第6話『福王寺姉妹-後編-』

「本当に遥は自慢の妹だよ。遥に訊きたいことがあったら何でも訊きなさい。遥が答えづらい質問は姉の私がちゃんと答えるから」

「そういう質問は姉さんも答えないでほしいですけどね。私が答えられる質問なら何でも答えるつもりですよ」

「……では、質問していいですか?」


 胡桃が小さく右手を挙げた。胡桃は大人しくて控えめな性格だから、率先して質問するとは意外だ。よほど気になることがあるのだろうか。


「遥さんは部活やバイトをしていますか? あたしは両方していまして。遥さんも何かやっているのかなと思いまして」

「なるほど。大学では茶道部に入っています。中学からずっと部活で茶道をしていて。バイトは高校時代から地元にあるスイーツ店で接客をしています」

「そうなんですか! 部活でもバイトでもテキパキとしていそうです」

「ふふっ。今でこそちゃんとできますが、始めた頃はどちらもミスが多くて。特にバイトの方では叱られることが何度もありましたね。先輩方に教えてもらったり、姉さんに励まされたりしたので今もやれているんです」

「そうなんですね。ちょっと意外です」


 遥さんはどんなことでもすぐにそつなくこなせる雰囲気がある。だから、ミスが多くて何度も叱られてしまったというのは意外だ。


「はい! 質問があるのです!」


 伊集院さんが元気良く手を挙げる。遥さんは微笑んで「どうぞ」と言う。


「遥さんって、お付き合いされている方はいるのですか?」

「それ、あたしも気になるな、伊集院ちゃん」

「お姉ちゃんの知らないところで、誰かと付き合ってイチャイチャしているの?」


 質問した伊集院さんはもちろんのこと、中野先輩と福王寺先生も興味津々な様子で遥さんのことをじっと見つめている。3人ほどじゃないけど、結衣と胡桃も遥さんを見ている。年齢問わず、女性ってこの手の話題には興味があるのかな。

 恋愛関連の質問をされたからだろうか。それとも、姉達から視線を集めているからだろうか。当の本人である遥さんは頬をほんのりと赤くしてはにかんでいる。


「恋人はいませんね。お付き合いの経験もありません」

「そうなのですかぁ」

「意外ですね。遥さんほどの美貌なら、性別問わずモテそうです」


 伊集院さんと中野先輩はちょっと落胆した様子。惚気話とかが聞けると期待していたのだろうか。

 遥さんはクールな雰囲気で、綺麗な顔立ちをしているので、中野先輩の言う通り、男女問わずモテそうだ。


「性別問わず何度か告白された経験がありますが、付き合う気にはなれなかったので全てお断りました。好きにもなれなさそうなので。大好きな二次元のキャラクターは何人もいるんですけどね。現在は『鬼刈剣』というアニメの前逸ぜんいつ君にハマっていますね」

「私も好きですよ! 前逸君!」


 『鬼刈剣』の大ファンだからか、結衣は嬉々とした反応を見せる。そして、遥さんと握手を交わした。

 前逸はムードメーカーのキャラクター。『鬼刈剣』はシリアスな世界観で、残虐なシーンも多いので、明るいキャラクターに癒されるのかもしれない。

 気づけば、遥さんは俺のことをじっと見つめている。前逸と同じ金髪だからかな。それとも、俺と雰囲気の似ている好きなキャラクターがいるのだろうか。


「……姉さん。写真を見せてもらったときにも言ったのですが、悠真さんって受けって感じの顔をしていますよね。優しそうな雰囲気だからでしょうか」

「実物を見ると、よりそう思うでしょう?」

「ええ!」


 姉妹で楽しそうに何を話しているのだろうか? 嫌な予感がする。


「でも、こういう方が攻めに転じたら凄くキュンとなりそうです! そのときに眼鏡を外したら凄くかっこいいかと!」

「私も同じことを思った!」

「『眼鏡を外した悠真さん×眼鏡をかけた悠真さん』なんてどうでしょう!」

「なっ……! 同一人物のカップリングは考えたことがなかったよ! もはやそれはカップリングとは言えないかもしれないけど。さすがは遥!」

「俺を目の前にして何を話しているんですか!」

『BLです!』


 輝かせた目で俺を見つめながら、姉妹で声を揃えて言ってきたぞ。そのことにゾクッとしてしまう。ヤバいぞこの姉妹。俺は結衣の後ろに隠れる。

 そういえば、以前、福王寺先生が遥さんはBL好きだって言っていたな。福王寺先生との会話の盛り上がり方といい、声の揃え方といい……これは相当な腐女子だ。そして、今が一番、先生の妹さんなのだと実感する。


「怖がる悠真を見るのは初めてだね」

「中学時代から知っていますけど、ここまで顔を青くするゆう君を見るのは初めてですね」

「低田君を見て、色々とBL的な妄想が捗り、興奮してしまう気持ちは理解するのですが、本人の前で言ってしまうのはまずかったと思うのですよ」

「私の恋人でもありますからね。実際に攻める相手は私ですよ! 悠真君、怖かったねぇ」


 そう言うと、結衣は俺の方に振り返り、右手で俺の眼鏡を外す。そして、勢い良く抱き寄せてくる。そのことで結衣の胸に顔を埋める形となる。

 縦ニットのセーターを着ているからか、優しい肌触りだ。セーターの下にはインナーや下着を付けているだろうけど、結衣の胸の柔らかさが伝わってきて。甘く優しい匂いと温もりも感じられるので、気分が段々落ち着いてくる。


「どうかな? 悠真君」

「……凄くいいです」

「良かった。あと、今日のバイトお疲れ様。土曜日にお仕事して偉いね」


 よしよし、と言われた直後、頭に温かくて優しい感触が。結衣が頭を撫でてくれているのだろう。


「ドキドキもしますけど、ほっこりもする光景ですね、姉さん」

「そうね」


 遥さんに変なことを思われていないようで良かった。

 それから少しして、結衣の胸から顔を離し、再び彼女の隣に座る。眼鏡をかけ直して、正面を見てみると、福王寺先生と遥さんは申し訳なさそうな様子で俺を見ていた。


「申し訳ありませんでした、悠真さん。悠真さんのお姿が素敵で、ついBL的な方向で盛り上がってしまいました」

「先生も一緒に盛り上がっちゃった」

「……まあ、妄想するなとは言いません。ただ、俺のいる前で話さないように気をつけてください。身の危険を感じたので」

「分かりました」

「気をつけるよ」

「……では、少しお話をしましたし、そろそろ誕生日パーティーを始めましょうか。みんなで私の作ったチョコレートタルトを食べましょう!」


 結衣のそんな提案にみんな頷く。結衣が元気に提案してくれたからか、部屋の中の空気がすぐに明るさを取り戻したな。

 さあ、福王寺先生の誕生日パーティーの始まりだ。

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