、結衣の姿は常に見えているし、結衣は「きゃーっ! きゃーっ!」と黄色い声を上げ続けている。だから、段々と楽しい気持ちも膨らんできた。

 俺達の乗る浮き輪は勢いに乗ったままゴール地点に到着した。ただ、その瞬間、

 ――バシャッ!

 勢いよく到着したのもあり、俺と結衣は浮き輪から投げ出されてプールに落ちた。

 滑っている間に水しぶきは浴びていたけど、プールに入るのはこれが初めて。だから結構冷たく感じる。

 プールの底に足を付けて、俺は水面から顔を出す。


「ぷはあっ、冷たいな!」


 結衣は……どうだろう? 周りを見ても……ひっくり返っている俺達が乗ってきた浮き輪は見つかったけど、結衣の姿は見つからない。まさか、勢いよくプールに落ちたことと水の冷たさのせいで、水中で気絶しているのか?

 プールに潜って結衣を探そうとしたとき、


「ぷはっ!」


 浮き輪の向こう側から結衣が姿を現した。結衣の姿を確認できて一安心だ。

 結衣は両手で顔についたプールの水を拭い取ると、


「気持ちいい……!」


 満面の笑顔でそう言った。その姿がとても綺麗だから、思わず見惚れる。プールの水で体が冷やされたのに、内側から段々熱くなっていく。

 結衣は周りを見て、俺のことを見つけると……俺を見つめながらニッコリと笑う。その姿は本当に可愛い。


「1年ぶりだけど、ここのウォータースライダーは楽しいなっ!」

「いっぱい叫んでたもんな。最初は怖かったけど、結衣と一緒に滑ったから段々楽しく思えてきたよ」

「そう思ってくれて良かった。悠真君と一緒だから、今までで一番楽しいよ!」

「それは嬉しい言葉だ。俺も今までのウォータースライダーの中で一番楽しかったよ」

「……嬉しい」


 そう言うと、結衣は俺のすぐ目の前までやってきて、キスしてきた。そのことで体の熱がさらに強まって。さっきは冷たく感じたプールの水がちょうどよく思えてきた。

 数秒ほどして、結衣は唇を離す。俺と目が合うと白い歯を見せながら笑う。そんな結衣が可愛くて、今度は俺からキスした。


「結衣。楽しかったからもう一度滑らないか?」

「もちろんいいよ! 悠真君から滑ろうって言ってくれて嬉しいな」

「ありがとう。今度は俺が前の方に座っていいか? どんな感じか気になるんだ」

「前はよりスリルがあるよ~。悠真君、大丈夫かなぁ? さっき、たくさん叫んでたし」


 結衣はちょっと意地悪そうな笑顔で俺にそう言ってくる。そんな結衣も可愛くて。


「そ、それはやってみないと分からないな。よし、行くぞ」

「うんっ!」


 俺は2人用の浮き輪を持ってプールから上がり、結衣と一緒に再びウォータースライダーの入口へ向かう。

 再び並んで、今度は俺が前の方に座ってウォータースライダーを滑る。結衣の言う通り、後ろに座ったときよりもスリルがあって怖いけど、後ろから常に聞こえる結衣の黄色い声のおかげでとても楽しく感じられたのであった。

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