第6話『先輩後輩のような』
「ユウちゃん、結衣ちゃん、お待たせ!」
待っててね、とメッセージをもらってから数分ほど。芹花姉さんとノースリーブのワンピース姿の月読さんが俺達のところにやってきた。2人が小さく手を振ってきたので、俺達も小さく手を振った。
「どうもです、お姉様! 月読さん、こんにちは!」
「こんにちは、月読さん」
「2人ともこんにちは。芹花ちゃんから、情報科学科とうちの生命科学科の模擬授業に参加したって聞いたよ。どうだったかな?」
「どうだった?」
芹花姉さんと月読さんが模擬授業の感想を聞いてくる。まあ、自分のいる学科の模擬授業も聞いたから、どんな印象だったか気になるのだろう。もしかしたら、未来の後輩になるかもしれないし。
「どちらの学科も面白かったです。情報科学科はAIで、生命科学科は食生活っていう結衣や俺にも関わりのあることが題材でしたし」
「高校生向けの模擬授業でも堅い内容なのかなって思っていたんですけど、どちらも引き込まれました。終わるまであっという間でした!」
「そっか! 面白いと思ってもらえたなら良かったよ」
「そうだね、芹花ちゃん。今日のオープンキャンパスで、うちの大学により興味を持ってくれたら嬉しいな」
落ち着いた笑顔で月読さんはそう言う。
「うちの大学の学生になってくれたらもっと嬉しいな! 生命科学科の学生になってくれたらもっともっと嬉しいな!」
芹花姉さんはとても可愛い笑顔でそう言うと、俺と結衣の手をぎゅっと掴んできた。
もし、現役でこの大学に合格したら、芹花姉さんとは通う時期が1年間重なる。姉さんは一日の中で何度も俺に会いに来たり、お昼ご飯を食べたりしそうだ。
「模擬授業を受けて、この大学により興味を持つようになりました」
「私も今までは文系学部ばかり考えていましたけど、理系もいいなって思えるようになりました」
「2人がそう言ってくれて嬉しいよ!」
「在学生として嬉しい言葉だね。……もう正午過ぎだし、お昼ご飯を食べに行こうか。悠真君と結衣ちゃんを連れて行くのは食堂館がいいかな?」
「そうだね。あそこが一番大きな食堂だし、メニューもいっぱいあるからね」
芹花姉さんと月読さんがそんな会話をしている。今の会話からして、この大学には食堂が複数あるようだ。立派なキャンパスだしそれも納得かな。
「ユウちゃん、結衣ちゃん。これから学生食堂に行くよ。うちの大学で一番大きな食堂なの」
「この2号館の近くにある食堂館っていうところにあるの」
「そうなんですね」
「楽しみです!」
俺達4人は食堂館にある学生食堂に向かって歩き始める。芹花姉さんと月読さんにキャンパスの案内をしてもらいながら。こうして一緒に歩いていると、結衣と一緒にここに通っていて、姉さんと月読さんが先輩に思えてくるよ。
ただ、歩いていると、男子中心に視線が集まり、
「あのグループの女子可愛いな……」
「みんな在学生かな? それとも高校生かな。あの金髪の男子が羨ましい……」
「ブラウスを着ている女子と手を繋いでいるから、あの人が彼女なんだろう」
といった話し声も聞こえてくる。結衣、芹花姉さん、月読さんはみんな魅力的な容姿の持ち主だもんな。あと、4人とも私服姿だし、今日はオープンキャンパスだから高校生なのか在学生なのか判別できないのだろう。結衣が楽しそうに手を繋いでいるおかげか、俺に向けた嫌味な言葉はない。
当の本人達は……雑談やキャンパス案内に集中しているのか、全く気にしている気配はない。
「あそこが食堂館だよ。食堂と生協の売店が入っているの」
そう言って、芹花姉さんは食堂館を指さす。1号館や2号館よりも小さな建物だけど、食堂と考えれば十分に立派だと思う。
俺達は食堂館の中に入り、1階の学生食堂へ。
「うわあっ、凄い……」
「広い食堂だなぁ」
食堂に入った瞬間、結衣と俺はそんな言葉を漏らす。
食堂の中にはとても多くの座席が用意されている。長テーブル、6人用、4人用、2人用、窓側にはカウンター席と様々な種類の座席がある。ざっと見た感じ、500席はあるんじゃないだろうか。2階へ行ける階段や外に繋がる自動扉もある。
オープンキャンパスだからか利用者は多いが、広い食堂なので空席もそれなりにある。
「ふふっ、いい反応。私達も入学直後はこういう反応をしたよね」
「そうだね、懐かしいな。……この食堂が一番大きくて、サークルの先輩の話だと、1階と2階、テラス席を合わせて1000席以上あるらしいよ」
「そんなにあるんですね!」
「これだけ広くて2階とかも使えるなら納得だ。これが大学の食堂か」
「テレビとかドラマで見たことあるけど、大学の食堂って広くて素敵な雰囲気だね!」
「ああ」
「ユウちゃんと結衣ちゃんをここに連れてきて正解だね。空席も結構あるし、座席は確保せずにカウンターに行こうか。ここの食堂では、丼ものとカレー、定食、麺類でカウンターが分かれているの。注文したメニューを受け取ったら、レジに行って代金を払うっていうシステムになっているよ」
