第26話 五週目②

 火曜日の夜、家に帰ると、猫の姿が見あたらなかった。

 ふと、昔縁日の金魚すくいでもらった金魚のことが思い浮かぶ。金魚は翌日水槽から姿を消していて、慌てて探し回った。水槽からジャンプして飛び出したらしく、よくよく探すと、床の隅で乾燥し始めていた。

 途端に、危機感を覚える。いくら幽霊とはいえ、いつも寝床で丸くなっていたのが突然いなくなっているのだ。まさか、しびれを切らして他のもっと頭の良さそうな人の所へ行ってしまったのか。もしくは駄目で元々と、町田君の元へ再び向かったのだろうか? 彼に電話してみたほうがいいいのか、しかし電話したところでなんと言えばいいのか。

「タミさん、いないんですか?」

 部屋の中心に向かって呼びかける。

―どこにいるんですか、と言うべきではないですか? いなかったら、返事はできないでしょう、普通。

 きょろきょろ辺りを見回すと、猫は、やはり寝床にいたようで、すーっと姿を現した。

―お帰りが遅いので、すっかり気を抜いておりました。最近あっちへいく時期が近づいてきたせいか、以前より少し踏ん張っていないと、出続けているのが厳しいのです。この際だから言っておきましょう、タミの姿が見えなくても、例の件に片が付くまで這ってでもこちらに残りますので、心配しないで下さいまし。

「わかりました」

―では、また。

 猫はそう言うと、すーっと消えていった。

 もしかして、週末私に外出するように言ったのは、私に姿が見えないことを悟られないようにするためだったのか。

 猫がいる空間が煩わしく思えていたのに、こうして常にいたものが時折姿を消すようになると、突然心細くなる。

―そんなおかしな顔しないで下さい。世話の焼ける方ですね。

「そんな、変な顔なんてしてないですけど」

―そうですか。では生まれつきなのですね。申し訳ないことを言いました。

 この猫は、どうしていつもこう一言多いのだろう。何が、人間の言葉がよくわからない、だ。いなくなったら寂しく、いたらいたで煩わしく、猫というものはなかなか難しい。



 書庫へ向かう途中で、大沢さんのスカートに紙屑のようなものがついているのが目に入る。

「ゴミがついてますよ」

と呼びかける。

「不思議な形の紙屑ですね。何かのパーツですか?」

 尋ねると、大沢さんは顔色を変えた。

「これ、知らないの?」

「すみません、私世間の流行に疎くて」

「猫トイレの砂だよ」

 そう言い残すと、彼女はカウンターへと去っていった。

 私が猫を飼っていると嘘をついて何かメリットがあるわけではないので、単に不思議に思っているだけなのだろうけど、今頃彼女の頭の中では、大量のクエスチョンマークが回っているはずだ。

 そもそも、あの存在のことを猫と呼んでしまったのが間違いだったのだろうか。幽霊、というカテゴリーで考えていたほうがよかったのかもしれない。外見は猫だけれど、餌も食べなければ排泄もしないし、触れられもしないのに憎まれ口はたたく……。そして冷静に考えてみれば、あの猫が幽霊として存在していると証明してくれるものは何もないのだ。単に疲れて幻を見ているだけ、という可能性もある。

 疲れ切って手遅れになる前に、昔のことを、そろそろ真面目に思い出してみるべきなのか。なにせ、穴を掘って埋めてしまったので、最も重要な部分に到達できるかどうかはわからないけれど、端っこを掠るくらいはできるかもしれない。

 私たちが話すようになったのは、お互い部室にいる時間が長かったからということもあったのだが、そういえば、一度私が鞄につけていたマスコットを落として、それを彼が一緒に探してくれたからというのもあったことを、最近思い出した。正直なところ、私は少しずつ面倒になってきていて、

