第30話 六週目③

 答えはどうなのだろう。その前に、こういった趣旨の質問をされるということは、つまり加奈子さんから見て、私と町田君との間に割り込んだ、という思いを抱かなければならない程度に我々は親しい仲に見えていた、ということなのだろうか。とはいったものの、私の意見も聞かないまま「すみません」、あるいは「ごめんなさい」などと言うのはさすがに失礼だと思ったのか。

―おや、懐かしいものをお持ちですね。タイムカプセルですか。

 猫ながら、語彙が豊富である。

「これが古いものだとわかるのですか?」

―だってあなた、それは、その紙はいかにも古そうではありませんか。

 確かに古そうな紙ではある。

「これが何だか知っていますか?」

―よく知りませんが、お坊ちゃまも似たようなものをお持ちだったかと思います。

「それよりタミさん、お久しぶりです。お元気でしたか?」

―ええ、気づいたら、こちらではかなりの時間が経っているように思えますが。例の夢の日はそろそろですか?

「あと三日後です」

―そうですか、では、タミはまた少し休ませていただきます。

 猫はすーっと猫ベッドに寝転がる。自分の寝床は格別なのか、気持ちよさそうにすやすや寝ている。今なら触れるかな、とそっと背中を撫でてみたけれど、やはり手は猫の体をすり抜けた。やがて猫の姿は見えなくなった。

 昼下がりを取り出して読んでみる。ワープロを使っていた人もいれば、手書きの人もいる。みんなペンネームを使っているけれど、どれが誰の作品なのかはすぐに思い出せた。時期によっては、中間テストを諦めて書いていますだとか、夏休みに登校するとやたら髪を染めてる人が多くてうんざりするだとか、後書きを読むのも懐かしい。

 町田君の書いたものを読んでみたけど、やはり漫画やアニメのパロディで、しかもあまりにありきたりな展開で、特に参考になることはなさそうだった。

 改めて読み返してみると、誰のものかわからないペンネームが目につく。みんな大体ペンネームを部活内では明かしていたのだが、中にはそれとわからないように、他にもペンネームを持つ人達もいたのだ。原稿を集めるのは部長なので、誰なのかは部長しか知らないペンネームもあった。例えば、この「民子」というペンネームもそれだった。どういう話だったかな、と思いながらページを捲ってみる。

 あるところに中学生の女の子がいる。彼女は交通事故で思いがけず亡くなってしまう。この世に未練を残した彼女は天使に頼み込み、もう一度自分の住んでいた町に赤子として生まれ変わる。

 あっという間に十数年の年月が流れ、彼女は中学教師となったかつての想い人と、担任と生徒という関係で再び出会う。

 実は彼もまたの彼女のことを憎からず思っていた。しかし、突然想い人を失った彼は、もう恋などしないと頑なだ。生まれ変わってすっかり前世の記憶を失ってしまった彼女。生まれ変わる前は「会えばわかるから」と粋がってはいたものの、記憶がない今となっては、自分の思いがただ身近にいる年上の男性に憧れているだけなのか、それとも本物の恋心なのか、判別がつかない。教師の気を惹こうと、中間テストでは零点をとり、期末テストでは満点を採るなど奇行に出てみるが、彼にとって、彼女は単なる変わった生徒の一人としてしか認識されていない様子。さて、二人はこれからどうなるのか!? 次号に続く、といった、一昔前の少女漫画のあらすじを抜粋したかのような内容だった。次号を見てみると、そこにはもう民子なる者の書いたものは掲載されていなかった。

 なぜ今、このペンネームが気になったのか。それは、今タミという名の猫が私の身近にいるから、似た名前だなと思って目についたのだ。そして、この文書が書かれた頃には、少なくともタミという名の猫が町田君の傍にいたことは確かだった。

 それだけで断定するわけにはいかないにせよ、可能性がないとは言えない。仮に、町田君がこの原稿を書いたとしよう。彼は普段手書きで原稿を書いていたが、この文章はワープロで書かれている。つまりは、みんなに誰が書いたか知られたくなかったのだろう。当時は内容からしててっきり女子が書いたものかと思っていたが、あえて自分とは違う性別を匂わせることによって、正体をぼかそうとしたとしても不思議ではない。

 当時の部長に確認しないことには、町田君の原稿であると確信は持てないけれど……。そこではたと気づく。この頃、当時の部長は、予備校の成績が下がっただとかなんとかで部活に顔を出さない日が続き、代わりに町田君がせっせと原稿を集めて回っていたのだ。自分が書いた原稿を、素知らぬ顔で紛れ込ますことなど朝飯前だったはずだ。

 それにしても、だ。中学校に入学して間もない女生徒、まあまあ可愛くて、友達も普通にいて、家庭に問題があるわけでもなく、成績が絶望的に悪いわけでもなく、小学生の頃から親しい間柄だった男子生徒ともう少しで両想いになろうという状態で突如としてトラックに轢かれて即死、というのはあまりに憐れである。

 しかし、傍から見れば、ごく普通の幸せを享受していたかのようなこの少女も、実のところそうではなさそうだった。中学生になり男女交際に寛容な雰囲気が生まれれば、すぐにでも自分に思いを告げるであろうと思っていた少年は、いつまでたっても行動を起こさない。それどころか、中学に入ってから知り合った自分より目立つ女生徒にアプローチされている。ちょっと勉強ができるからといって、テニス部やチアリーダー部のスターのような目立つ人たちに比べれば、自分はテレビドラマにちょっと詳しいくらいしか特技がない。

 母は、私立中学を受験する妹の世話に忙しく、同じく挑戦したものの失敗に終わった彼女にはさして関心のない様子……などと、少し深く探してみれば、いくらでも嫌なことは見つかる。読み方を変えれば、ちょうど『もう嫌、こんな人生』と思っていたときに、都合よくやり直すためのきっかけができて意外とラッキー」と言えなくもない。思うとおりにいかない、ゲームみたいに一度全部リセットしちゃいたいと思ってしまう瞬間。本気かどうかは別として、多かれ少なかれ、誰でも一度くらい経験するだろう。これがもし本当に町田君の原稿だとしたら、彼が当時思っていたことをわりと忠実に表していたのかもしれなかった。

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