「へえ、そうなんだ」
「面白いですね。まずはどんなメニューがあるか見てみましょう」
それから、俺達は食堂の入口近くにあるメニュー表を見ていく。
写真付きなので、美味しそうだと思えるメニューが結構多いな。あと、学生向けの食堂だからか、普通のお店よりもかなり安い値段で設定されている。300円から400円台ものが多く、シンプルな内容のメニューだと200円台のものもある。お財布に優しいな。素晴らしい。
「……俺、冷やし担々麺にしようかな」
「私はツナとトマトの冷製パスタがいいなって思ってた」
「じゃあ、俺達は麺類のカウンターだな」
「私はチキンカレーにするから違うカウンターだね」
「私は生姜焼き定食にするから、3人とも違うな。麺類は少し時間がかかるから、私か芹花ちゃんで4人用のテーブル席を確保するよ」
「ありがとうございます」
「お願いします!」
芹花姉さんと月読さんとは一旦別れ、俺は結衣と一緒に麺類カウンターの待機列の最後尾に並ぶ。1列なので結衣が先に。ざっと見た感じ、15人くらい並んでいるだろうか。
「どうして麺類は少し時間がかかるのかなぁ?」
「う~ん……注文をしてから麺を茹でるとか? 茹でた麺の作り置きはできないだろうし」
「伸びちゃうもんね。それはありそう」
結衣は納得した様子でそう言った。
キャンパスの雰囲気のことや午前中に参加した2つの模擬授業について話しながら、待機列での時間を過ごす。
たまに周りの様子を見ると、芹花姉さんと彩乃さんがそれぞれ自分の食べたいメニューをお盆に乗せてレジに行く様子が見えた。
ゆっくりとではあるが、俺達の順番は着実に近づいていく。
「次の方、注文をどうぞ~」
「ツナとトマトの冷製パスタをお願いします」
「冷製パスタね。次の金髪の子もどうぞ~」
「冷やし担々麺の大盛りをお願いします」
「冷やし担々麺の大盛りね。少々お待ちを~」
お腹が空いているし、大盛りでも問題なく食べられるだろう。
カウンターの中を見てみると、パスタや中華麺を茹でている様子が見える。結衣が微笑みながら「当たってたね」と俺に耳打ちしてくれた。そのことで何だか嬉しい気持ちになった。
「は~い、冷製パスタと担々麺の大盛りお待ち~」
「ありがとうございます!」
「ありがとうございます」
俺と結衣は注文した料理をトレーの上に乗せる。冷やし担々麺も結衣の冷製パスタも美味しそうだ。
レジへ向かって代金を支払う。冷やし担々麺は大盛りでも420円。素晴らしく安いと思いながら支払った。
レジの近くにあるティーサーバーで冷たい緑茶を注いでいると、
「ユウちゃん、結衣ちゃん」
芹花姉さんが迎えに来てくれた。レジで精算している姿が見えたので来てくれたとのこと。
飲み物を用意した後、俺と結衣は芹花姉さんの案内で、月読さんが待っている窓側の4人席のテーブル席へ向かった。姉さんのチキンカレーも、月読さんの生姜焼き定食も美味しそうだ。
俺と結衣は隣同士の席に座る。また、俺の正面には芹花姉さんが座っている。
「それじゃ、いただきます!」
『いただきます!』
芹花姉さんの号令で俺達は昼ご飯を食べ始める。
冷やし担々麺は普通のラーメンのようにに麺がスープに浸かっているのではなく、冷やし中華のようにタレが麺にかかっているタイプ。麺全体にタレが絡むように混ぜ、一口食べる。
「……うん、美味い」
辛くてコクのある味噌味のタレが細めの麺に絡まっていて美味しい。辛いけど、麺もタレも冷たいから夏の今の時期にいいな。
「冷製パスタ美味しいです!」
「2人の口に合って良かった。麺類含めて美味しいメニューが多いから、ここで食べることが多いの。ね、彩乃ちゃん」
「そうだね。しかも安いし。席が多いから、昼休みの時間でもちゃんと座れるからね。あと、お昼ご飯を食べるときだけじゃなくて、次の講義まで時間があるときもここにいることがあるよ」
「そうなんですね!」
「とても広くて、ゆったりできそうな場所ですもんね」
周りを見てみると……俺達のように食事をしている人達だけでなく、友人達と談笑していたり、イヤホンをつけて携帯ゲームに熱中したりしている人もいる。食堂棟という名前だけど、ラウンジとしての空間も兼ねているのだろう。そんなこの場所は、きっと学生達にとっての憩いの場なのだと思う。
「お姉様と彩乃さんはサークルの集まりがあったそうですけど、夏休みの時期に集まるときってどんなことをするんですか?」
「9月にサークルメンバーで行く予定の旅行についてと、11月にある文化祭にサークルとして出すものについて話し合ったよ」
「旅行については行き先や宿。文化祭については合同誌を出す予定だから、どういった内容のものを出すかについてだね」
「そうなんですか! どっちも楽しそうですね」
