第9話『胡桃の誕生日』

 華頂家のみなさんによって、俺達4人はパーティー会場であるリビングに案内される。

 壁には『HAPPY BIRTHDAY』を描かれた桃色のガーランドと、赤いハートや金色の星形のバルーンが飾られており、リビングが可愛らしい空間になっている。


『おおっ』


 結衣、伊集院さん、中野先輩がほぼ同時に可愛らしい声を漏らす。そんな3人の視線はローテーブルに向いている。そこには特大サイズの苺のショートケーキが置かれていた。かなりの存在感を放っているなぁ。美味しそうだ。

 また、ケーキ以外にも、ローテーブルにはクッキーとマカロンも置かれている。どちらも複数の色があり、カラフルでとても見栄えがいい。これらも美味しそうだ。


「どのスイーツも美味しそうですね!」

「特にケーキが美味しそうなのです!」

「ケーキかなり大きいね。クッキーやマカロンも色々な種類があって。華頂ちゃん、これって家族みんな作ったの?」

「はい。昨日から作っていきました。ただ、ケーキはお母さんとお姉ちゃんが作りました。マカロンは昨日あたしが。クッキーはお父さんとあたしで作ったんです。家族でスイーツ作りをするのも、あたしはプレゼントだと思っています」

「そうなんだ。良かったね、華頂ちゃん」


 中野先輩の言葉に、胡桃は笑顔で頷く。

 家族全員でこの3種類のスイーツ作りをしたのか。素敵な家族だな。あと、そういった時間もプレゼントだと思うと胡桃が言ったからか、御両親と杏さんはとても嬉しそうだ。

 ローテーブルの周りには複数の種類のクッションが8つ置かれていた。その中には以前、胡桃の部屋で座ったクッションもある。8人でパーティーをするので、胡桃の部屋や杏さんの部屋から持ってきたのだろう。

 結衣や胡桃達の指示で、俺は結衣と隣同士に座る。

 ちなみに、座る位置は俺から時計回りに中野先輩、夏芽さん、蓮さん、杏さん、胡桃、伊集院さん、結衣。また、俺の正面の位置に夏芽さんが座る形だ。

 夏芽さんと蓮さんが8人分の飲み物を用意してくれることに。コーヒーと紅茶のどちらがいいかと訊かれたので、俺はアイスコーヒーのブラックをお願いした。

 結衣も俺と同じくブラックコーヒーをお願いしていた。最近、結衣は甘いものを食べるときならブラックコーヒーを飲めるようになった。今回もケーキとスイーツがたくさんあるので、ブラックでも大丈夫だと判断したのだろう。

 夏芽さんと蓮さんが飲み物を用意してくれる間に、杏さんは特大ショートケーキにろうそくを刺している。赤、青、黄色、緑の4色あるので、ろうそくが刺さると華やかな見栄えに。


「ねえ、悠真君」

「どうした、結衣」

「悠真君のスマホに『ハッピーバースデートゥーユー』のギター演奏のデータって入ってる?」

「ああ、入ってるよ」

「良かった。杏樹先生のときみたいに、その演奏をベースにみんなで胡桃ちゃんに歌わない?」

「おっ、それはいいアイデアだ」

「そう言ってくれて良かった」


 結衣はニコッと笑う。

 1ヶ月遅れで俺の誕生日を祝ったときも、福王寺先生の誕生日を祝ったときも俺のギター演奏を使って、みんなで『ハッピーバースデートゥーユー』を歌った。もちろん、胡桃も楽しそうに歌っていて。だからきっと、胡桃も喜んでくれるんじゃないだろうか。


「じゃあ、夏芽さんと蓮さんが戻ってきたら提案してみる」

「了解」

「お待たせ~」


 夏芽さんの声が聞こえたのでキッチンの方を見ると、夏芽さんと蓮さんがマグカップやグラスを乗せたトレイを持ってこちらに戻ってきた。

 ただ、蓮さんの持っているトレイには空のグラスとボトルも乗っている。ボトルのパッケージの雰囲気からしてワインだろうか。蓮さんが呑むのかな。俺の両親もケーキを食べるときに赤ワインを呑むことがあるし。

