第37話 七週目④

 美人、というほどではないけれど、身だしなみに気を使っているタイプだった。メガネの下もきっとしっかりアイメークをしているのだろう。ストレートパーマをかけたセミロングの髪が、いかにも清楚ですといわんばかりだ。ぴったりでないにせよ、それなりに体の線がわかるワンピースなんて着ている。落ち着いた色で派手さはないけど、隙もない。

 一定以上ずれることのない人、とでも言うのだろうか。私の苦手なタイプだった。飲み会で盛り上がっていても、笑う時は必ず口元に手を添えて笑っていそうだ。そしてこういう人は、「明日用事があるから」と時間になったらきっちり帰っていくのだ。徹夜で本を読んでしまい、一限に出られなくなるようなことはまずないだろう。常にいい子でいられて、本当の自分を出さざるを得ないラインまで追い詰められることがない、要領の良い人。

 こういった状況では、仮に普段の私が好ましく思うような人が現れたとしても、好意的には見られないだろうけれど。直感的に、なんだか違うと思った。会ったことはないけれども、もしかすると町田君のお母さんがああいう人だということなのか。

 逆に、あの人が町田君に惹かれるのはわからなくもない。夢の中での加奈子さんのセリフの通り、町田君は一見すると感じもいいし、見栄えもするし、引き立て役には申し分ない。相手に感情をぶちまけることなどないだろうし、もし結婚でもしたとすれば、家事や子育ては進んでやってくれそうだ。しかし、本当の町田君はそこにはいない気がする。あの人と一緒にいれば、自分はこういう人間だということをあまり主張する必要がないのは、多分確かだろうけれど。

 こういう場面では、誰しも一時的に普段よりも、物の見方が厳しくなるのが常である。寒い中ではあるけれど、一駅分歩くことにする。

 何故、私なのだろう。私ではなく、彼女が巻き込まれればよかったのではないか。最近、この一連の出来事が終わったら、私はもう彼と関わることはないような気がしている。だから私なのか。秘密を持ったまま生きるのが好きな彼は、秘密を知られてしまった人とはもう関わる気になれない。だから敢えて、今後の人生に関わりがなさそうな私が選ばれたのだろうか。尋ねられる人も答えてくれる人もいないまま、ただ目の前で枯葉が宙を舞っていた。

 月曜日もまた休み。普段だったら休みの日はあっという間に終わってしまうのに、いつになく時間の流れが遅い。考えてばかりいないで、動いていたい。雑用でも構わないから、歯車の一部として何も考えずにぐるぐる回っていたい。一人でいるとき、私以外の役割がないときは、否が応でも考えてしまう。何が正しいのか、何をすべきなのか。どこに答えがあるのか、到底解ける気がしない。

 町田君は、むしろ見つけてもらいたくないのではないか。だから、私のように鈍くて、すぐにうっかりミスをしそうな人を選んだのだ。そうして、人選ミスは棚に上げて、「安藤さんが間違えたからいけないんだ。仕方ないよね」などと言うつもりなのではないか。ああ、間違えた、私を選んだのは町田君ではなく猫だった。

 地に足がつかないまま、時間だけが過ぎていく。


 そうこうしているうちに、木曜日になった。

 猫はいつ現れるのだろう。さっさとお風呂に入り、ご飯を食べながら部屋の中をきょろきょろ見回す。現れる気配はない。

 食事を終え、食器を片づけると、改めて何の質問をしようか考えてみる。彼が一番隠れていそうなのはどんな扉なのか、今更ながらあれは全部夢なのではないか、猫は本当に幽霊なのか。

 町田君は本当は私のことをどう思っていたのだろうか、などという質問もないわけではなかった。しかし、そんなことは訊いてみたところで、彼を見つけるのに何の役にも立たない。結局のところ、何を訊くべきなのかよくわからないのだ。こういうのは一人で考え込んでも、まず結論は出ない。話しているうちに、自然とわき出て来る質問をする方がよい。

 猫が初めて現れたのは何時頃だったか。外食して、お風呂から上がって、ビールを飲むのにちょうどよい時間帯。九時前後だった気がする。

 果たして、九時を少し過ぎた頃、猫は現れた。

―お久しぶりでございます。

 気のせいか、さらに影が薄くなったようだ。とは言っても、もともと影法師はないので、色が薄くなったというべきか、輪郭が薄くなったというべきか。

「タミさん、お元気でしたか?」

―タミの心配などよいのですよ。さあ、タミの力が残っているうちに、質問をして下さい。

「町田君は……、町田君は、本当に自分のことを見つけてほしいと思っているのでしょうか」

 猫は、身じろぎもせずに、前を見据えている。

―本当は見つけて欲しくないと思っていながら、あの者やタミをこのように使って遊んでいるのだとしたら……、あなたはお坊ちゃまがそんな人だとお思いなのですか?

「いえ、そんなことはないんですけど、ただ、かくれんぼが好きなら、隠れているのが好きなら、見つかるのは嫌なのかなって思ったんです」

―しかし、ゲームには制限時間があります。永遠に遊んでいるわけにはいかないのです。

 あなたがお坊ちゃまを見つけられなければ、それこそ終わるタイミングを逸したお坊ちゃまは、永遠に戻って来られないかもしれないのですよ。

 大事な質問を、どうでもよいことに使ってしまった。いつも私は、言ってしまってから後悔するのだ。

―予想外に早く終わったので、ではタミから一つ言わせてもらいましょう。今更ですが、お坊ちゃまはあの扉の中にはいらっしゃらないと思います。

「どういうことですか? No2がうそをつていると?」

 猫はこくんと頷いた。なぜそのことを今まで言わなかったのか……そうか、私が質問しなかったからか。バンっと足を踏み鳴らしたい衝動に駆られたが、今は機嫌を損ねている場合ではない。

「やっぱりNo2が町田君本人で、もう一人の自分の振りをしているということなんですか?」

―それはないでしょう。

 猫はきっぱりと言った。

―タミが怪しいと思っているのは、あのファミリーレストランです。ペット同伴お断りだとかなんとか理由をつけて、タミをあの場所に入れなかった。それは、あの場所にお坊ちゃまが隠されているから、タミを連れていくと都合が悪かったのですよ。

「どうして都合が悪いんですか?」

―それはあなた、お坊ちゃまはタミに一目会いたくて、自ら出てきてしまうではありませんか。

「だめなんですか?」

―ゲームが終わってしまいますでしょう。

「そもそも、何のために町田君はあんなゲームしてるんですか?」

 途端に、猫の影がぐーんと薄くなる。

―これまでのようです。ではまた明日。

 最後の「た」が聞こえるか聞こえないかのタイミングで、猫はすーっと消えてしまった。

 大したことは話せていないのに、時計を見ると二十分が経過していた。気のせいか、猫の話し方や間の取り方は、かなり遅くなっていた。やはり相当パワーがなくなってきているのだろう。

 しかし、最後にした質問を、なぜ最初にしておかなかったのか。頭の回転が遅くて、我ながら腹立たしい。こんな私をプレイヤーに選んだ猫も同罪だ。

 時計はまだ九時半を指していたが、疲労がたまっているのかすぐに眠りについた。しかし、浅い眠りで寝たり起きたりを繰り返し、そろそろ本当に起きていいかな? と思い時計を見てもまだ四時半だ。今起きると日中仕事ができなくなるので、だましだまし寝たり起きたりを繰り返し、結局出勤する直前まで布団の中でうだうだしていた。

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