第21話 四週目④

 水曜日の昼は、西本さんからメールがきた。今度みんなでハイキングへ行きませんかということだった。加奈子さんがみんなに会いたがっているらしい。彼女は十二月いっぱいで仕事を辞めて、婚約者の住む遠くの県へ引っ越すことになっているようだ。年末年始は引っ越しの準備で予定がみえないし、参加可能な人だけでも一緒に行かないか、という話になったらしい。

 かつて一度だけ文芸ハイキングなるものが開催されたのだが、今から思えば、あれは加奈子さんが町田君に近づくために企画されていたものだったのではないかとの疑念が沸く。今度の目的は何なのだろう。しかし、はっきり言って、用事はない。猫の言った通り、私の時間はかなり有り余っているのだ。

「難しい話でもふられたの?」

大沢さんの言葉に、我に返る。

「安藤さんがめずらしく、お弁当を目の前にして全然手を付けようとしないから」

 私の業務はたえず動き回る類のものなので、他の同僚達よりもお昼がおいしく感じられるので、いつもなら誰よりも早くお弁当を広げているのだが、気づくと時計は十二時十三分を指していた。

「猫さん、元気にしてる?」

「はい、それなりに」

 しかし、少し考えて、あまり元気ではないことを思い出す。

「最近、寝てばかりいるんです。あまり起きて来ないんですけど、大丈夫でしょうか」

 私は幽霊の話をしていて、彼女は生猫の話をしているからかみ合わないのは百も承知で、こんな話をしている。私はやはり、猫が寝てばかりいることを気にしているのだ。

「あのね、猫って人間の二倍寝るんだって。一日に、十四時間は寝てるってこと」

思わず箸を止めて、そんなにですかと言ってしまう。

「そうすると、一日は二十四時間だから、十時間しか起きていないわけよね。だから、極端な話、私達がこうして職場に来て働いてるでしょう。一日八時間労働だけど、お昼休みやら、通勤やらで、十数時間は不在にしているじゃない。その間に猫がずっと起きているとしたら、私達が家に帰ってからずっと寝ていても不思議ではないかもね」

「大沢さんの猫は、ずっと寝てます?」

「うちのは、人が帰って来ると起きるみたいよ。やっぱり一匹だと退屈なのかな。でも、家は集合住宅の三階だから猫を外に出せないし、仕方ないんだよね。もう一匹飼えばいいのかしら。安藤さんの猫は、寂しそうじゃない?」

 どうなんだろう、と思ってみる。猫の性質がどうこう以前に、幽霊である。

「多分、大丈夫です」

「一人暮らしで猫飼えるなんて、いいよね」

「実は、ペット禁止なんですけどね……、止む終えない事情がありまして」

「もしかして、親戚の方が入院されて、それで預かったとか? 多いのよ、そうして退院されても飼えなくなっちゃって、そのまま安藤さんが飼い主になってしまうというケースが。でもまあ、もし困ったら私に相談してね。おばあさん猫だと、うちのはやんちゃ過ぎてすぐに合うかわからないけど、うまくいくかもしれないし」

「どうもありがとうございます」

 大沢さんに猫を引きとってもらうことはありえない話だとしても、こうして断片だけでも猫のことを話せる人がいるのは、ありがたかった。

 家に帰ると、久々に猫が起きていた。ご飯を食べて、お風呂に入って、もう寝るだけという状態にしてから、思い切って質問してみる。

「タミさん、聞きたいことがあるんですけど」

 猫は顔を上げた。

「この間、町田君のお母さんの話がありましたけど、彼はそれ以外でもあまりお母さんとうまくいっていなかったのですか?」

―まあ、そう言ったほうが自然でしょうね。

 猫は即答した。

「思い出したんですけど、町田君がタミさんを助けるために清美ママをみんなの前で罵倒して、そのことでお母さんに嫌味を言われたって、そんなこと言ってましたよね。普通そういう場合って、もう少し自分の子供の心配をするもんじゃないですか?」

 猫は何と言おうか考えているようだった。

―それでもお坊ちゃまは懸命に、表向きには普通の親子としてやっているのですよ。あなたは、お坊ちゃまから、一度でも母親の悪口をきいたことがありますか?

「一度もありません」

 それどころか「母親」という単語を口にしたことすらなかった。

―この間のお話は、たくさんあったきっかけのほんの一つに過ぎません。わかりやすい例えなので挙げてみましたが、あんな話掃いて捨てるほどあるのです。

 まあ、奥様もいつまで経っても娘気分の消えない方でしたから仕方ないのかもしれませんが、自分可愛さと子供可愛さの狭間で激しく葛藤しながらも、それでもいつも自分を選んでしまう方なのですよね。子供たちにはそのことが気づかれていないと持っているから、また始末が悪いのです。確かに、弟さんはあまり気にしてないかもしれません。ああ、お坊ちゃま、お可哀想に。お坊ちゃまが敏感で気の利くお子さんであったがために、いつも、いつも……。

 どうなるのだろう、と思って真剣に聞いていると、猫の小言はやがてすっかりお母さんの悪口に代わり、それは町田君に対する態度が邪険だということから、徐々に自分に対する扱いがなっていないという話になっていった。途中で話題を元に戻そうとしても無理そうだったので、適当なところで「すみません、もう寝ます」と告げて、就寝した。

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