第23話 四週目⑥

 その日の夢の中には、ファミリーレストランもテーブルもなかった。

「あなたは何者なの?」

 私の質問に、何がおかしいのか、彼は声を大にして笑い始めた。

「単刀直入ですね」

 笑いが収まると、真意が読めない笑みを浮かべつつ「だから僕は、町田晋ですって」とのたまう。

「でも、起きているときの町田君とは違うでしょ?」

「同じですよ」

 彼は笑いながら、町田君の物真似をする。笑えない冗談だ。

「なぜ彼に会えないのか、あなたは考えてみたことはありますか?」

「いつも違った扉を選んでいるからでしょう」

 No2は表情を変えないまま「もう少し真剣に考えて下さい」と言う。

 そんなこと言われても、と思いながら、十五秒くらい間をおいて、もう一度「わからない」と答える。

「今のは間を置いただけで、絶対考えてないですよね。

 まあいいですけど。一つ言っておきますけど、扉云々とは別に、あなたはその理由についても考えておいたほうがいいですよ」

「なんで?」

「あなたはまた同じ過ちを犯して、彼のことを傷つけるかもしれないからです」

 言い返そうとすれども、言葉が出てこない。

「確かにあなたをここに連れてきたのはタミですけど、あなたはいつでも帰っていいんですよ。帰るときは橋を使っても構いません。楽ですよ」

「ちょっと待って、なんだかおかしくない? 町田君が私に会いたがってるんじゃないの?」

「誰がそんなこと言ったんですか?」

 猫に目をやるけど、知らん顔をしている。確かに、猫はただ、私に何かできることがあるはずだ、程度のことしか言っていなかった。町田君が私に会いたがっていて、私の助けを必要としているなどとは、世界中の誰も言っていないのは確かだった。

「あのさ、ここに入るためには橋を渡れないって言われてわざわざ川を渡ってきたのに、あんたに見つかってもないで追い出されないの?」

「いい質問ですね。それは、入ってくるものを防ぐことはできても、いったん入ってきてしまったものを排除するのはそう簡単ではないんですよ。病気のウィルスかなんかのようにね」

「人をウィルス呼ばわりするわけ?」

「だって、そうじゃないですか。あなたと会わなければ、彼は……」

 続きを待っていると、

「なんで彼にあんな曲を教えたんですか? おかげで彼が、知らなくてもいいことを知って、考えなくてもいいことを考えるようになっちゃったんだから」

 彼の言葉を聞くなり、腹の底からいらいらしたものが立ち上がってくる。

「じゃあ、悪いのは私じゃなくてあの曲なんじゃないの?」

「そうやって、いつも責任逃れしようとするんだから」

「一体なんの責任があるっていうのよ!」

「被害者がずっと覚えているけど、加害者はすぐに忘れてしまうんだ。いじめと同じですね」

 話していてもらちが明かない。猫を見ると、のんきそうに毛づくろいをしている。

「まあ、もし会えたら、直接訊いてみたらいいんじゃないですか」

「それってつまり、このゲームに正解したら、その賞品としてゲームの意図を教えてもらえるって、そういうこと?」

 No2は特に答える気もなさそうで、にやにやしている。

「この間彼と会ったときに、やけに元気がなかったと感じませんでしたか?」

 とっさのことに、言葉を失う。

「彼は、隠れたまま出てこない。人間って、寝たきりだとどんどん体の機能がなくなって、心の元気もなくなっていって、次第に衰弱していきますよね」

「だって……」

「あなたはこのままで構わないんですか?」

 とっさに猫の顔を見る。

「あなたが信じたければ、信じていいんじゃないですか」

 などと言う。肝心な時に頼りになる猫なんてあまり聞いたことはないが、こんなのあんまりだ。

「タミの言うとおりですよ。他人から何を言われようと、所詮人は自分の信じたいものしか信じないし、見たいものしか見ないんですからね」

 No2はにっこり笑った。

「まあ、それはいいとして。ゲームは今日も含めて残り四回しか開催されないんですよね。だからそろそろ、もう一枚扉を開けて欲しいなあと思っているんですよ」

「最後に二枚開けるんじゃいけないの?」

「あなたはいいかもしれませんが、観客のみんなさんが、それじゃあつまらないでしょう?」

 観客? そんなものがいたのか? 周りを見渡してみるけれど、何も見えない。そうしているうちに、やがて、がやがやとざわめきが聞こえてきた。

「目に見えないものだって存在するんです。姿は見えないけど、周辺に妖精さん達がたくさんいてですね、このゲームの成り行きを楽しみに見ているんですよ。彼らは、あなたがなかなか扉を開けないものだから、もうしびれを切らしてるんです」

「勝手にしびれてれば」

「ところが、そうとばかりは言ってはいられないのです。あれ? タミはどこへいったのかな?」

 いつの間にか、猫の姿が見えなくなっている。

「監禁されちゃったのかな。あなたが扉を開けないと、タミはここから出られない、つまり町田晋の寿命が尽きるまであの世へは行かれなくなってしまうのです。しかし、多分それまでには何年も何十年もかかるだろうから、あの世においては行方不明者として扱われることになる。そうして彼が他界する頃には、もはやあの世にタミの居場所はありません。タミは、永遠にどこにもたどり着けないまま、あの世とこの世の境目を彷徨い続けるのです。可愛そうになあ、タミ。飼い主思いだったばっかりに……」

「黙れ。開ければいいんでしょ、開ければ」

 途端に、ざわめきが大きくなった。もう後には引き返せないようだ。

 できることなら、一つどころか二ついっぺんに開けてさっさと解放されたい。しかし、私が適当に選んだ結果が数日前の夢に繋がってしまうのであれば、それはそれで口惜しい。別に彼がそれで幸せになれるというのなら、勝手にすればいいけれど、その確信が持てないうちは、中途半端に諦めるわけにはいかないのだ。

 しかし、町田君にとっての幸せって何なんだろう。もし仮に私が町田君をみつけ出せたとして、そうしたら、彼の今後の生活は大きく変わってしまうことにはならないだろうか。猫は、見つけた方がいいと思っているけれど、実は見つからない方が彼にとっては幸せなのではないだろうか、とふと思う。

いつの間にか、曲は終盤に差し掛かっている。これ以上考えている暇はない。とにかく、時間が動いている限り、何かしら決断を下さなければいけないのだ。例えそれが熟考された答えでないにせよ。

 No2は歌に合わせてハミングし始めた。いい気なもんだ。ルールと目的がほんのわずかわかってきただけで、まだわからないことだらけ。こんな状況下でも、とりあえずゲームに参加しなければいけない、そして正解しなくてはいけない。なんと理不尽なんだろう。

 しかし、こうして扉とその向こうの世界とを見てみると、普段何気なく選択した事柄の一つ一つも、実は多かれ少なかれこういったものなのではないかと思えてきてしまう。外見だけ見て、少しでもよさそうなもの、好きだと思えるものを選んでみても、いざ開けてみるまで中身はわからない。こんなの私が選んだものじゃないと思ったところで、一度開けてしまえば引き返せない。そうなると、日頃の生活の中で辛うじてできることといえば、少しでも勘を鋭くして運を良くすることくらい。どちらとも自信ないけど……。

「ほら、そろそろ終わりますよ」

 覚悟を決めて、やはり外見が気に入った扉に向かって駆け出す。藤色で、小さい白い花に縁取られた、森の中で突然現れたら思わず開けてしまうような扉だった。

 ドアノブを回し、手前に引くと、藤色の霧がふわっと噴出する。霧が晴れるとホワイトボードが現われ、マジックで無造作に「HAZURE!」と書かれていた。

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