結衣はニッコリ笑いながらそう言う。
俺のイメージ通りというか、大学のサークルは夏休みに旅行に行くのか。9月だと大学生以外は夏休みが終わるし、暑さも和らいでくるから旅行に行くのにはいいのかもしれない。
あと、ここの大学は11月に文化祭があるのか。何人も関わる合同誌だし、早めに着手するのに越したことはないだろう。
「9月のサークル旅行が今から楽しみだよ。芹花ちゃんと初めての旅行だし……」
そう言って、芹花姉さんを見る月読さんは、何故か頬がほんのりと赤くなっていた。
「私も楽しみだよ、彩乃ちゃん。あっ、ちゃんと2人にはお土産買ってくるからね」
「ありがとうございます。楽しみにしています」
「ありがとう。あと、旅行中は気をつけてください」
世の中、何があるか分からないし。それに、芹花姉さんも月読さんも1年生で、見た目も中身も魅力的な持ち主だから。
それからも、大学のことやアニメのことなどで話が盛り上がりながら、4人でお昼ご飯を楽しんだ。結衣とは一口交換もして。そのおかげで、大盛りの冷やし担々麺は難なく完食することができた。
芹花姉さんも月読さんもこの後は予定がないということで、昼食後は2人に東都理科大学の中を案内してもらった。2人が所属するサークルに挨拶もした。
高校までとは建物の数や広さが段違い。理系の大学なので様々な実験施設や研究施設もあって。国公立なのもあるから、ここを志望する理系の高校生は多そうだと思った。
「キャンパスの中を案内してもらってありがとうございました! 個別のキャンパスツアーをさせてもらった感じです」
「ありがとうございました。大学の雰囲気を味わえました」
キャンパスの中を一通り歩き終わり、正門を出たところで、結衣と俺は芹花姉さんと月読さんにそんなお礼を言った。オープンキャンパスには在学生によるキャンパスツアーがあるので、結衣が個別でしてもらったと言うのも納得だ。
「いえいえ! ユウちゃんと結衣ちゃんにキャンパスの中を案内して、ちょっと早めに先輩気分を味わえて楽しかったよ。ありがとう!」
「2人を見ていたら、私がオープンキャンパスに来たときのことを思い出したよ。ここに入学できて嬉しい気持ちになれて。芹花ちゃんとも会えたし。私が2人にお礼を言いたいくらい。ありがとう」
芹花姉さんは明るくニッコリと、月読さんは落ち着いた優しい笑みを浮かべながらお礼を言ってくれた。俺達がいることで、2人にとっていい時間になったようで嬉しい。
俺達4人は四鷹駅の方に向かって歩き出す。
「ユウちゃん。結衣ちゃん。オープンキャンパスに来てみてどうでした?」
「悠真君達のおかげで素敵な時間を過ごせました!」
「模擬授業も食堂も大学の中の案内もとても良かったです」
「そっか! なら良かった」
「進路について考えるいい材料になるといいね」
「はい。今日のことを通じて、悠真君と一緒にキャンパスライフを送りたくなりました! それと同じくらいに、悠真君と違う大学になっても自分の学びたいことを学べる場所に行くのがいいなって思いました」
結衣は笑みこそ浮かべているけど、真剣さも感じられる表情になっていた。俺と一緒にキャンパスライフを送りたいと言うのは予想できたけど、違う場所でも学びたいところに行くのがいいと言うのは意外だ。
「2つの模擬授業はどちらも面白くて。色々な大学について調べたり、足を運んだりして進路を考えていきたいなって思って。悠真君も特に情報科学科の方は真剣に聞いていましたから。悠真君の姿を見たら、その気持ちがより強くなって」
「そうか。まあ、大学も学ぶ場所だからな」
「もちろん、悠真君と同じ大学の学部学科だったり、違う学部学科でも同じキャンパスに通えたりしたらそれに越したことはないけどね!」
「ははっ、そうだな。俺も同じ気持ちだ。結衣と一緒に大学にいる時間が楽しかったからな」
同じ大学に進学できたら、きっと楽しい大学生活になるだろうなって何度も思ったから。
結衣の頭を撫でると、結衣はとても嬉しそうな笑顔を見せてくれた。一瞬だけどキスもしてきて。
「ユウちゃんも結衣ちゃんもしっかりと考えていて偉いなぁ。私、高1の夏休みはバイトしたり、友達と遊んだりすることが多かったから」
「私はアニメ観たり、好きなキャラのイラストを描いたりとか趣味に没頭してた。2人はしっかりしているね。きっと、2人ならいい進路を考えて、それが実現できると思うよ」
「私もそう思う」
芹花姉さんと月読さんは優しい笑顔でそう言ってくれた。
オープンキャンパスは今日が初めてだったけど、進路のことについて考えるいい機会にもなった。色々な大学があるので、今後も結衣と一緒に他の大学のオープンキャンパスにも行って、2年生の文理選択の参考にしていきたいと思う。
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