第17話『今夜、海の見える部屋で。』

「足湯気持ち良かったね、悠真君」

「そうだな、結衣。色々話したから時間が結構経ったな」


 海水浴や温泉、夕食のことなどを話していたら、気づけば足湯に入り始めてから30分以上経っていた。足湯と結衣の優しい温もりのおかげで、とてもリラックスできた。

 持参したハンカチで足湯に浸かっていた部分を拭いていく。脛のあたりくらいまでだからハンカチでも十分だな。


「悠真君と一緒だったし、抱き寄せてくれたから今までで一番気持ちいい足湯だった」

「足湯そのものの要素が全然ないな。まあ、俺も結衣と寄り添っていたから、今までで一番気持ち良かったよ。凄くリラックスできた」

「私もリラックスできたよ。……ねえ、悠真君。近くにコンビニがあるから、そこで飲み物やお菓子を買ってから旅館に帰らない?」

「おっ、いいな。そうしようか」


 足を拭き終わり、下駄を再び履いた俺達は、近くにあるコンビニへ向かう。足湯で体が温まっていたので、コンビニの中は結構涼しく感じられる。

 飲み物はボトル缶のブラックコーヒーにしようとすぐに決められたけど、お菓子やスイーツは何を買おうか迷う。ただ、今は静岡への旅行中なので、抹茶味のバームクーヘンを選んだ。

 結衣は飲み物もお菓子もじっくりと見ており、ペットボトルのストレートティーとチョコソース入りのマシュマロ、サラダ味のスティックタイプのスナック菓子を選んでいた。

 コンビニを後にした俺達は、ゆっくりとした歩みで潮風見に戻る。502号室へ戻ったときには午後11時近くになっていた。さっき入った足湯の温もりもいいと思ったけど、空調が効いたこの部屋の涼しさはもっといいと思う。

 俺達は広縁にある椅子に向かい合う形で座った。俺はレジ袋からボトル缶コーヒーを取り出す。


「ちょっと待って、悠真君。せっかくだから乾杯しない? 初めての旅行中だし」

「いいな。やろうか」

「うん、ありがとう」


 そうお礼を言うと、結衣は楽しげな様子でレジ袋からペットボトルの紅茶を取り出す。

 きっと、これから結衣と一緒にたくさん旅行に行くだろう。でも、初めての旅行は今日だけだもんな。乾杯したいと思う彼女の気持ちが分かる。


「悠真君! 初めての旅行に乾杯!」

「乾杯!」


 ボトル缶を結衣の持っているペットボトルに軽く当てる。蓋を開け、ブラックコーヒーを一口飲む。


「……美味しい」


 これまで、このボトル缶コーヒーはたくさん飲んできたけど、今までの中で一番美味しく感じる。結衣との初めての旅行中だからだろうか。それとも、紅茶を美味しそうに飲む浴衣姿の結衣が目の前にいるからだろうか。

 しばらくの間は、この缶コーヒーを飲んだら今回の旅行のことを思い出しそうだ。


「紅茶美味しい!」

「それは良かった。お菓子を食べるか」

「うんっ!」


 それから、コンビニで買ったお菓子を食べ、海などの夜景を見ながら結衣と喋ったり、テレビのバラエティ番組を観て一緒に笑ったりした。

 こういう時間は、お互いの家で泊まったときにも過ごしたけど、旅行中なのもあり特別感があって。物凄く楽しい。


「あぁ、食べた飲んだ笑ったぁ。楽しいなぁ」


 コンビニで買った飲み物や食べ物を一通り味わった後、俺達は敷かれた布団の上で仰向けになった。今日は海でたくさん遊んだからか、凄く気持ち良く思える。

 食事やお菓子を食べた後にこうして仰向けになっていると、眠くなることがたまにある。でも、今は全く眠気が来ない。日付が変わるまであと僅かな時刻になった今でも。きっと、そうなる理由は……このまま眠ったらもったいないこと。隣で仰向けになっている結衣と、もっと夜の時間を過ごしたいと思っているからだろう。

 結衣の方をチラッと見ると、結衣はこちらに体を向けて横になっていた。俺と目が合うと結衣はニッコリ笑ってくれる。

 布団の上で体を横にしたときに、浴衣が着崩れたのだろうか。結衣の着る浴衣の隙間から、胸の谷間や青い下着がチラッと見えて。そんな艶やかな姿に凄くドキッとし、全身に強い熱が広がる。


「結衣……」


 結衣に近づいて、俺からキスをする。そのことで、紅茶とお菓子の匂いが香ってきて。


「んっ……」


 結衣の甘い声が聞こえた瞬間、結衣から舌を絡ませてきた。そのことで、紅茶とお菓子の匂いが濃厚になって。

 しばらくの間、結衣と抱きしめ合ってキスする。気づけば、俺が結衣に覆い被さった体勢になっていた。

 俺から唇を離すと、結衣はうっとりとした様子になっていた。たくさんキスした後だから、結衣の呼吸も乱れていて。唇は湿っていて。顔は真っ赤になっていて。さっき以上に浴衣がはだけ、デコルテから胸のあたりまで見えていて。それがとても色っぽくて。


