第18話 四週目①

 夢のことについて猫に訊こうと思ったら、猫はぐっすり寝入っていた。

 洗濯して、掃除して、早めにお昼の用意をして、食して、としているうちに、あっという間に幹事会へ行く時間になった。

 いつも入っているがら空きの喫茶店が今日に限って満席で、みんなで新たな会場を探し回る。挙句の果てに、夢で出てきたのと同じファミリーレストランに辿り着いてしまった。内装は昨日の店内より新しいようだけど、なにせはっきり覚えていないので、比べようがない。

 ブラックコーヒーを持ってくると、隣にいた静香さんがにんまりしている。

「戦闘態勢、だとでも言いたいの?」

「ううん、安ちゃん、高校生の頃はカロリーが足りないとか言って、いつも砂糖とミルクをたっぷり入れてコーヒー飲んでたなって思い出したの」

「ああ、そうだったかも」

 決めるべきことはあらかた決めてしまっていて、今日は席順をどうするか、司会担当はちゃんと原稿を作っているのかなど、あまり話し合う必要がない事柄ばかりで、二十分足らずで終わった。

 話し合いが終わると、西本さんと静香さんは待ってましたとばかりにドリンクのお代わりを取りに行き、町田君と私二人が取り残された。

 なぜか今日は席が隣同士なのだ。ふと、昨日のNo2の言葉が思い出される。やつは、なぜ自分を偽物呼ばわりするのかと言っていた。確かに、今、隣にいるこの人が突然No2の口調で私に話しかけてきたら、私は彼をNo2だと認識するのだろうか。

 その時、町田君が携帯電話を取り出した。自然と画面が目に入るのは、隣に座っているのだから至仕方ない。待ち受け画面を見た瞬間、思わず「わかっ」と口から洩れてしまった。

 そこにいた猫は、あのでっぷりとした体型より幾分ほっそりしていて、毛並の色も今よりも鮮やかに見えるが、どう見てもタミだった。

「なにか?」

「え? あの、私の知ってる猫によく似てるなーって思って、でもってその猫より若いなーて思ってさ。同じ猫のわけないよね。はは」

「本当ですか?」

 敬語だ! とうとう現れたか、No2。

「安ちゃん、どうしたの。財布がすられたのに気づいたような顔してるよ」

 危ういところで静香さんが戻って来る。

「お化けを見たときの顏、というほうが自然なのでは?」

 西本さんが続ける。

「だって、安ちゃんだよ。お化け見たって驚きそうにないじゃん」

 二人はげらげら笑っている。笑いごとではない、本当に目の前にお化けのようなものがいるかもしれないというのに。

「町田君、なんで私に敬語使ってるの?」

「そんなことで驚いたの?」

「だって、普段そんなことしないじゃない」

「職場ではいつも敬語だからね。同級生と話す時にもたまには出るだろうよ。そんなことでいちいち驚かれても困るんだけど」

 心底呆れたような表情はNo2に似ていなくもないけれど、ここは平静を装うしかない。

 気を取り直してドリンクを取りに行き、ココアを淹れようとするも、機械が上手く動かない。仕方ないので店員さんを呼んできて、事情を説明しつつ、ふと視線をずらすと、町田君が黒い液体に砂糖を入れているのが目に入った。

「なんで砂糖入れてるの?」

「甘いものが飲みたいからだよ」

「だって、甘いもの苦手じゃなかったっけ?」

「いちいち人のこと気にしないでくれる? 暇な人だなあ」

 ますますNo2に似てきたような気がするのは気のせいだろうか。もう何が何だかよくわからない。

 お店を出ると、静香さんと西本さんは駅と反対の方向に用事があるようで、自然と町田君と二人で歩く形になった。色々訊きたいけど、どうしたら違和感なく色々訊けるのか、見当もつかない。

「あの、ちょっといいかな」

町田君に促され、えっ? という間もなく近くの公園に入り、ベンチに腰かける。

「何でうちの猫のこと知ってんの?」

思わず視線を逸らしてしまう。

「何であの写真を見て若いって思ったのかな? それってつまり、今の状態を知ってるってことだよね?」

「知らないよ、知りようがないよ、だって、亡くなれらたんでしょう」

「そのことも知ってるんだ?」

「自分で言ってたじゃない、この間」

 町田君は、そうだったねと呟いた。なんとか誤魔化すことができて、ほっとする。

「猫に対しても『亡くなられた』なんて言うんだね、安藤さんは」

町田君はそっと微笑んだ。

「怖がらないで欲しいんだけど、もしかするとタミが死んだのは僕の勘違いで、君の家の飼い猫になって幸せに暮らしているんじゃないかと思ってしまったんだ。あ、変に思っただろう? でも、最近たまにそういう夢をみるんだよ。君がタミのことを知っている素振りを見せたから、つい、色々な人がつるんで僕のことを騙してるんじゃないかって気がしてしまって……。

 そんなことあるはずないって、わかってはいるさ。職場でこんなこと言ったら、しばらく休めって言われるのかな」

 全て話してしまいたい衝動に駆られたけれども、そうするわけにはいかない。こうして混乱している彼は、今は現実の世界にいるのだから。

「町田君は、自分が自分じゃなければいいのにって思うことある?」 

 彼は不思議そうに私を見る。

「そんなの、訊くまでもないじゃん。思わない人なんていないだろう?」

 今日は、これ以上話を深めるのは止めたほうがよさそうだった。

「彼女は元気にしてる?」

「彼女とまで知り合いなのか?」

 彼が本気で驚くので、こちらのほうがびっくりする。

「知らないけど、まあ、社交辞令というか、単なる世間話というか……」

「まあ、元気なんじゃないの。知らない、最近会ってないし」

 こういう場合はどう返すべきなのか、そういった技術を持たない私は、黙っているしかない。

「ペットごときにそこまで愛着するなんて気味が悪いんだってさ、安藤さんもそう思う?」

「そんなこと思うわけないでしょう。町田君とタミさんがどんなに深い仲だったかなんて、部外者にわかりっこないよ」

「そうだよね……って君、今自分が部外者じゃないかのような発言しなかった? しかも、君こそ何を知ってるんだ?」

「いや、これも……相槌の一種というか……失礼しました」

 なんで私が謝らないといけないのだろう、全く、あれもこれも全部猫のせいだ。

 二人で駅まで並んで歩いた。公園でいろいろと話してしまったので、もう特に話すことはなかった。道が狭くて人も多いので、なんとなく列になって、私が少し後ろを歩くようなかっこうになり、後ろ姿を見続けることになった。駅までは十分程度だ。

 気のせいか、影が薄くなった気がする。存在感が薄いのは昔からだったかもしれないけれど。疲れているのだろうか。町田君も、あまり覚えてはいなくても、一応あの夢に存在しているのだろうか。

 そんなことを考えていると、突然町田君は不審な動きを見せ、そのまま道脇のフェンスに手をつき、頭を下に垂らした。

「どうしたの? 大丈夫?」

 かけよると、数秒してから、

「ごめん、ちょっとフラっとして」

 と言った。しばらくそうしているうちに、落ち着いたのか、「ごめん」と言うと、また歩き出す。

 駅について、広いスペースに出ると、

「最近、たまにああいう風になるんだ。ペットロスってやつなのかな」

 と言う。

「貧血かもよ。病院行ったほうがいいんじゃないの?」

「まあ、大丈夫だろう。じゃあ、また」

 後ろ姿があまりに弱々しくて、それ以上声をかけられなかった。

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