「同じものをまた店で買えばいいから」

 と言ったのだけど、彼は、

「製品自体は同じでも、それは同じものじゃないよ。中学生のときから安藤さんと時を共有していたんだから、それはもう違うものだ」

 とかなんとか言って、探し続けていたのだ。結局それは見つからず、私もそのことは忘れていた。一緒に探してくれてうれしかったというよりも、私と考え方が違う人なんだなという印象が残っていたように思う。まったく同じマスコットを買ってすませてしまうのは町田君に失礼な気がして、結局買い直すことはしなかったけれど。

 それから文芸部で細々と活動して。それぞれが自分の書いたものを原稿にし、年に四回ほど締め切りを設け、冊子にまとめて何十部か刷って発行する、というのが我が部の活動内容だった。自分の言葉を発信したいと思いながらも、自分の世界に踏み込まれるのは嫌だったのか、暗黙の了解でそれぞれが書いた物について意見を述べ合うことはなかった。今のようにブログやSNSなどもなく、自分の書いた文章を発表する機会は、紙に刷って配るくらいだった。瞬時に「いいね」のボタンを押したり、コメントを書き込んだり、そこから何かが発展していくような仕組みはなかった。

 彼が好んで書いていたものは、当時流行っていたアニメか何かのパロディで、そして大して面白くなかった。一応一通り読んだけれども、正直言って特に感想は残っていない。敢えて言うなら、読んでみても彼という人間がどんなものだか全く伝わってこない文章だったというくらいだ。「文章を書くのは面白そうだけど、オリジナルの話を創れるほどアイデアがないから」と言い訳していた気がするけれど、今から思えば、あえてオリジナルなことを書かないようにしていたのではないかと思わなくもない。


 昼休み、食事を終え、いつものようにお茶を飲みながら携帯電話をいじった。

―高校の頃、文芸で出してた会誌、『昼下がり』はまだ持ってる?

 こんなメールを突然打ったらどう思われるだろうか、と作成してから考えていると、後ろから大沢さんに声をかけられ、思わず送信ボタンを押してしまった。

「は、はい、何でしょう」

「あ、ごめん、取り込み中だった?」

「いえ、大丈夫ですよ」

「これ、あげる」

 チロルチョコの詰め合わせ、推定金額五百円(税抜)だった。

なんと素晴らしい先輩なのだろう。極上の笑顔でお礼を言い、さっそく一個頬張る。打ったメールのことなどすっかり忘れ、全力でチロルチョコを味わっていると、

―持ってるけど。

 と返事があった。

 何と返信したものか考えていると、

―持ってないの?

 と逆に質問がくる。

―多分、もうないと思う。

 間もなく昼休みが終わった。向こうもそうなのだろう、それ以上の返信はなかった。

 午後、本を棚に戻しながらも、先ほどのやりとりが気になっていた。彼は一人暮らしをしていて、しかも何度か引っ越しを経験しているのに、昼下がりがまだ手元にあると言っているのだ。そんな人に対して軽々しく「もうない」などと答えてしまってよかったのだろうか。あの人は、自分で必要なものは選り分けてとっておく人だ。そうやって大切にしていた物を、共に時を過ごしていた仲間は軽々と捨てていた。特に意見はしないだろうけれども、快くも思わないはずだ。

 ああ嫌だ、そうやって全部抱え込んで、「僕が我慢すればいいんだ」などと言いながら今までやってきたのだろか。その気持ちはわからないでもない。しかし、そんなスタンスでこれからもずっとやっていけるほど、世の中察しのいい人ばかりではない。いい加減現実を見よ、と言いたくもなる。

 もしくは、私はああやって、「私にとってもう昼下がりはさして必要なものではないの」とアピールすることによって、何か波紋を投げかけたいとでも思ったのだろうか。「もう昔のことだから」と間接的に伝えることにより、優位に立とうとでも思っていたのだろうか。

 そんなことのために、敢えてあの人を選んで「昼下がりを持っているか」などと尋ねてみたのだろうか。送信ボタンを押してしまったのは大沢さんに驚かされたからである。しかし、ボタンさえ押せば送信できる状態にまで作り上げたのは私だった。

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