後編1

 7月16日、火曜日。

 梅雨らしく、今日も朝から雨がシトシトと降っており、ジメジメした気候だ。天気予報を見ると、来週には2日連続で晴れマークが登場し、梅雨の出口が見え始めている。予報通りになり、梅雨が明けてほしいものだ。

 今日は放課後に三者面談がある。担任の福王寺先生の話だと、期末試験の結果と試験最終日に提出した進路希望調査票について話すそうだ。試験結果が良かったから、三者面談でまずい展開にはならないだろう。

 うちのクラスは出席番号順に予定が組まれているので、今日は伊集院さんも三者面談がある。結衣は明日やる予定だ。

 ちなみに、隣のクラスの胡桃は今日、2年生の中野先輩は明日面談があるそうだ。みんな三者面談を無事に乗り切れるといいな。


「けほっ、けほっ……」


 起床して1階のリビングに行くと、母さんが咳き込んでいて、ソファーでぐったりとしていた。普段よりも顔色が悪い。


「母さん、具合が悪いのか?」

「……うん。起きたときに寒気がするなぁって思っていたの。それで、朝ご飯を作っていたら体が段々だるくなって、熱っぽくなってきて。それで、朝食を作るのはお父さんと芹花にバトンタッチして、今は熱を測っているの」

「そうだったのか……」


 昨日の夜は元気そうに見えたけど、疲れが溜まっていたのかも。母さんは昨日、ファミレスのバイトがあったし。あと、最近は雨が降っていても、一日の気温の差のある日々が続いた。それも体調を崩した一因になったのかもしれない。

 ――ピピッ。

 体温計が鳴ったので、母さんは体温計を手に取る。


「37度8分……結構あるわね」

「そうだね。とりあえず、今日はゆっくり休もう」

「……そうするわ。ごめんね、今日は三者面談があるのに」

「気にするな。父さんに代わりに来てもらうか、福王寺先生に連絡して予定を変更してもらうから」


 三者面談は明日まで。明日に三者面談を変更することになったら、バイトのシフトも調整してもらわないといけないな。


「母さん、熱はどのくらいあった?」


 心配そうな様子で、黒いエプロン姿の父さんがやってくる。


「37度8分」

「結構あるね。まずはゆっくり休もう。お粥を作ったから、ちょっとでもいいから食べよう」

「ありがとう、お父さん」

「ところで、父さん。今日は午後に三者面談があるんだ。急だけど、父さんが高校に来ることってできるかな。午後2時からの予定なんだけど」

「2時か。……今日は2時半から父さんが出席しないといけない会議があるんだ。どのくらいの時間がかかるか分からない」

「そうなんだ。じゃあ、先生に連絡して明日に予定を変更してもらおう。明日の午後は大丈夫かな。予定が組まれているから、たぶん遅い時間になるだろうけど」

「明日は大丈夫だよ。時間が決まったら教えてほしい」

「分かった」

「ちょっと待ったあっ!」


 キッチンの方から芹花姉さんの威勢のいい声が聞こえてきた。そちらに向けると、部屋着に赤いエプロン姿の芹花姉さんがキッチンの入口近くで仁王立ちしている。そんな姉さんの顔にはとてもいい笑みが。何かいい案が浮かんだのかな。


