第16話 三週目②

 電車に揺られていると、当時の腹立たしい思いがぶり返してきた。とっさに気を静めたものの、危うく窓ガラスを叩いてしまうところだった。今から思うと、あまりに怒っていたため、自分がなにに対して一番腹を立てていたのかわからなかったけど、静香さんと話しているうちになんとなく見えてきた気がした。

 育てられたという時点で、ある程度親からコントロールされていることは仕方がない。しかし私はもう成人して、自分で稼いで自分で税金を払っているのだ。やれ進学だ、就職だ、自分の稼ぎで生きられる人になりなさいと言っていたのに、二十五を過ぎたころから突然、誰かに嫁いで子供を産め、自分の稼ぎで生きるよりも人の稼ぎで生きろなどと言い出す始末。本当のところ、親がどこまで真剣にそう思っていたのかは知らない。静香さんの言う通り、世間体が気になっていて、自分の愚かさに気づけなかっただけなのかもしれない。しかし、私は瞬間的に悟ってしまった。親は私のことなど二の次で、単に自分が流行から後れたくないだけなのだ。〇才になったら子供を産む、そして自然と〇才までに孫を得ている。周り友人たちは孫を持ち初めているのに、自分だけはいない。それはつまり、一人だけ流行に後れているということだ。彼女にとってはそれがすべてで、私の気持ちなんてどうでもいいのだということを見せつけられた。そう、母親にとって私は、しょせん物でしかなかったのだ。一人の人間として尊重しているようなふりをしながら、しょせん所有物としか思われていなかったのだ。

 思えば、私が自然と結婚しようという気にならないのはなぜなのか。結婚を人生の最上位に置くような人間になることを望んでいるのであれば、生まれた瞬間からそう育て上げるべきだったであろう。平安時代の貴族を見ればなんとなくわかるではないか。

 二言目には「自分で食っていける人になりなさい」と言っていた母親は、父親とはそりが悪く、毎日言い争いをしていた。冷え切った家庭よりも言い争っている分だけまだましだったのよというが、私は日々うんざりしていた。親がいる場所にいたくないから、自分の部屋にこもるようになり、テレビも見れずに暇なので自然と勉強するようになった。そういう生活を経た結果、なんとか就職できたし、一人でいることになんの抵抗もなくなった。気の合わない人と暮らすくらいであれば一人で野垂れ死んだほうがましだと思うようになった。つまり、私は親に育てられた通りの人間に育ったのではなかったのか。もう充分親の要求は満たしているというものではないのか。

 母親は、自分が自分で食っていける人間だったら、直ちに離婚していたのではないか。そんな様子を毎日目の前で見て育つ子が、どうやったら結婚願望を抱くようになるのか、彼女はもう少し考えるべきだったのではないだろうか。あの家に生まれた段階で、私の将来には「結婚」の二文字はほぼ縁のないものになったのは確かだった。


 あの人は親というものがどれだけ子供にプレッシャーを与えるものなのか気づいていなかった。いや、もしかすると私のほうが、自分がどれだけ親の言うことになびいてしまうのか気づいていなかったのかもしれないが。それまでの人生を思い返して、自分で選んだこと、親の意見を取り入れたこと、どちらが多かったんだろうと考えてみると、なんとなく親の反対を押し切ってまでなにかをしたという記憶がない。親が私に合わせていたのか、私が親に合わせていたのか、たまたま意見が一致していたのか。もしかして、高校も大学も就職も、私は自分で決めたと思っていたけれども、実は陰で母親に操られて、入れ知恵されて、自分の意志とは反するところを選んでしまったということはないのだろうか。母親が「あのお宅の子はここに入ったんですって」とか、「運よくあの会社に就職できてうらやましいわ」などというのが耳に入り、無意識のうちに影響されてしまっていたということはないだろうか。