「とっても甘くて美味しいキスだったよ、悠真君」

「俺もそう思った」


 俺は結衣の首筋にキスする。


「あっ……」


 そんな結衣の可愛らしい声が聞こえた瞬間、結衣は体をビクつかせる。

 再び結衣の顔を見ると、結衣はやんわりとした笑みを見せてくれる。


「まさか、首筋にキスされるとは思わなかったよ。ビックリしちゃったよ」

「……色気が凄かったので」

「ふふっ。ねえ、悠真君。温泉のあるところに泊まりに来て、こういう雰囲気になったら悠真君に言ってみたい言葉があるの」

「……聞かせてくれ」


 俺がそう言うと、結衣は俺の目をしっかりと見つめて、


「温泉だけじゃなくて、私にも浸かって?」


 甘い声でそう言ってきた。


「ははっ」


 結衣の言った内容にドキッとするけど、俺は自然と笑い声を漏らしていた。そんな俺の態度が気に入らなかったのだろうか。結衣は不機嫌そうな表情になり、少し頬を膨らませる。それすらもとても可愛い。


「ど、どうして笑うの。温泉がある旅先での最高の誘い文句だと思ったのになぁ」

「ごめんごめん。言ってみたい言葉があるっていうフリがあったからかな。内容にドキッとはしたけど、結衣らしくて笑っちゃったんだ」


 正直に理由を話し、右手の人差し指で膨らんだ結衣の頬をツンツンする。

 すると、結衣は「ふふっ」と楽しげに笑う。


「そういうことか。まあ、何言っているんだって反応されるよりはいいか。それで……どうかな?」

「……結衣を堪能させてくれ」


 結衣と一緒に旅行に行き、結衣と2人きりの部屋で泊まれると決まったときから、夜は……結衣と体を重ねたいと思っていたから。

 結衣は持ち前の明るい笑みを見せてくれる。


「嬉しい。……両隣の部屋には泊まっている人がいるから、迷惑にならないように気をつけないとね」

「そうだな」


 就寝やゆったりした時間の邪魔をしないように気をつけないと。もし、胡桃達に声が聞こえたら、明日の空気は何とも言えないものになりそうだ。

 結衣に吸い込まれるような形で、再び俺からキスをした。




 それからは主に布団の中で結衣に浸かった。肌を重ねた。

 旅先の部屋という普段と違った環境であること。

 海水浴では水着姿の結衣を見たり、日焼け止めを塗ったり、抱きしめ合ってキスしたりしたこと。

 足湯に入ったときは、寄り添い、すぐ側から太もも付近まで生脚を見たこと。

 それらの理由で、いつも以上に結衣を求めた。結衣も普段より積極的に動くから、彼女も俺と同じ心境なのかもしれない。

 結衣はとても温かくて、柔らかくて、甘くて。好きだと言ってくれるときの顔は本当に可愛くて。そんな結衣が本当に愛おしいと感じるのであった。




「今夜もたくさんしたね、悠真君」

「ああ」


 たっぷりと肌を重ねた後、俺は結衣と同じ布団の中で温もりを共有する。強い温もりだし、結衣と寄り添っていれば、このまま何も着ないで寝ても大丈夫そうだ。


「悠真君、気持ち良かった?」

「気持ち良かったよ。温泉や足湯よりも」

「……嬉しい。私も気持ち良かったよ」


 えへへっ、と嬉しそうに笑うと、結衣は俺の胸元に頭をスリスリさせてくる。そのことで、結衣の髪からシャンプーの甘い匂いがふんわりと香る。


「両隣の部屋に迷惑がかからないように、大きな声出さないように心がけていたんだけどな。気持ち良かったから、たまに大きな声出ちゃった」


 はにかみながら言う結衣。

 窓はちゃんと閉めていたけど……もう過ぎてしまったことだ。ご迷惑になっていないことを祈るしかない。もし迷惑になってしまっていたら申し訳ない。


「あと、私の胸を愛でる悠真君が可愛かったな」

「……特に好きなところだから」

「ふふっ、正直に話す悠真君好きだよ。悠真君のおかげで、胸がFカップになるのは時間の問題だね。旅行初夜を悠真君とイチャイチャできて幸せです」

「俺も幸せだよ。結衣と2人きりで泊まれることになったときから、夜は……したいなって思っていたから」

「ふふっ、そっか。私も。旅行の素敵な思い出がまた一つ増えました」

「俺もだよ、結衣」


 結衣の頭をそっと撫でると、結衣は優しげな笑みを浮かべた。

 ただ、その直後に、結衣は「ふああっ」と可愛らしいあくびをする。


「たくさん体を動かしたから、眠くなってきちゃった」

「今日は海水浴もしたからね。俺も眠くなってきた」

「じゃあ、もう寝ようか。明日は……確か、7時頃に部屋の前で集まって、朝食の会場に行こうって話だったよね」

「そうだったね。今は夜のかなり深い時間だし、スマホで目覚ましをかけておこう。そうしないと寝坊する可能性が高そうだ」

「それがいいね。6時45分にセットしておけばいいかな」

「いいと思う」


 それぞれのスマートフォンで、6時45分に目覚ましが鳴るようにセットする。それでも起きなかったときのために、俺は6時50分にも鳴るようにセットしておいた。


「これでOKだね」

「俺の方もOKだ。結衣、おやすみ」

「おやすみなさい。あと……大好きだよ、悠真君」

「ああ、大好きだ」


 好きな気持ちを伝え合って、おやすみのキスをする。結衣は俺の左腕を抱きしめると、ゆっくりと目を瞑った。

 あくびをするほどだからか、目を瞑ってから10秒ほどで気持ち良さそうな寝息を立て始める。寝顔も本当に可愛いなぁ。そんな結衣の頬にそっとキスをした。


「おやすみ」


 俺もゆっくりと目を瞑る。

 海水浴や夜のイチャイチャでたくさん体を動かしたのもあり、すぐに心地良い感覚に包まれていく。今日はいい夢が見られそうだ。結衣の温もりや甘い匂い、柔らかさを感じながら眠りにつくのであった。

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