 はいどうぞ~、と言いながら夏芽さんと蓮さんは飲み物を各々の前に置いてくれる。俺と結衣には夏芽さんが置いてくれた。

 空のグラスとボトルは蓮さんが自分の席の前に置く。蓮さんは自分の席に座ると、ボトルの蓋を開け、中身をグラスに注いでいく。その見た目からして赤ワインで確定だろう。

 夏芽さんも席に座った直後、「あの」と結衣が右手を挙げた。


「私から提案がありまして。胡桃ちゃんの誕生日パーティーなので、胡桃ちゃんにみんなで『ハッピーバースデートゥーユー』を歌うのはどうでしょう? 悠真君の弾いたギター演奏の音が彼のスマホにあります」

「杏樹先生の誕生日のときのように歌うのですね」

「華頂ちゃんの誕生日だもんね。あたしは賛成」


 そう言って中野先輩が右手を挙げると、賛同の意志を示すかのように伊集院さんもすぐに右手を。俺もその流れに続く。


「そういえば、胡桃が前に言ってたね。みんなで福王寺先生に歌ったって。お姉ちゃんも賛成」


 杏さんも優しく笑いながら手を挙げてくれる。


「2人が大きくなってから歌わない年もあったけど、久しぶりに歌ってみるのも楽しそうね」

「そうだな、母さん。あとは胡桃次第かな」


 蓮さんは手を挙げないけど、胡桃の御両親も賛同してくれる。

 あとは胡桃次第だ、という蓮さんの言葉もあり、俺達の視線は本日の主役である胡桃に集まる。胡桃はいつもの優しく穏やかな笑顔を見せ、


「歌ってくれると嬉しいです。杏樹先生に歌ったとき、自分の誕生日のときもみんなで歌ってくれるといいなぁって思っていましたから」


 と、歌ってほしいと希望してくれた。全員が賛成し、胡桃も希望したので結衣は嬉しそうな笑顔を見せる。


「では、決定ですね! 杏さんと夏芽さん、蓮さんは悠真君のギター演奏で歌うのは初めてですから、私一人でお手本で歌いますね。悠真君、お願い」

「うん」


 スマホのボイスレコーダーアプリを使って、以前録音した『ハッピーバースデートゥーユー』のギター演奏を再生。結衣はその演奏に合わせて歌い始める。

 結衣の歌声は学校の音楽の授業やカラオケなどで何度も聴いているけど、伸びのある綺麗な声だと思う。お手本でも楽しそうに歌うので引き込まれる。また、初めて聴くからか、杏さんは「おぉ」と声を漏らしていた。


「……こんな感じです」


 お手本の歌唱が終わると、杏さんと夏芽さん、蓮さんは結衣に拍手を送る。


「胡桃が言っていたように、結衣ちゃん歌上手だね」

「そうねぇ、杏。お母さん、聴き入っちゃった」

「歌上手だね、高嶺さん。あと、低田君のギター演奏も上手だ」

「ありがとうございます。父の影響で、ギターを弾くのが趣味なんです」

「おぉ、そうなのか」


 感心した様子の蓮さん。

 あと、今のような言葉を、福王寺先生の誕生日パーティーのときに先生の妹のはるかさんにも話したっけ。


「では、今のような感じで歌いましょう。名前の部分も『胡桃』にしましょう」


 結衣のその言葉にみんな頷いた。

 杏さんが着火ライターでショートケーキに刺したろうそくに火を点けていく。そのことで、ケーキがより誕生日ケーキらしくなっていくなぁ。ちなみに、ろうそくは……16本あるのか。胡桃の年齢に合わせたのかな。

 全てのろうそくに火を点け終わると、杏さんはリビングの照明を消した。そのことでリビングの中がだいぶ暗くなる。真っ暗ではないが、ろうそくの火中心に明るくなっているので雰囲気が出ている。


「いい雰囲気ですね! じゃあ、悠真君、お願いします」

「はい」


 俺がアプリの再生ボタンをタップし、『ハッピーバースデートゥーユー』のギター演奏が流れ始める。その演奏に乗せて、俺達7人で胡桃に『ハッピーバースデートゥーユー』を歌っていく。

 リビングの中は暗いけど、胡桃が嬉しそうな笑みを浮かべているのははっきりと見えた。


『胡桃、お誕生日おめでとう!』


 歌い終わると、俺達7人で胡桃に祝福の言葉と拍手を贈った。胡桃は白い歯を見せながら笑い、俺達と一緒に拍手をする。


「みんなありがとうございます! じゃあ、消しますね!」


 元気よくお礼の言葉を言うと、胡桃は大きく息を吸い込む。その際に頬がかなり膨らむのがとても可愛らしい。

 ――ふーっ!

