第2話『福王寺先生からのお願い』

「さっそく本題に入りましょうか。福王寺先生」


 俺のその言葉を受けてか、福王寺先生はそれまで浮かべていた笑みを消し、真剣な表情になる。先生は俺達の目を見て、


「実はコアマ絡みで3人にお願いがあって。今回のコアマでは、欲しい会場限定の特典が付くサークルの新刊や、コアマ限定の企業グッズがたくさんあって。だから、私の代わりにいくつか買ってきてほしいと思っているの」


 やっぱり、コアマで頒布される本絡みのことだったか。あとはグッズもか。コアマでしか買えないグッズはたくさんあるからなぁ。


「3人も明後日はコアマに行くって教えてくれたよね。みんなは自分の買い物で手一杯かな?」

「さっき電話したように、私と悠真君はお姉様が売り子をしているサークルに顔を出すのが目的で。あと、私はコアマに一度も参加したことがないので、悠真君と一緒に会場の中を歩いて雰囲気を味わいたいなと」

「結衣の言う通りです。あと、今のところ、結衣も俺も買いたいものは特にありません」


 もちろん、会場を廻る中で、買ってみたいと思うものが見つかれば買うつもりでいる。


「なるほどね。胡桃ちゃんは確か、企業ブースの方に行くってメッセージをくれたよね」

「はい。株式会社カリフラワーっていう企業のブースで、『ソングプリンス』っていうゲームの新作キャラソンCDが先行販売されるんです。あたしの好きなキャラの曲も収録されますし、コアマで先行販売されるCDだけに、スペシャルボイスドラマも収録されて。そのバージョンは事後通販の予定もありませんから、コアマで買いたいと思っています。目的はそれだけで、あとは企業ブース中心に廻ろうと思っていました」

「そうなんだね。ちなみに、私もカリフラワーで販売されるソンプリのキャラソンCDを買いたいと思ってるの!」


 自分も同じものを買いたいと分かったからか、胡桃を見る福王寺先生の目が輝いている。

 胡桃が企業ブース目的でコアマに参加するとは知っていた。その目的はソンプリという女性向け恋愛ゲームのキャラソンCDだったのか。限定のスペシャルボイスドラマが収録されると知ったら買いたくなるよな。事後通販の予定がないなら尚更に。


「3人の予定は分かったわ。……もしよければ、低変人様と結衣ちゃんはサークルの一般向けの新刊、胡桃ちゃんは企業ブースでグッズを代わりに買ってもらえないでしょうか。コアマの入場料はもちろんのこと、当日の交通費や食事代、飲み物代などの諸経費は全て私が払います」


 そう言うと、福王寺先生はクッションから立ち上がり、


「どうか、お願いしますっ!」


 力のこもった声でそう言うと、俺達に向かって深く頭を下げてきた。まさか、担任教師にコアマのことで頭を下げられる日が来るとは。

 俺達は3人で互いのことを見合う。


「2人とも……どうする? 特に悠真君。私は……買い物の代行をしてもいいかなって思ってる。あと、入場料や交通費とかがタダになるのはいいなって思うし」

「……まあ、結衣と俺の目的らしい目的は、芹花姉さんが売り子をするサークルに顔を出すことだけだからなぁ。それに、どうしても買いたいものがあってコアマに参加した経験もあるし。あと、結衣の言うように、入場料や交通費とかが浮くのは魅力的だと思う」

「あたしもタダで入場できたり、行き帰りできたりするのはいいなって思うよ。金井からだとそれなりにかかるし。あたしの目的はソンプリのCDだけですし、それを優先していいなら」

「もちろんいいよ、胡桃ちゃん!」


 依然として頭を下げたまま、大きな声でそう言う福王寺先生。今の先生の返答を受けて、胡桃は持ち前の優しい笑顔を見せる。そんな胡桃を見てか、結衣は明るい笑顔に。


「じゃあ、みんなで杏樹先生に協力しようか!」

「そうだね! 結衣ちゃん!」

「よし、協力するか」


 俺達のできる範囲で、福王寺先生の買い物に協力しよう。

 協力すると返事をしたからだろうか。頭を上げた福王寺先生の顔には、とても嬉しそうな笑みが浮かんでいる。


「みんなありがとう!」


 普段よりもかなり高い声でそうお礼を言うと、福王寺先生はさっき以上に深く頭を下げた。この反応からして、俺達に買ってきてほしい本やグッズは相当手に入れたいものであると窺える。

 福王寺先生は再びクッションに座る。持ってきたトートバッグから、ペットボトルのカフェラテを取り出し、それを一口飲んだ。


「じゃあ、低変人様と結衣ちゃんはサークルで頒布される一般向けの本や同人誌。胡桃ちゃんは企業ブースでグッズをお願いします」

「分かりました、杏樹先生!」

「結衣と一緒に買ってきます」

「企業ブースの方は任せてください」

「ありがとう! 買ってほしいリストはあとでLIMEで送るね!」


 そう言う福王寺先生の声は弾んでいて。当日も、先生の買いたい本や同人誌を買って、今のような笑顔にしたいなと思う。


「ちなみに、福王寺先生は当日何を買うつもりなんですか?」

「成人向けのオリジナル本と同人誌よ! もちろんエロい意味で!」


 とっても元気良く言う福王寺先生。そういえば、先生の部屋の本棚には成人向けの同人誌も入っていたっけ。


「会場限定の購入特典で冊子やグッズをもらえるサークルが多くてね。これは自分で買わないといけないから」

「まあ、成人向けですからね」


 俺達3人は高校生だから買えない。さすがの福王寺先生でも、現役の教え子に成人向けコンテンツを買ってほしいとは頼まないか。色々な意味で安心した。……いや、教え子に対して、エロい意味での成人向け同人誌を買うと宣言するのはヤバいかもしれない。


「3人に頼めて良かったよ。ほっとした」

「その言い方だと、私達以外にもメッセージを送ったり、電話を掛けたりしたんですか?」

「うん。妹のはるかに弟の雄大ゆうだい姫奈ひなちゃん、千佳ちかちゃん、芹花ちゃん、柚月ゆづきちゃん。あとは何人かの学生時代の友達にね」


 旅行メンバーにはみんな声を掛けたのか。中学生の柚月ちゃんにまで言うとはなぁ。


「ただ、みんな用事があってね。お盆の時期と重なるから帰省する子もいて」

「そういえば、姫奈ちゃんは土曜日からお父さんの実家に帰省すると言っていましたね。あと、柚月にも声を掛けていたんですね」

「旅行を通じて仲良くなったし、お盆の時期だから部活も休みかなと思ってね。ただ、部活は休みなんだけど、友達と遊ぶ予定が入っているからごめんなさいって返信が来て」


 柚月ちゃんの所属する女子テニス部は、夏休み中は練習のある日が多いと聞く。だから、休みの日には友達と遊ぶ予定を入れるのは自然なことだろう。


「芹花ちゃんとか学生時代の友人とかコアマに行く予定の子はいて。でも、売り子をやったり、買う予定のものがたくさんあったりするからお願いできなくてね」

「なるほどです」


 福王寺先生はたくさんの人から断られていたのか。それなら、俺達3人に買い物の代行をお願いできたことにほっとするのも納得できる。


「低変人様、結衣ちゃん、胡桃ちゃん。当日はよろしくお願いしますっ!」


 福王寺先生は明るい笑顔で元気良くそう言ってくる。

 当日は可愛い担任教師のために協力しつつも、結衣達と一緒にコアマを楽しむことにしよう。

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