「どうしたんだ、芹花姉さん」

「話は聞かせてもらったよ。あたしに任せて。ユウちゃんの三者面談……私が参加するよ!」


 とても明るい声で芹花姉さんはそんなことを言ったのだ。三者面談に同伴か。姉さんはだからいい笑顔を浮かべていたのか。


「えっと、その……俺のために動こうと考えてくれるのは嬉しいけど、姉さんは大学があるだろう? バイトは……入っていないみたいだけど」


 家族が予定を共有しやすいように、リビングのカレンダーにバイトの時間を書き込む決まりになっている。今日のところを見ると、特に何も書き込まれていない。


「バイトはないよ。あと、午後にある講義が休講になったの。だから、午後は予定が空いているんだよね。今日は1限と2限しかないし、2時からなら十分に間に合うよ」

「なるほど。まあ、予定としては大丈夫なのは分かった。ただ、姉が三者面談に参加するのは大丈夫なのかな」

「OGだし、ちゃんと大学生だし大丈夫だよ!」

「在学生なら分からないけど、卒業生なら大丈夫だと父さんは思う。それに、母さんと父さんは事情があって来られないから」

「……芹花でも、代わりに三者面談に行ってくれるなら嬉しいわ」

「……ちょっと福王寺先生に訊いてみる」


 本来の日時で三者面談ができるのが一番だ。ただ、福王寺先生がOKを出さなければそうすることはできない。

 自分の部屋に戻って、スマートフォンを手に取る。朝だけど、重要なことだし電話で連絡しよう。福王寺先生のスマートフォンに電話をかける。


 ――プルルッ。

『朝から電話だなんてどうしたの低変人ていへんじん様!』


 ワンコールで出てくれたぞ、福王寺先生。朝から電話をかけるのは初めてのことなので、先生の声から動揺した気持ちが伝わってくる。

 ちなみに、低変人というのは、俺がネット上で音楽活動をしているときに使う名前。福王寺先生は低変人の大ファンなのだ。だから、2人きりのときや、低変人の正体が俺であると知っている人しかいない場では俺を『低変人様』と呼ぶ。


「おはようございます、低田です。朝早い時間から電話をかけてすみません」

『ううん、いいのよ。出勤前から低変人様の声が聞けるのは嬉しいし』

「そう言ってくれるのは嬉しいです」

『ふふっ。それで……どうしたの? 体調を崩して学校をお休みするの? 夕方にお見舞いに行ってあげよっか!』


 物凄く元気そうな声でそう言ってきた。

 以前、風邪を引いて学校を欠席したときがあった。その日は放課後に福王寺先生がお見舞いに来てくれたんだよな。ただ、俺の部屋は音楽活動の拠点なので、彼女にとっては聖地巡礼でもあったようだけど。


「俺は元気です。ただ、母が体調を崩しまして」

『あら、そうなの。お大事にと伝えてくれる?』

「分かりました。それで、今日は午後に三者面談があるじゃないですか。元々は母が行く予定だったのですが、体調不良で行けなくなりまして。父は仕事で午後はどうしても外せないみたいで。そうしたら、姉が三者面談に行くと言いまして。担任教師として、姉が参加するのはどう思いますか? 一応、本人は午後の予定は空いていて、両親も姉が行くことを許可していますが」


 低田家としては芹花姉さんが行くことはOKである意思は示しておく。果たして、福王寺先生はどう考えるのか。


『全然いいよ』

「へっ?」


 普通のトーンで福王寺先生が言ったから、変な声が漏れてしまった。そのことに福王寺先生はクスクスと笑う。


『芹花ちゃんが参加していいよ。御両親がOKを出しているし、大学生だからね。全く問題なし』

「分かりました。では、姉にOKの旨を伝えておきます」

『ええ。そっかぁ、芹花ちゃんが来るかぁ。楽しみだなぁ』

「そ、そうですか。今日は午後に姉が来ますので、よろしくお願いします」

『分かったわ。じゃあ、学校でね』

「はい、失礼します」


 俺から通話を切り、1階のリビングに戻る。すると、そこでは母さんが父さんにお粥を食べさせてもらっていた。


「ユウちゃん、どうだった?」

「姉さんでも問題ないって。あと、母さんへお大事にって」

「……そう。じゃあ、芹花……お母さんの代わりに三者面談に行ってきて」

「分かったよ! お姉ちゃんに任せなさい!」


 芹花姉さんはそう言うと、拳にした右手で自分の胸をポンと叩いた。弟の三者面談に行けるからか、とっても嬉しそうだ。

 まさか、三者面談に芹花姉さんが参加する展開になるとは。ブラコンの芹花姉さんと低変人を心酔する福王寺先生が教室で会うのか。何だか嫌な予感がしてきたぞ。

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