 そう思うと、腹立たしさと同時に恐怖も感じた。このままこの家にいたら、丸め込まれて親の思う通りの人生を歩まされるのではないか、と。

 私は翌週有休をとると、さっさと引っ越しをしてしまった。長文の置手紙だけ残して家を出た。実家の電話番号は着信拒否にした。それ以来、実家との連絡は一切とっていないのだった。


 家に帰り、寝ている猫に「ただいま帰りました」と言ってみる。

―お帰りなさいまし。

「起きなくていいですよ。タミさんもお疲れでしょうから」

―では、遠慮なく、もう少し寝させてもらいます。

 それにしても、私が出かけてからずっと寝続けていたのだろうか。大丈夫なのか、この猫は。もしかして四十九日経つ前に消えてしまうのではないか、と心配になる。

―普段こうしてあなたの前にいるときは、これはこれで疲れるのです。世を忍ぶ仮の姿であるとはいえ、もうタミはこの世界のものではありませんからね。なので、一日の大半を寝て過ごさざるを得ないのです。

 私の心の声が聞こえかのごとき返答に、どきっとする。

―なぜかあの場所へ行くと元気になるのですけどね。あの世に近い場所なのかしら……。

「今日、町田君と共通のお友達と会ってきたんです」

―さようでございますか。何かお坊ちゃまのお話をされたのですか?

「そうでもないけど……そういえば、町田君、『間違ったもの』とか『本当に必要なもの』とか、やけに気にしてましたよね」

 猫の耳がぴくっと動く。顔をあげると、私をじっと見つめている。意外と目力が強い。

―それについては、長く悲しいお話があるのです。

「何ですか? それ。話して下さい」

―プライベートなことですから。本人の了解を得ないでお話しするわけには……。

「でも、知らないと、これからも色々困ると思うんですけど」

―そう言われましても……。

「あの、タミさん、タミさんは何のためにここにいるんですか? タミさんがここに来たのって、もしかして、そういう町田君に関する情報を私に知らせるためなんじゃないですか?」

 猫はそっと目を伏せた。

―考えさせて下さい。

 猫の脳みそでどの程度のことが考えられるのか予想もつかないが、今はじっと待っているしかなかった。



 例えるなら、普通の記憶は、その辺に落ちた石ころにそっと埃や土が被さって目立たなくなっていくようなものだとする。そうすると、町田君に関する記憶は、深い穴を掘って埋めた後、その上からしっかり土を被せて両足でジャンプし、すっかりなかったことにしたものだった。

 でも私は、どういうわけか、その深くに埋めてしまった石ころを掘り起こさなければいけない状況に陥っているのだ。しかも、見つけたいときには、石ころをどこに埋めたのかなどすっかり忘れてしまっている。うっすら埃が被っているだけならすぐに見つけられるかもしれないが、石ころの上には既に灌木が生えていて、掘り起こすことは人力では不可能になっているかもしれない。

 人力では不可能、か。休みが明け、またせっせと本を返す日々が続く。何でも機械でできてしまう便利な世の中、十中八九この地下の部屋も重機で掘ったものだろう。工事に着手してから、どれくらいでこの図書館はできあがったのだろうか。一年くらいあればできるのだろうか。それから、棚や机、椅子を搬入して、本を持ち込んで、せっせと一冊一冊登録して。年間何千人という人達が入れ替わり立ち代わり本を借りて返して、そうしてこの場はいまのようになっている。そんなことを考えでもしないと間が持たない、ひたすら棚に本を戻す日々。

 この図書館では、本の三分の二が書庫に保管されているのだという。つまり、何も知らない人は、全体の三分の一だけを見て、その中からしか必要な本を探せないのだ。ある本が欲しいと思ったときに、コンピュータを用いて、特定のキーワードを入力した人のみが選び出せる本が半分以上なのだ。しかも、検索するキーワードがわからない人にとっては、その本はいつまでたっても探し出すことはできない。また、一字でもキーワードが違えば、その事柄に関する本は永遠に探し出せない。

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