 ケーキに刺さるろうそくの火に向かって、胡桃は息を吹きかける。

 息を吹きかける強さとコントロールがいいのか、ろうそくの火が次々と消えていく。ただ、一気に16本は無理だったようで、残り3本のところで胡桃はもう一度息を吸い込んでいた。

 ――パチパチ!

 全てのろうそくの火を吹き消した瞬間、俺達は再び拍手をした。

 杏さんが再び電気を点けると、胡桃のとても嬉しそうな笑顔が見えた。

 ショートケーキを作った夏芽さんと杏さんが、ケーキを切り分けていく。特大サイズで作ったので8等分ではなく、12等分したものを食べることに。

 ケーキを12等分するのは難しそう……と思いながら見ていると、指示する杏さんと包丁で切る夏芽さんの連携プレーが凄い。非常にスムーズにケーキを12等分に切り分けることができた。切り終わった瞬間、胡桃と結衣と伊集院さんが「おおっ」と拍手をしていた。

 各々のお皿に12等分されたショートケーキが行き渡る。


「全員の前にショートケーキ行き渡ったね。胡桃、お誕生日おめでとう! いただきます!」

『いただきまーす』


 杏さんの号令で俺達はショートケーキを食べ始める。

 フォークで一口サイズに切り分け、口の中に入れる。


「……美味しい」


 ふんわりとしたスポンジはほんのり甘く、甘い生クリームとの相性が抜群だ。いちごの酸味がいいアクセントになっていて。専門店で高いケーキを買ってきたんじゃないかと思えるくらいに美味しい。こんなに美味しいなら、8等分も楽に食えたんじゃないだろうか。

 夏芽さんが用意してくれたアイスコーヒーを飲むと……うん、コーヒーも美味しい。苦味がしっかりしていて俺好みだし、甘いショートケーキに合っている。


「ケーキとっても美味しい!」

「美味しいですね、胡桃。プロが作ったのかと思うほどです」

「あたしも同じことを思ったよ、伊集院ちゃん」

「俺は専門店で売っているクオリティだと思いました」

「高いお金を出して買いたくなるほどに美味しいよね、悠真君」

「夏芽はもちろんだが、杏もケーキ作りが上手だからな。さすがだ。もちろん胡桃も」

「ふふっ。お母さん、お姉ちゃん、ケーキ作ってくれてありがとう!」


 胡桃が満面の笑顔でお礼を言う。夏芽さんと杏さんは嬉しそうな笑顔を見せる。


「胡桃が喜んでくれて嬉しいわ」

「私も嬉しいよ」


 夏芽さんと杏さんはそう言い、胡桃の斜め前に座っている杏さんは胡桃の頭を撫でている。撫で始めた瞬間に杏さんの笑顔が優しいものになって。それは芹花姉さんが俺に向ける笑顔と重なる。姉特有の表情なのだろうか。

 俺はクッキーとマカロンを自分のお皿に取り、それらを一つずついただく。


「クッキーもマカロンも美味しいな」

「ありがとう、ゆう君。ゆう君に美味しく食べてもらえて嬉しいな」

「さすがはスイーツ部。ただ、クッキーは蓮さんも一緒に作ったんですよね」

「ああ。胡桃の指示で生地を練ったり、薄く伸ばしたりした。凄く楽しかったよ」


 そう言うと、蓮さんは持っていたグラスに入っていた赤ワインを一気呑みし、俺に向かってサムズアップしてくる。微笑んでいるけど、頬もほんのりと赤いし……これは完全に酔っ払っているな。


「そうだったんですね。良かったですね」

「ああ。……それにしても、胡桃が友達と楽しくケーキやスイーツを食べている姿を見られて、お父さんは幸せだ……」


 しみじみとした様子でそう語ると、蓮さんの両目には涙。


「あらあら。主人はお酒を呑むと涙もろくなるの。胡桃の誕生日だし、ワインを呑むって分かった瞬間にパーティー中に一度は涙を流すと思ったわ」

「そ、そうなんですね」


 さすがは妻。夏芽さんは微笑みながら蓮さんの頭を撫でている。心温まる光景だ。

 涙もろい性格もあるだろうけど、胡桃のことを大切に想っているのが蓮さんが涙を流す一番の理由なんじゃないだろうか。

 その後は胡桃絡みの思い出を語り合ったり、スマホで写真をたくさん撮ったり、結衣とケーキを一口食べさせ合ったりするなどして、パーティーの時間を楽しむのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る